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「できること」と「やりたいこと」


すろっくです。今日は豪華二本立てでお送りします。(画像はイメージです)

数年前、家族の友人が自殺したことがあって、そのときのことを今思い返してます。

「できること」と「やりたいこと」の差が自分一人で埋められないときひとは苦しいのではないか、と思ってたりしてます。

そこに関する答えは「やりたいことができることだっていう希望を持ち努力を頭フル回転して行える人間だけがやりたいことをできることに変えられる」という一言に収束するのでどうしようもないのですけど。

普段生きていると「やりたいこと」が「できないこと」であるが故に苦しい思いをしているひとを沢山見かけます。かくいう僕もその一人です。例えばイベントをやるときひとは集まってくれるのか、飲み会やったけど誰もこないんじゃないか、小説書いたけど絵描いてくれる友達いないじゃないかとかゼロのときはひたすら不安だったのですけど、ある程度支えてくれる方々に恵まれ、やりたいことができるようになってますありがたいことです。

僕はまだ人と機会に恵まれたので全然いい方で、世の中はそういったものに恵まれないで終わってしまった方もいて、今回たまたま実家に帰省して親から自殺した彼の話を聞く機会があって、ようやく腹落ちした感じです。

彼は「できること」が「やりたいこと」に程遠いことに悩んでいて、周囲がきちんとしていくことにジレンマを感じていて、結果。ということなのですが、人間やっぱりその差を埋めるなにかを持っていないと、結局すべてを諦めてしまうのだろうな、というのは感じてます。いうて僕もまだまだだし、神レベルには程遠いです。救いがなかったということに辛さは感じますが、やりたいことを埋めてあげるということを僕がある程度動くことでできるならそうしたい、というのもあります。

最近。

なんども書いてますが僕自身が周囲の人たちに救われている、というのを一人になって感じる機会が本当に多いです。なにも後ろ立てがない状態だから、そう感じるのかもしれないです。以前はOSSに貢献できなかったのでもっとしなければっていうのを感じていただけだったのが、人に対してももっと返してあげれる人間になろう、と思うようになりました。そこで僕ができるのは他人の「やりたいこと」を「できること」に近づける手伝いをすることなのかなーなんて、ふんわりと考えてます。僕は今後もエンジニアで生きていく気満々ですが、その傍らこういった作業していきたいななんて、思いつつ。

まあ他人の心配より自分の心配しろよバカヤローって言われたらはいそうですねっていうので、僕が余計なお世話焼いてやがるなと思ったら容赦なくいってくださいね。