何を仕事とするかは大事だけとそれだけじゃない話

同僚と資本主義社会から脱出するにはどうしたらいいか、というネタで議論することがあるが、どうやらそういう訳にもいかないのがこの世の常。どこの国でもそれなりの社会保障を受けたければ税金払うしかないわけで、その税金は働かないと払えないし、僕のように持病が複数あるような人間は脱出するのは無理っていう結論に至るわけだが。

それで働かざるもの食うべからずみたいな考えが生まれたんだろうな、というのはわかる。ただ諸事情で働けない人もいることを忘れてはいけない。ただ働き方となんの仕事をするかは大事だと思う。当たり前だけど。

僕は会社でエンジニアしてるけど、この仕事好きだからやってる人結構多い。SEとか言われたことだけをやるプログラマーとは違うので、家でもわりかしやってたりする。好きってことは楽しい。

よく言われるけど好きを仕事にするのが幸せかっていうとそうはいかなかったりする。僕の地元とかは好きを仕事にできるのが相当なレアケースらしく、それだけでこの人は幸せなんだ、と決めつけられることがほとんどだ。

今の会社に限らないけど、好きなことを仕事にしているのに仕事が楽しくなさそうな人が結構多い。もちろん惰性でここまできてしまった人もいるかもしれないとは思うけど、この話の対象はそういう人じゃない。

これは僕の友人の受け売りなんだけど、好きなことを仕事にして仕事を楽しいな、と思うためのファクターとして誰と仕事をするかっていうのが大きい気がする。

周りをみて、自分が会社を辞めたあとも繋がりをもちたい人って何人くらいいるんだろうか、と考える。全然いなかったらその会社はさっさと辞めた方いいと思う。僕が過去に辞めた会社も全員と距離をとりたい会社はなかった。ただ逆に自分を思い返してみたらどうだろう。僕が今の会社を辞めた時、僕と繋がりを持ちたい人、僕と仕事をまたしたい人は何人くらいいるだろうか。

とはいえ他人の感情とか思うことをコントロールすることなんてまず無理なので、僕は自分の日頃の行いでこれはダメだ、というのを改めようとは心がけてる。そういうケースは他人から自分に対して行ったことがだいたい事例として積み重なっていくので、結果としてやってはいけないことリストみたいなのが作られていく。他人のふり見て我がふりなおせという言葉はよくいったもんだと思う。

関係性を大事にしてお互いが気分良く仕事できる関係性なら、そこで初めて好きなことを仕事にしているって素晴らしい、仕事は楽しいって言えるんじゃないかな。

まあ実際100%そうとは言い切れないのが現実ではあるのだけど、そういう状況で仕事できるのが幸せだよねっていう話だった。

仕事の成果物についての話はまた別な機会に書こうと思う。