Episode 8:音に気づけば



 夜。
 酒を飲む気にもなれず、ジースターは家への道をとぼとぼと歩いていた。
 リリーとはいつも、酒場の前で待ち合わせしていたのだが、彼女は今日はやはりというべきかいなかった。
 今ごろどんな目にあっているのか、想像したくもなかった。

(はー・・・・・・)
 なぜかとてつもないやるせなさを感じて、歩いていく。
 心を半分を吹き飛ばされたような感じだった。

(オレってこんな未練がましいやつだったっけ?)
 ふと自問してみる。
 売春婦という人種は、金を払って夜を一緒に寝て、それで朝になったらサヨナラするというそういうものだった。ジースター自身リリーより前にだれかと寝たことがあるわけではないが、そういうものだと思ってた。
 あいつは自分でも変わり者と言っていたから、不思議なヤツ、ということはあたっていたのだろう。

 しかし、自分は――――

(いつからこんなマイナス思考の人間になったんだ?)

 昨日から暗いことしか考えていない。
 辛いと思うことしかない。
 どういうことだ?

 それを怪訝に思いながら道を歩いていると、目の前に大男が立ちはだかった。
 明らかにジースターより背のたかい男だ。
 見上げると、昨日のフランクという男だった。
「・・・・・・・・ジースター・ジェイスだな?」
「そうだけど・・・・・・・・」
 かなり首をあげないと顔がみえない。いままで下をむきながら色々考え込んでいたため、正直首が痛かった。
「なんか用?」
 リリーを連れ去った人間の一人だった。
 どうせ聞いても教えてくれまい。
 と、ぼんやり考えていると、いきなり後ろから衝撃が走った。
 背中をけられ、前方に倒れこむ。
 鈍痛が腹までつきぬける。
 息がつまり、顔が歪む。
「・・・・・・・・ぐ・・・・・!」
「ちょっとストレス解消の道具になってくれ」
 そう言ったフランクの後ろには、男達が大勢立っていた。
 五、六人といったところか。
 自分の後ろにも数人いるようだ。
 やばい。


 ++++


 血まみれになったジースターは、そのまま壊れた木箱などが積み重なっている場所に放り投げ出された。
 一発目。
 どこかを殴られた。
 鈍痛が頭のてっぺんまでとおっていく。
 二発目。
 それは背中に衝撃を抜けた。

 ジースターは声もでなかった。
 なにが理由で殴られているのかはわからないが、とにかく殴られていた。
 ぼんやりとなにかが思い浮かぶ。
 だけどそれもすぐに消えて・・・・・・

 はて?
 どうして殴られている?
 
 なんでだ?
 いつからこうなった?


 何かがおかしいのは決定的で・・・・・・
 それでいて、いまいちつかめなくて・・・・・
 そして、いつからかわからないが、なにかが決定的にかけていて・・・・
 自分がなにか、やってしまっていて・・・・・

 ジースターはぼんやりと思考をめぐらせた。


 なにがおかしいんだろう?


 なにが足りないんだろう?

 自分にいまかけているのはなんだろう?



 そんなものを考えるようになったのは、リリーと出会ってからに決まっていた。

 だが、今の彼にそんなことを考える余裕はなかった。

 ・・・・・・・・・・


 ++++


 もう何発殴られたかは分からない。
 だけど、生きていた。
 意識は朦朧としているが、なにかがはっきりとしていた。
 わからない。
 なにがあったかはわからない。
 だがジースターは立っていた。
 あれだけ殴られて、ぼこぼこになりながらも、その場に立っていた。
 手元に握られているのは、血の滴るナイフ。
 回りに広がるのは、先ほどまで自分を痛めつけていた男達の切り裂かれた死体だった。
 内蔵がはみ出て、舗装された道路にひろがり、頭が切り裂かれて脳漿が流れ出ている。
 自分がやったのかどうかすらわからない。
 朦朧とした意識だけで、あたりを見回し、状態を把握する。
 まわりで人が死んでて、自分が生きてて。
 血が巻かれていて、それから・・・・・・・
 理解することすらできない。
 それ自体を頭が拒んだようにみえた。

 ジースターはナイフをしばらく見つめた後、ふらふらとその通りを出て行った。


 なにがあったのかは、わからないままに。



 ・・・・・・・・この日からジースターの記憶は途切れてしまう。


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