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    <title>Damcing Under The Rain</title>
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    <title>Episode 8 : kill of the ......</title>
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    <published>2010-11-14T00:04:51Z</published>
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    <summary>　うっすら目をあけると車の屋根が見える。それでそこは道端ではないことに安堵する。...</summary>
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        <name>Sho Ayase</name>
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        <category term="Season 1" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[　うっすら目をあけると車の屋根が見える。それでそこは道端ではないことに安堵する。痛覚は半分麻痺しかけていたが、その影響で意識が飛びそうになっていた。<br />「大丈夫？」<br />　顔が割り込んでくる。こちらの手を握りしめながら彼女は心配そうに尋ねてきた。<br />　だがアレシェンカが次に呟いた言葉は傷とはまったく無関係ーーこちらからすればそうともいえないのだがーーな言葉だった。<br />「......まだ、忘れてない？」　<br />「は？」<br />　虚をつくその科白に彼女の目が点になる。こちらの手を握ってくると口を開いてきた。<br />「何言ってるの。忘れるわけないでしょ」<br />「......ああ」<br />　そういえばそうだ、と思う。だが頭が茫洋としていて僅かなことも考える暇がない。靄がかった思考の中でアレシェンカは眼前の少女に焦点をあてた。<br />「ここは？」<br />「ダニーの車の中だよ。アレシェンカ大丈夫？」<br />「......多分。怪我は？」<br />「背中と、右胸かな。あたしこういう怪我の手当てはしたことなくて」<br />「......それは仕方ないと思う。包帯......？」<br />「うん」<br />「ありがとう」<br />　短く伝える。その瞬間彼女がなんとも言えない表情を浮かべてくる。哀愁を瞳に浮かべながら肩を落としてくる。<br />「お礼を言うのはこっちだって」<br />「......あたしはね、フランカ」<br />　彼女の科白を遮る。悲しみが含まれた視線を向けてくる彼女をしっかり右目で見返しながらアレシェンカはつづけた。<br />「あたしは......仕事上の付き合いだけで、二十四時間ひっつくってのは無理な......不器用な人間だから。誤解しないで」<br />「うん」<br />「上はどうなって欲しいのか知らないけど、あたしはちゃんと君を守るから......」<br />「うん」<br />　ぎゅっとこちらの手を握ってくる。項垂れながら小さく返事をしてくる彼女は酷くはかなくみえる。先程の強気が嘘のように。<br />　前髪にかくれてその表情は見えない。茫洋とする意識を覚醒させようとアレシェンカが頭を回転させていると彼女がちいさく、ぽつりと一言だけ伝えてきた。<br />「ごめんね」<br /><br />　<br />　<br />　<br />　<br />　ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />　008<br /><br /><br /><br />　しばらくすると通りの向こう側からダニーが走ってくるのが見えた。その後ろに人影がいないのを見ると、どうやら敵を撒く事に成功したようだった。<br />「ヘイ、お待たせ。どうだ。具合は」<br />　運転席に乗り込みながら彼が尋ねてくる。それにアレシェンカが答えようとするとフランカが代わりに口を開いた。<br />「右胸と、背中の銃弾......かな。あといくつか打ってるみたい」<br />「わりい。最後のやったの俺だ。フランカ、お前は？」<br />「あたしは平気」<br />「そうか。アレシェンカは止血はすんでんのか？」<br />「うん」<br />「わかった。じゃあしばらく持つか」<br />　ダニーはそういうと車のドアをしめてエンジンをかけた。<br />「フランカんちにいくぜ」<br />　それを聞いたフランカが怪訝そうに眉を潜めた。アレシェンカも横になりながらそちらを視線だけでみやる。<br />「え？」<br />「さっきの事務所の場所がわかんねーんだよ」<br />「あたしんちはわかるんだ」<br />「ツァイのヤツがいるからな。連絡がとれるから」<br />　さっきの中国人女性のことだろう、とアレシェンカは思った。そちらがどうなっているかはわからないがフランカの姉のこともある。そっちでダニーの判断は間違っていない。<br />　前の席でフランカとダニーがなにやら話しているのを聞きながら、アレシェンカは後部座席で横になった。胸の傷は包帯をまいておかげで血は止まっているし、アレシェンカの体内で自動治癒が始まりつつある。<br />　だがそれは同時に脳への負担を意味する。<br />　身体の一部が機械化されているアレシェンカは自己治癒をすると同時に記憶を失う。寿命をしらない身体と引き換えに得た制約はこういったときに不利になる。<br />　なによりここで記憶を失うわけにはいかないのだ。意識を失えば自己治癒に走ることは間違いない。ここはなんとしても意識を覚醒させておく必要がある。<br />　茫洋とする意識を捕まえながらアレシェンカは身体を起こそうとしたが力が入らない。<br />　口の中で小さく嘆息する。と、突然運転席から声をかけられた。<br />「......悪かったな。アレシェンカ」<br />　そちらを見るとダニーが一瞬だけこちらに視線を向けてきてそれだけを伝えてきた。すぐに彼が前に向き直ってしまったので頷く暇はなかったが、その僅かな間でこちらの目と彼の視線が交差する。<br />　分かってるよ。<br />　それだけを伝えようと思ったが、口をつぐんだ。僅かな動作でも胸が痛かった。<br />　そんなこちらの気持ちを知って知らずか、彼は短く言ってきた。<br />「飛ばすぜ」<br />　彼がアクセルを踏む。<br />　<br />　恐らく、今ある意味最も傷ついているのはダニー本人であろうというのに。<br />　<br />　＋＋＋＋<br />　<br />　そのモスクワ中心部からフランカの家があるカシールツカヤまでは約三十分程だった。二人が前の席でなにか話していたがアレシェンカは良く聞こえていない。意識をつなぎ止めるのに精一杯だったからだ。それでも傷は僅かに治癒を行っていて、意識を失ったとき程迅速ではないがゆるやかに回復へ向かっていた。<br />　包帯に撒かれた右胸の傷に指先で触れてみる。僅かだが傷口は塞がってきているようだった。さすがに貫通するレベルになるとすぐに完治というわけにもいかないのだろう。しばらくは実戦は無理かもしれないと思う。<br />　フランカのアパートの後ろに車を止めるとダニーが鍵をぬいた。<br />「着いた」<br />　その隣でフランカが椅子に体重を預けて空を仰ぐ仕草をみせてきた。かなり疲れた様子を隠さずに口に出してくる。<br />「散々な一日だったわ」<br />　まさにその通りだと思ったが口には出さない。アレシェンカやダニーにとっては日常茶飯事だとしても、普通の人間からすれば異常事態の連続なのだ。疲れて当然だ。<br />　それには答えずにダニーがシートベルトを外しながら尋ねてきた。<br />「アレシェンカ、動けるか？」<br />　そちらにアレシェンカは顔を向けずに、声だけで応じた。<br />　目を閉じて体内の状況を見てみる。動けない程ではないにしろ辛いことにはかわりはない。<br />「なんとか」<br />「無理しないでよ」<br />　今度はフランカが、先程より不安が増したように言ってくる。それに対してアレシェンカは短く淡々と答えた。<br />「してないって」<br />　仕方ないといえば仕方ないだろうが、動ける限り動きたいのだ。<br />　シートに手を着いて上半身を持ち上げる。これで倒れたら間抜けだな、と思いながら身体を動かす。大丈夫。いける。<br />　何となく目に入った自身の足のあたりをぼんやりと見やる。不安定で定まらなかった視点が一点を見る事ができるようになり、やがて落ち着いてくる。<br />　いこう。<br />　横をみると二人が不安げにこちらを見てきていた。それに答えるように僅かにうつむくとアレシェンカは口を開いた。<br />「ごめんね。ホントに」<br />　口をついてでたのは何故かその科白だった。その言葉は全く予想しなかったのか二人ともきょとんとした表情でこちらをみてきた。<br />「なんで謝るの？」<br />「むしろ俺が謝らなきゃなんねーんだが」<br />　そういうとダニーは前に向き直った。僅かにあきれ顔で懐の銃を取り出し予備マグを装填する。それを懐にしまうと車のダッシュボードを開き、一丁の自動拳銃を取り出してきた。<br />「フランカ、銃は？」<br />「え？」<br />「銃は扱った事あるかって聞いてるんだ。あんのかねーのか」<br />「あるわけないじゃん。そんなの学校でも教えてくれないよ」<br />　不審者をみるような目を彼に向けながらフランカは身体をひいた。その視線を半ば無視しながらダニーは手に持った銃を彼女に差し出した。<br />「そうか。じゃあ使い方を覚えるいい機会だ。これもっとけ。貸してやるから」<br />「え、やだよ。中国製でしょそれ」<br />　あからさまに顔をしかめる彼女に対して、いい加減聞き飽きたとばかりに嘆息しながらダニーは続けてきた。<br />「ホント中国製信用しないんだなお前ら。それはロシア製だ」<br />　彼の科白の中に自分もどうやら対象にされたようだったので、アレシェンカは鼻で笑うと口を開いた。<br />「......中国っていい加減なことで有名だしね」<br />　ちくりと言い返しておく。その科白に彼は呆れた視線を向けてくる。<br />「アメリカの肉より百倍マシだと思えば悪いもんじゃないぜ」<br />「それって二十年後に死ぬか今死ぬかの違いのような気がする」<br />　もうおしまいとばかりにダニーが椅子を叩いてくる。大きく頭を振ると、<br />「だからそれはロシア製だっていってんだろ。いいから持っとけって。仮に中国製だとしても100パーセント死ぬわけじゃねーし、いざってときは助けてくれるかもしれないだろ。もし誰かに聞かれたらFSBに渡されたっていえばいい。つかこんなときに変なナショナリズム気にしてんじゃねーよ。アホかお前ら」<br />　そこまで一気にいうとダニーはフランカの手にむりやり銃を押し付け、ドアを開けて外に出ていった。こちらの二人に配慮してか静かにドアをしめると彼は外で煙草を口にくわえて火をつける。<br />　その背中をみながら銃を手に握らされたフランカが間を置いてから尋ねてきた。<br />「怒らしちゃったかな」<br />　それに対してアレシェンカは思わず笑った。胸がずきりと痛むがそれでも凍り付いた心を溶かすような二人のやりとりに思わず安心しながら答える。<br />「自業自得でしょ。ダニー自身も結構いい加減ぽいとこありそうだし」<br />　足をおろしてブーツに足を通した。動ける。<br />　自分の身体がまだ自由が利く事に安心する。<br />　前でぼんやりと手の中の銃をみつめる彼女をみながらアレシェンカは続けた。<br />「フランカ。今日はもう、部屋で休もう」<br />　その言葉にフランカはこちらをみてくると、小さく頷いてきた。<br />「うん」<br />　明日も彼女にとっては普通の、学校がある普通の一日なのだ。<br /><br /><br />　先にダニーがアパートの入り口の方に歩いていった。それをみながらアレシェンカは車から降りた。身体を夜の冷気が包んでいき、それがどこか心地よい。<br />　こちらをみてからフランカが降りてくる。<br />「大丈夫？」<br />　彼女が心配してくる。それに対して軽く笑ってみせる。苦しい笑いにみえたかもしれないがうまく作れたはずだ。アレシェンカはなるべく普通になるように身体を保った。<br />　入り口のある表の方に回っていく。と、アパートの入り口の前でダニーが呆然と立ちすくんでいた。<br />　二人が後ろに近づくとそれに気付いているのかいないのか、彼がぽつりと呟いてきた。<br />「そんな馬鹿な......！」<br />　彼の背中越しに入り口の方を覗くと、なにやらバッドで殴られたように叩き破壊された黒い車ーー先程アレシェンカが窓ガラスを割ったものだーーとその横に無惨なまでに血まみれの人間が横になっていた。<br />　それを見てアレシェンカは思った。彼女はあきらかにもう手遅れである。<br />　少し遅れて歩いてきたフランカがそれらをみて呟く。<br />「ねえ、あの子って」<br />「......ダニーの......連れだね」<br />　彼女の言葉よりダニーに配慮し、アレシェンカは急いで言葉をかぶせた。たしかに倒れていたのはダニーと行動を共にしてきた中国人の女性、名前は確か、<br />「ツァイ......！」<br />　悔しげにダニーが呟く。<br />　だがここで彼女が死んでいるということはまた別なトラブルが発生していることも意味していた。そうでないことなどありはしないのだから。<br />　不意をつかれたその状況に間をとられたことに僅かに憤りながら、アレシェンカは次の瞬間ダニーの隣を走りぬけ、そのまま入り口から階段を駆け上がった。<br />　もし自分の予想通りなら、これは相当危険なことになっている。<br />「アレシェンカ！　まって！」<br />　後ろからフランカの声が聞こえてくる。<br />「こないで！　ダニーのところにいて！」<br />　一応そう叫ぶが彼女のことは待ってはいられない。そのまま一気に駆け上がる。フランカの家の前まで到着し、ドアノブに手をかけようとして目を見開く。<br />　そこの鍵が叩き壊されていた。<br />　無理矢理力技で抜き取ったとばかりに鍵とドアノブがその場に転がっていた。<br />「嘘......」<br />　後ろに追いついてきたフランカが小さく呟く。アレシェンカはそれには構わず扉を開いて中に押しはいる。わずかに荒れている様子をなく整然としたその部屋は、ただ一つを覗いて先程と変わっていない。<br />　フランカの姉ーードーラがいない事を除けば。<br />　こちらが一瞬立ちすくんだ間を置いて、フランカが先に部屋に入っていく。アレシェンカは急いであとを追うが、中にはフランカ以外の人間がいない。<br />　それがアレシェンカの焦燥を倍増させた。敵はここの場所も突き止めていたのか。<br />　リビングにはいると、そこに置いてあった一枚の紙を睨みつけるようにしてフランカが立っていた。テーブルに半ば叩き付けられるようにしてそこに置かれたその紙に書かれている内容を飲み込むのに、アレシェンカはしばらく時間がかかった。<br />　短く簡潔な内容だったが、それはどちらかといえば現状に対して理解に苦しむといったほうが正しかった。<br />　そこには、<br />　<br />【フランカをよこせ。さもなくば殺す】<br />　<br />　それだけが短く書かれていた。<br /><br />（......畜生......！）<br /><br />　心の中で見えない相手に対して、そしてうっかり現場を離れた自分自身を罵りながらアレシェンカは拳を強く握りしめた。<br />]]>
        
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    <title>Episode 7 : Murders</title>
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    <published>2010-08-20T23:28:13Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　上着を引っ掛けるとフランカは一目散に家に向かって走りだした。（もうまっぴらよ！...</summary>
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        <name>Sho Ayase</name>
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        <![CDATA[　上着を引っ掛けるとフランカは一目散に家に向かって走りだした。<br />（もうまっぴらよ！　なにあれ！）<br />　殺人。爆発。血。<br />　冷静を保ってみせていたが、もうこりごりだった。<br />　もっとも、最後は冷静でもいられなかったわけだが。<br />　心の中でいろんな思いが交錯する。早足で夜のモスクワを歩いていく。当然いまは深夜なので地下鉄駅は全て閉鎖している。<br />　歩くしか無い。<br />　どこにいけばよいのかもわからないし、どうすればいいのかもわからない。<br />　周囲をみると学校から帰る途中にあるく通りーーーアルバート通りだった。<br />　フランカの今の家はカシールスカヤ駅が最寄り駅だから、歩いて帰る事になれば相当な距離だ。モスクワの中心をほぼ縦断するくらいになるが軽くマラソンするのだと思えばどうにでもなるだろう。<br />　だがそれ以前にフランカは今自分がヒステリィを起こしているということに気付いていない。そして理由もない衝動的な逃避行動は、今の自分に迫る危険な事実を誘い込もうとしていることにほぼ等しい。<br />　だがそれを気付く余裕すらフランカにはなかった。<br />　混乱した思考は一つの結論を導きだす。だがそこにあるのは現実を論理的に考える余裕ではなく単純な逃避だった。<br />（もう嫌だ！）<br />　その叫びはだれにとどくわけでもなく、暗闇を歩いていくフランカの身に危険はゆっくりと迫っていた。<br />　<br />　<br />　<br />　<br />　<br />　ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />　007<br /><br /><br /><br />　<br />「まったく。なにしてんの」<br />　声をつまらせながらアレシェンカはダニーを車に押し込み、エンジンをかけさせた。彼は複雑ななんとも言えない表情を浮かべながら車を発進させる。<br />「あんたあの子が殺されたら友達みつかんないよ」<br />「すまん。少し目を離した隙に」<br />　苦しい言い訳をしながらダニーがアクセルを踏み込む。そちらを一瞬だけみてからアレシェンカはちいさく嘆息した。<br />「ミスは仕方ないけれど......こればっかりは」<br />　その言葉に彼が言葉に詰まる。続けて車が通りを飛び出した。<br />　その通りは普段観光客でにぎわうにぎやかな通りだ。人通りが少なくなれば車で走っても問題ない。ダニーがハンドルを切る。通りのど真ん中に飛び出していく。<br />「こんなときにいうのもあれだけどさ」<br />「ん？」<br />「あの人名前なんて言うの？」<br />「はあ？」<br />「ほら、さっきの。白衣のねーちゃん」<br />「エレナ？」<br />「エレナさんっていうんだ。いくつ？」<br />　質問の意図が掴めずにアレシェンカは思わず眉をしかめてそちらを見やる。<br />「いくつだっけ......若く見えるけどたしか結構歳いってるよ」<br />「そっかあ......」<br />　こちらの科白にあからさまに残念そうに肩を落とすと、ダニーはステアリングに体重をのせた。その危うい体勢での運転を見ながらドアに身体を預ける。<br />「なに......どうしたの」<br />「いや、フランカもそうだけど......あ、君もね。あのひとも、ロシア人は美人が多いなあって」<br />　なにいってんだか、と心の中で思いながらアレシェンカは前方に視線を戻した。フランカを追い抜いてしまってないか不安だったが今のところはない。<br />「あたしの顔はわからないけど、フランカはかわいいよね。エレナは美人だけど......ダニー、一ついいこと教えてあげる」<br />「なんだ？」<br />　そちらに半眼をむけたあとアレシェンカは外に視線を移しながら平坦な口調で続けた。<br />「ロシア人女性が美人なのは二十代半ばまでなんだよ」<br />「はあ？」<br />　ちいさく嘆息するとアレシェンカは続けた。<br />「あとはぶくぶくふとって......そばかすが増えて......立派なお母さん体型に一直線だよ」<br />　こちらの科白にがっくりとダニーが脱力する。車の運転はどうなのだろうとそちらをみるがそれには影響がないようだった。<br />　非難するように彼が声をしぼりだしてくる。<br />「あのな......」<br />「二の腕とかもうひどいことになるよ......」<br />「夢を壊すな馬鹿！」<br />　乾いた音が響く。きっとダニーがステアリングを叩いたのだろう。その抗議に反応を示さずにアレシェンカは小さく嘆息すると、<br />「ホントのことだよ」<br />　とだけ短くそういって肘をついて頬を乗せた。まだフランカは見えない。<br />　と、車内を沈黙がおちた。<br />　しばらく走ってからダニーが突然口を開いてくる。<br />「お前の母ちゃんはどうだったんだ？」<br />「え？」<br />「お前の母親さ。昔は美人で、いまは太ってんのか？」<br />「あたし母親なんていないもの」<br />　こちらのその一言に、ダニーが面食らったように閉口する。それから彼は一瞬間を置くとこちらの様子を伺うように質問してきた。<br />「え、じゃあ親父さんは？」<br />　それはエレナのことではなくアレシェンカ自身についてだった。今度はアレシェンカが驚く番だったがそれほど辛い話題というわけでもない。こともなげに答えを返す。<br />「いないよ」<br />「育ての親は？」<br />「いないよ」<br />　続けられた彼の問いに同じ答えを繰り返す。外を見つめている体勢に疲れたので身体をシートに預け直して、視線だけでダニーのほうを一瞥した。<br />「あたしに親はいないけど......経験上周りのみんながそうだったってだけの話。エレナは歳の割にかわいいし恋人もいないはずだから......アピールしてみたら？　うまくいくかはわからないけど」<br />「今俺はそっちよりお前の事の方が気になってるよ。どうなんだそれ。両親も育ての親もいないって、お前今までどんな風にやってきたんだ？」<br />「......」<br />　沈黙する。答えていいのか悪いのか分からないから。<br />　嘘をつける自信は無いし、本当のことを言いたくもない。<br />　こちらが黙り込んでいると彼は続けてきた。<br />「寂しくないのか？」<br />「......そんなこと考えた事も無いから......よくわからない」<br />　それだけを答える。本当の事だ。思ったままの事。<br />　<br />　それから彼は口を開かなかった。こちらの話を聞きたいのかもしれないがこちらがそのことについて話したがらないことに気付いたからかもしれない。<br />　異変に気付いたのは、そんな時だった。<br />　<br />「見つけた」<br />　ダニーが小さく呟く。と、同時に突然急ブレーキをかけて車を道脇に停車する。思わず前につんのめる。<br />「ちょっと」<br />「あいつがいたんだ。多分フランカもそこにいるぜ」<br />　ダニーがベルトを外す。彼が銃を腰にしまいながら言ってくる。<br />「アレシェンカ、行こう」<br />　逼迫したダニーのその科白には、計りようがない深い感情がこもっていた。<br />　それが悲しみなのか、憎しみなのかは、よくわからないけれど。<br />　<br />　<br />　＋＋＋＋<br />　<br /><br />　フランカが通りを曲がった瞬間だった。<br />　後ろから音がする。<br />　ちょうど、地下鉄駅を通り過ぎて、家に向かう住宅街に入ったところだった。そう。ラーサと変えるときも確かこの辺りで......<br />　そんなことを考えて思わず身震いする。そして忘れさせられた記憶が今戻ってきていることに歯噛みする。何事もなく家に帰って、何事もなく暮らせたらそれが一番いいのに。<br />　だが結局そうは行かないものなのだろう。暗闇の中を歩きながら冷静に考えている自分に気付いて思わず笑いそうになった。後方から近づく足音はフランカの耳にも入っていた。　<br /><br />　しまった。<br />　<br />　口だけで呟く。<br />　その瞬間後ろから人が近づくのが分かる。<br />　振り向く暇もなかった。背中のど真ん中に蹴りを入れられる。<br />「......ッ！」<br />　悲鳴をあげる間もない。息を詰まらせてうつぶせに倒れ込む。アスファルトに鼻面をぶつけて頭蓋を突き抜けるような痛みが走った。<br />　次の瞬間フランカの上に相手はのしかかってくる。相手が着ていた黒いコートが昼帰り、その中に銀色の瞬きが一瞬だけ見えた。<br />　ナイフだ。<br />　殆どそれしか見えなかったがフランカはそれを確信していた。振り上げられたときそれが自分に向かって突き刺さってラーサみたいに......<br /><br />　ああ、嫌！<br />　<br />　だが次の瞬間フランカの上にのしかかっていた相手は背後からの衝撃で吹っ飛ばされていた。フランカの眼前に相手が転がりながら数メートル先までいって止まる。<br />「フランカ！　大丈夫？」<br />　アレシェンカ。<br />「いこう。逃げよう！」<br />　彼女が手を引っ張ってくる。だがその瞬間フランカの頭に浮かんだのはさっきのダニーの科白だった。彼の言葉をまるっきり信用するわけではないが、それでも彼の言葉は迫ってくるリアルがあった。<br />　アレシェンカの必死さも、作られたものなのに。<br />　そうおもった次の瞬間彼女の頬をフランカの手が打っていた。目の前でアレシェンカが叫び声をあげる。<br />「痛っ！」<br />「あいつを捕まえればもういいでしょ！　あたしにかまわないで！」<br />　さらに彼女の背中を蹴飛ばして殺人鬼に向かって突き飛ばす。よろめいた彼女の手を振りほどこうとするがその左手はこちらの腕を掴む力を緩めず離れようとしない。<br />「離して！」<br />　アレシェンカに向かって叫ぶ。だが彼女は赤くそまった頬を抑えようともせずこちらに向かってさけんできた。<br />「嫌だ」<br />　その科白にどれだけの気迫が込められていたのかはわからない。だがフランカはその瞬間自分より上の誰かに怒られたようにすくみ上がった。その言葉の持つ真摯さが、その瞬間彼女に対して持っていた苛立ちや不信を上回ったように。<br />「あたしを信じて」<br />　彼女はそう呟くようにいうとこちらの腕を引っ張ってくる。が、その前に横から起き上がったらしい殺人鬼がせまる。<br />　避けきれない。<br />　銀色の線がこちらの顔めがけて放たれる。だがその直線上にアレシェンカが割って入ってきた。その手には銃。だが、引き金を引くより相手が懐に入り込むほうが早い。<br />「あ......」<br />　フランカが呟く。彼女から離れた瞬間肉が切り裂かれる鈍い音とともに、アレシェンカの右胸にナイフが深く入り込む。こちらの身体が弾き飛ばされたと同時に彼女の背中から赤く染まったナイフの先端が姿を見せた。<br />　血が飛び散る。黒いコートが赤黒くさらに染まり、彼女の足下に血溜まりを作っていく。<br />　次の瞬間伸びたアレシェンカの左腕が相手の身体を突き飛ばした。ナイフは刺さったままとは思えない素早い動きで彼女は殺人鬼を押し倒すと、落ちていた銃を取り上げて撃鉄をあげる。<br />　が、次の瞬間アレシェンカのその手を銃弾が貫き、続けて背中を衝撃が襲う。<br />　それは彼女が刺されてから彼が現れるまで五秒とかからない間に起きた。もちろんフランカが反応するまで時間などあるわけもない。<br /><br />　飛び出してきたのは銃をもったダニーだった。<br />　友達を救うために、アレシェンカを撃ったのだ。<br />「どけ！　撃つな！」　<br />　そう叫びながら飛び出してくる。<br />　もちろんアレシェンカの右胸にはまだナイフが刺さったままだ。その所為もあってか普段以上に力なく地面に倒れ込むアレシェンカを尻目に、ダニーは冷たく言い放った。　<br />「アレシェンカ。勝手に撃つんじゃねえ。そいつは俺が助けるんだ」<br />　今まで聞いた事の無い冷たい声音だった。<br />「ちょっとダニー！」<br />　フランカが叫ぶ。そちらに駆け寄ろうと立ち上がると彼がこちらを睨みつけてきた。<br />「お前は少し黙れ。そこにいろ」<br />　それはいままでの彼にはない危険な空気だった。<br />　その気迫に押されて思わず黙る。<br />　腸を掴まれるような感覚にその場に、フランカは思わずその場に立ちすくむ。眼前ではアレシェンカが血を流して倒れている。早く助けなければ。<br />　だがこちらと彼女の間に、殺人鬼が立ち上がり始めていた。<br />　アレシェンカなら逃げろと言うだろう。<br />　確かに逃げるのは一番かも知れない。<br />　だがそれはできない。<br />「シェイ！　俺だ！」<br />　ダニーが叫ぶ。相手はゆっくりと顔をあげると濁った目でこちらを睥睨してきた。視線の先はダニーではなくフランカ。<br />　その感情がまったくこもっていない相手の視線を真っ正面から見返すと、フランカはあとずさった。その目と顔つきを見て驚愕。<br />　なんと相手は女性だった。<br />　男物のコートに黒い服装の相手、ラーサを殺してフランカを追いつめ、重傷を負わせた殺人者は女性だった。<br />　髪の長さも分からず帽子を目深に被っていたので気付かなかったのだろう。<br />　次の瞬間に相手の足が素早く地面を蹴ってこちらに肉薄してきた。その目はダニーではない。ただフランカを狙っている。ダニーの方が彼女にとって知り合いであろうに、それすら目に入らない。<br />　相手が狙っているのは自分。<br />　無差別な殺人ではないことがわかった。<br />「ひっ......」<br />　その表情があまりに無表情だったのでフランカはのどの奥で悲鳴をあげる。相手の動きは無駄はなく、ただ標的を殺すために動いている。<br />　両手にナイフはなかった。伸ばされた左手がフランカの喉を掴んで地面に押し倒す。さらにその上にのしかかってくると殺人鬼ーーシェイは新しいナイフを取り出してきた。今度はさっきの物より小型のようだが、こちらからすれば刺されれば致命傷になるのは間違いない。<br />「シェイ！」<br />　ダニーが呼びかけるが反応しない。<br />　ああ、死ぬのかな。<br />　その刃物の先端を見つめながらそんなことを思うと突然飛んできたナイフがシェイの胸を突き破ってきた。後ろから大きな衝撃に突き飛ばされたように彼女の身体はフランカの眼前をとんでいくと前方の壁にそのナイフで縫い付けられる。<br />　顔に血がかかるがその流れにフランカはついていけていない。呆然としていると眼前に現れたアレシェンカが左手を掲げていた。<br />「フランカ殺すならあたしを殺してからにしなよ殺人鬼」<br />　早口でいうとアレシェンカはよたつきながらこちらに近づいてくる。<br />「平気？」<br />「そっちが大丈夫？」<br />　思わず半眼で尋ね返す。だがアレシェンカは力なく笑ってみせてくると右胸を抑えながら小さく答えてくる。その肩は小さい。<br />「あたしの身体は丈夫だから。でも手を貸して欲しい」<br />　フランカはアレシェンカを掴んで肩を貸した。こちらの服が汚れるがいまはそんなことを言っている場合ではない。<br />「ダニー」<br />「......」<br />　彼は答えてこない。そのままシェイの元に行くと彼女の身体を抱き上げる。その目はどこか悲しげだが、アレシェンカを責める気はないらしい。<br />「あれは、やばかったんじゃないの？」<br />　そんな彼をみながらアレシェンカに尋ねる。彼女はふいと顔をふると小さく答えてきた。<br />「正当防衛だよ。それに......あれは約束じゃない」<br />　確かにそうだ、とフランカは思った。だが気になることはある。<br />　と。<br />　気の抜けた音があたりに走る。<br />　その瞬間アレシェンカの身体から力が抜ける。<br />「あ......」<br />　突然腕に彼女の全体重がかかり、不意をつかれて座り込む。そして続いて腕の中にアレシェンカが倒れ込み、それと同時にさっきのナイフの傷とは違う別な傷を見つける。<br />　銃弾。<br />　はっと顔をあげる。その柔らかい音がサイレンサーをつけた銃の音だがフランカはそれを知らない。アレシェンカを抱き上げようとすると目の先にある路地の角からマスクをつけた数人の人間が飛び出してきたのが目に入る。数は五人。<br />　いけない。<br />　彼女を引きずるようにしてきた道を引き返す。だが相手の方が早い。一番先頭にいたひとりが両腕を伸ばしてくる。持っているのは警棒だから恐らく殺人目的ではなく捕えるつもりなのだろう。<br />　ああ、なんなのなんなの。<br />　口の中で呟く。アレシェンカは反応しない。<br />　すると横から伸びてきた手がその相手を突き飛ばした。<br />　ダニー。<br />「俺がとめるから。いけよ。まっすぐいったら車があるから」<br />　どうして、と聞きかけたところで彼がかぶせるように言ってきた。<br />「あと......悪かったなって......つっといて」<br />　次から次へと起こるトラブルに頭が回らないのかもしれない。それは自分もだが、彼も同様なのだろう。<br />　それはともかく、まだアレシェンカと出会って二日目である。<br />　ノンストップすぎる。<br />　なにもかも。<br />　<br />　フランカはふらつきながら暗い通りを走り始めた。<br />　<br /><br />]]>
        
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    <title>Episode 6 : In Dead Place</title>
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    <published>2009-05-06T09:48:28Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　夜のモスクワの街を一台の車が走っていく。　青のスポーツカーだった。今は気温が酷...</summary>
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        <![CDATA[<br />　夜のモスクワの街を一台の車が走っていく。<br />　青のスポーツカーだった。今は気温が酷く低いため屋根は閉じている。<br />　運転しているのがダニー、助手席にアレシェンカ、後部座席にフランカが座った。社内は以外と広い。<br />　運転しながらダニーが呆れたように言ってきた。<br />「なんで来てんだよ。狙われてんのわかってんだろ」<br />「アレシェンカが怒ってでてっちゃったのかと思って」<br />　先程の強気の声とは正反対な内容に、思わずアレシェンカはそちらをみて首を傾げる。こちらが言葉を発する前にダニーが口をはさんできた。<br />「ずいぶん乙女だな。あんなに強気だったヤツがいう科白かよ」<br />「あたし乙女だもん」<br />　そちらを見ながら尋ねる。<br />「え……なんで？」<br />「えっと。だってあたしすっごい怒っちゃったからさ。わるかったなーって」<br />「そんな……子供の喧嘩じゃないんだから」<br />　どこかこちらの機嫌をとるような彼女の言葉に思わず笑みがこぼれる。今の事態をわかっていても頬が緩んでしまう。<br />　なんなのだろう。これは。<br />「とにかく気にしないで、大丈夫」<br />「よかった」<br />　アレシェンカのその科白にフランカの安堵した声が社内に響く。横でダニーが嘆息するのが聞こえたがあえてそれには触れず、前方に再び視線をやった。今はこの事態に集中しなければ。<br />　いつも以上に暗く感じる夜のモスクワに車のライトが光っている。<br />　その感覚は街が闇に溶けているような。<br />　<br /><br /><br /><br /><br />　ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />　006<br />　<br /><br /><br /><br />　その場所につくとアレシェンカは車を降りてアパートを見上げた。周囲に人がいるかどうかを警戒しながらドアをしめる。<br />「おい」<br />「ねえ」<br />「まってて」<br />　声をかけてきたダニーとフランカに短くそれだけを伝えると、アレシェンカは左目の眼球に手をあてた。周囲の情報が一瞬にして頭の中に入ってくる。と同時にサーモグラフィの色彩が視界に入ってきた。<br />　車の傍を離れて建物にむかって歩いていく。夜なのでなるべく足音は立てずにそっとアパートの中に身体を入れる。<br />　一階分階段を上がって廊下を間借りその部屋の扉の前に立つ。そして扉のノブを見やったところで動きを止めた。やはり、というべきかドアの鍵が壊されていた。<br />　それは予想できることではあった。が、今更なにができるわけでもない。そのまま銃をとりだして扉を押した。その先に広がっている風景もアレシェンカには用意に想像できた。それが凄惨な光景であれ、いつも通りは普通の光景であれ驚かないはずだった。<br />　ドアを開く。<br />　倒れた同僚たちの血の跡と遺体が残されていた。玄関先に一人、扉が開け放たれたままのリビングに一人。その奥にもう一部屋あるはずだからそこにもう一人いるかどうかだろう。三人が常駐している部屋は惨劇と化していた。<br />　遅かったか。<br />　奥に歩いていく。リビングにある遺体が目に入った。K13の同僚だった。さらにそのとなりには午前中に話した同僚の姿があった。<br />「エドゥ」<br />　思わず名前を呟く。血まみれでテーブルの脇に横たわる彼はまだ意識があるようだった。うっすらと瞼を押し上げるとこちらを見上げてくる。<br />　その口が小さく動く。<br />「くるな」<br />　動きを止める。<br />「え？」<br />「くるんじゃない。そこに爆弾が」<br />　視線だけでそちらを見やる。息を吸って耳をすます。<br />　かち、かち、とカウントされる音が耳朶を打つ。<br />「あと何秒？」<br />　だがアレシェンカは彼に近づきその身体を抱き上げようとした。エドゥが必死に首をふって遠ざけようとする。<br />「知るか。とっとと逃げろ！」<br />「エドゥも」<br />　だがアレシェンカは彼に近づきその身体を抱き上げる。<br />「馬鹿野郎！　死ぬぞ！」<br />　その瞬間そこにあった握りこぶし大の空き缶のようなものが空中に浮かぶ。<br />　それを見たアレシェンカの中に一つの結論。<br />（対人地雷？）<br />「だから」<br />　彼がなにかをいいかけるが後の方は聞こえてない。<br />　そしてその視線を巡らせると、別な遺体の下敷きになっている爆弾が見えた。<br />　それは残りカウント三秒を指している。<br />　逃げなきゃ。<br />　次の瞬間アレシェンカは視界の端にみえたベランダを目掛けて床を蹴った。<br />　そしてそのタイミングとほぼ同時に後ろで対人地雷が爆発する。<br />　エドゥの身体を自分の身体の内側でかばう。<br />　胸元で彼が叫んでいるがそれどころではない。<br />　頭と背中に刃が突き刺さる。<br />　首筋の神経に刺さらないことを祈りながら右手で拳銃を抜き放つ。<br />　刹那。<br />　アレシェンカは引き金を弾いてそのガラスを撃ち破るとそのまま穴をくぐった。<br />　そこで三秒。<br />　背中で大きな爆発。火炎があがった。<br />「うわ！」<br />　エドゥを胸に抱えたままアレシェンカはアパートの空中に放り投げられる。彼がなにかを叫んでいるが爆音でかきけされ、続けて起きた衝撃波がアパートの壁を吹き飛ばす。ガラスの破片が周囲に散り、炎が建物全体を飲み込んでいく。あたりを揺さぶったその爆発。<br />　空中で身体が回転するのを感じたが、どうすることができるわけでもない。せめてダニーの車の上に落ちなければいいと思う。二階から放り出されたにもかかわらず地面に着くまでの時間がずいぶんと長い気がした。<br />　背中から落ち、地面をバウンドする。その瞬間にエドゥと離れてしまう。<br />　空いた手で思わず後頭部を抑える。痛みで朦朧とする意識をはっきりさせようとするがうまくいかない。それに周囲に誰か潜伏しているかもしれないのだ。<br />「アレシェンカ！　大丈夫か！」<br />　誰かが駆け寄ってくる。<br />　幸か不幸かわからないがアパートを包む炎の赤い明かりで相手の顔がよく見えた。<br />　ダニー。<br />「しっかりしろ！」<br />　着地した場所は彼の車の上ではないらしい。こちらの心配している場合なのだろうか。<br />　朦朧とする意識の中に彼の顔を捉える。頭を打ち付けた。<br />「私は平気。丈夫だから」<br />「そういう問題じゃねえよ！」<br />「それよりエドゥは」<br />　彼の助けを借りながらなんとか身体を起こす。正面に視線をやってアレシェンカは顔を歪めた。動けるダニーに先にエドゥを見てもらう。<br />　倒れている彼の首筋にダニーが手をあてると、<br />「死んではいない」<br />　とだけ言ってきた。死んではいない、か。<br />「脈あるの？」<br />「うん。ただ背中の傷はやばいな。病院か……」<br />　気を失ったエドゥを抱えながら彼が立ち上がる。アレシェンカは頭をふると小さく伝えた。<br />「駄目」<br />「だよな。どこにいけばいい？」<br />　しばらく考えた。ここが爆破されてしまったのではやむをえないことでもある。<br />「分署にいこう。そこだったら安全だから」<br />「ホントか？」<br />「うちの課に裏切り者がいなければね」<br />　ダニーが手を出してきたがアレシェンカはそれを拒み、なんとか自力で立ち上がった、ここで気を失ってしまえばまた記憶ごと吹き飛んでしまうに違いない。いまここでそうなるわけにはいかない。<br />　歯ぎしりして身体を動かし、歩いていく。<br />　まだ何一つ解決してはいないのだ。<br />　<br />　<br />　<br />　ダニーの車が後部座席もあって良かったと思った。暗い中消防車が行き交う市内をスピードをあげての運転は、途中かなりスリリングな思いをさせられた。<br />　ただそれ以上に助かったのはフランカがエドゥの応急処置をしてくれたことだった。<br />「フランカ、それ大丈夫？」<br />「バレエやってると怪我が日常茶飯事になるの」<br />　後部座席で横になったエドゥの身体に、ダニーの車にあった応急処置セットの消毒薬を塗りこみ包帯を手早く巻いていく等の作業を行いながら彼女はそう言った。守るだけではないのが幸いといったところだろうか。<br />「バレエの怪我とそいつの怪我は違うだろうに」<br />　運転しながらダニーが呟く。それにはアレシェンカも同感だった。<br />「やってくれているんだから文句はいえないよ。あ、ダニー、そこを右」<br />　しばらく走った先の角を曲がる。先程の爆発の時に起こった炎は遥か後方に見えなくなっていた。<br />「ずいぶん奥まったところにあるんだな。分室ってのは」<br />「一応秘密警察だからね」<br />　アレシェンカはそれだけを伝えるとサイドミラーに視線をやった。そしてすこし息を吐くと街頭でわずかに照らされただけの路地裏を指差した。<br />「ダニー、その建物の間にとめて」<br />「ん？　ああ。せまいな」<br />「来客専用」<br />　こちらの指示に不満をいうわけでもなく、ダニーは車を灰色の壁に挟まれた路地裏に停車する。狭いところに入り込むのも特に苦手という訳でもないようだった。<br />　車のエンジンがきられた瞬間、アレシェンカは車のドアを勢い良く開けて外に飛び出した。<br />　その突然の動きにダニーが声を挙げてくる。<br />「おい！」<br />「ここにいて！　二人をよろしく！」<br />　そして一気に路地の入り口目掛けて突っ走る。途中転がっていた自分の背丈ほどもある鉄パイプを左手で掴むと、丁度眼前に停車した黒い車目掛けて振り下ろした。<br />　鉄と鉄がぶつかる耳障りな音とエンジンがへこむ轟音が重なり合った。その衝撃で黒い車の窓ガラスに大きく皹がはいる。<br />　さらに鉄パイプを振りかぶると運転席めがけて突き刺す。その一撃で窓ガラスが粉々に割れた。続けて左手をドアに伸ばし無理矢理引き剥がすようにこじ開けた。<br />　中にいた人間がこちらに拳銃を向けてくる。弾丸が放たれようとした瞬間アレシェンカは左手を突っ込んでその拳銃を握りつぶした。<br />　相手の目が驚きに見開かれる。続けて右手で相手の胸ぐらを掴んで引きずり出すと地面に叩き付け、さらにその上にのしかかった。<br />「さっきから尾けてたみたいだけど、あんた何者？」<br />　左手で相手の頭を掴む。拳銃を握りつぶされたのをみた彼はこちらが彼の喉をすぐ潰せることを分かっているはずだ。<br />「す、ストイチコフさんの命令で……」<br />　だがアレシェンカはなにも話させないうちに左手から電気を発生させた。それで彼が息をつまらせる。<br />「ストイチコフ？　何処の人？」<br />「……K8」<br />　あいつか。<br />　一緒に仕事している部署の顔を思い浮かべながら小さく息をつく。<br />「手帳だして。他に指令は受けてないの？」<br />　<br />　<br />　と。<br />　小さな銃声。<br />「アレシェンカ、減点」<br />　頭上の窓から聞き慣れた女性の声。その直後自分の背後で人が倒れるのが聞こえた。<br />「背中に注意しなくちゃ！」<br />「うるさいなあ」<br />　そちらを見てアレシェンカは顔をしかめた。<br />　窓からスナイパーライフルを背負った白衣の女性が窓際に肘をついていた。<br />　エレナ。<br />「あがってきなさい。話を聞くわよ」<br />　人懐っこい笑みを浮かべると彼女は手招きした。これで一安心か。<br /><br />　＋＋＋＋<br />　<br />　夜中のオフィスは静まり返っていた。<br />　すぐ隣が観光名所の大通りであることもあり、普段はそちらから雑然とした人々の声が聞こえてくるこの場所だが、今は違う場所のような静けさがあたりを包んでいる。<br />　事務所のオフィス部分にダニーとフランカを入れるわけにいかないので二人はとりあえず応接間にはいってもらい、アレシェンカはエレナとともに気を失っているエドゥを医務室に運び込んだ。彼の状態を見た瞬間エレナの顔が強ばったのを目に入ったがそれは見なかったことにしておく。<br />　急ぎ足でエレナが医務室に消えていくのを見送ったあと、アレシェンカはオフィスにあるソファに座り込んだ。その瞬間どっとでてきた疲労に襲われて軽く目眩を感じる。体重を背もたれに預けながら大きく息をついた。<br />　とにかく問題は、今やることが多すぎることだった。ダニーに出会ったのが幸か不幸か分からないが、彼と会わなければオーバーワークになるところだ。超人的と言ってもそれはあくまで身体の話で、それをこなせる頭脳が無ければ効率的に使えるわけもない。ただ自分なりにこなしていくだけしかできないのに。<br />　しばしの休憩とばかりに天井に視線を向けてぼんやりとしていると、不意に医務室の扉が開きエドゥの処置を終えたエレナがオフィスに入ってきた。<br />　頭を抱えているこちらを見てくると彼女は心配そうに尋ねてきた。<br />「痛む？」<br />　救急箱をもってこちらの隣にやってくるとエレナはソファに座ってきた。アレシェンカは仕草で問題ないことを告げると小さく息をつく。<br />　そんなこちらの表情をみてとったのか、彼女は消毒薬を取り出しながら続けてきた。<br />「今頃広報部はどたばたしてるわよ。発表の矢先だったから」<br />「そうだね」<br />　とりあえず頷いておく。これからのことを考えると後頭部が疼いた。闘うだけでよいのならどんなに楽なことか。<br />　こともなげに呟く。<br />「これからもっと面倒臭い事になりそう」<br />「なんでそう思う？」<br />　こちらの投げやりな科白にエレナはどこか試すような口調で尋ねてきた。それと同時にこちらの前髪をあげて大きく晴れ上がったアレシェンカの額に消毒薬をあててくる。<br />　しみる痛みに耐えながら小さく呟くように続けた。<br />「捕まえられてない……し、黒幕が大きそうな気がする」<br />「たしかにね」<br />　手早くアレシェンカの傷を処置しながらエレナが頷いてきた。身を乗り出した彼女の赤毛がこちらの鼻先をくすぐっていく。<br />　どこか胸が締め付けられるような気持ちになりながらアレシェンカは黙って少し身を引いた。それに気付いた彼女が怪訝そうに尋ねてくる。<br />「なによ」<br />「髪……むすんで」<br />「ああ、ごめんごめん」<br />　こちらの言葉に気付かされたように手をとめるとエレナは長い髪を手早く結んだ。それから再びこちらの傷に手をつけてきた。<br />　<br />　＋＋＋＋<br />　<br />　部屋に押し込められてから数分。<br />　<br />　ソファに座り込んだ二人の周りでは壁にかけられた時計が時を刻む音だけが響いている。フランカがうつむいていると、眼前に座っているダニーが突然声をかけてきた。<br />「変だとおもわねーの？」<br />　その科白に顔をあげる。<br />「なにが？」<br />「お前のその片足、義足なんだろ。なんでそんな普通に歩けるんだよ？　義足って結構使えるようになるまで時間かかるんだぜ。おまけに重傷だったのがこんな簡単に治ってよ。いくら金もらってるからってあいつらがやってること非常識だぜ」<br />　表情を変えないまま淡々と彼は言ってきた。確かに一理あることだったが今自分になにができるわけでもない。<br />　しかしあまりに場の空気とこちらの心情を無視したその発言にフランカの中に苛立ちが生まれる。とりあえず仕返しとばかりに何も言わず黙ってその顔を見返してやると、ダニーはこちらから気まずそうに視線をはずしてさらに続けてきた。<br />　そしてその科白もこちらの神経を逆撫でするものだった。<br />「案外、お前のねーちゃんも別人かもな」<br />　その言葉に目を細める。<br />「は？」<br />　眉をしかめる。フランカは自分の中に怒りが湧いてくるのを感じた。<br />　そんなこちらに気付いているのかいないのか、彼は続けた。<br />「だから。記憶が入れ替えられてるっていってたろ。影武者だけ用意しといて、お前のねーちゃんはまだ病院にいるんじゃないかっていう。死んでるか生きてるかはわかんないけど、建物一軒崩れるくらいのテロにあって無事でいるわけがないと思うけどな」<br />「なにそれ」<br />　机の下で拳を握りしめる。掌に爪が食い込むが構っていられない。フランカの奥歯が音を立てた。こちらの小さな震えに彼は気付いていない。<br />「つまりFSBの連中、これ全部仕組んでんじゃないかって俺はおもうのさ。まああいつらの事務所にいてこんなこというのもなんだけど。多分まだ被害者は増えるぜ。なにが目的でこんな事しているのかはわかんねーけど」<br />「全部って？」<br />　すでにフランカの声は半分裏返っていた。身体の筋肉を硬直させながらゆっくりと尋ねると、彼もまたゆっくりと答えてきた。<br />「バレエダンサーの殺しと、アパートの爆破テロ」<br />「その面殴って良い？」<br />　そういった時にはすでにフランカは腕をあげていた。ダニーはうつむいていたためこちらの動きや反応をみることはできない。恐らくそういった訓練を多少うけている筈だからまともにやればこちらの平手打ちくらい彼なら余裕で避けることができただろう。<br />　だが、今回それはまともに彼の頬に入った。<br />　思い切り顔を叩かれたダニーの身体が揺れた。<br />「もう知るか！　あんたたちなんか勝手にやってれば！」<br />　そう言い放つと扉を半分蹴り開けるようにして、フランカは上着を引っかけ、そのまま建物を飛び出した。<br /><br />　<br />　＋＋＋＋<br />　<br />　<br />　こちらの傷の手当てがようやく一段落ついてきた時、エレナが顔をあげた。<br />「ねえ、君、ここは関係者以外立ち入り禁止よ」<br />　二人しかいない空間にも関わらず、唐突に自分以外の誰かに言葉をなげた彼女を訝しく思って見上げると、その視線の先には応接間から出てきたダニーの姿があった。<br />「ごめん。ちょっといいすか？」<br />「なに？」<br />　アレシェンカの代わりにエレナが尋ねる。こちらの頭は彼女が押さえ込んでいるので視線だけでそちらを見る。ダニーは酷く深刻な面持ちでこちらを見てくると、<br />「ちょっと困った話を聞いてくれ」<br />「……なによ？」<br />　あからさまにエレナが眉をしかめる。が、アレシェンカはその下で彼がこれから言い出そうとしている科白がとてつもなく非常事態だということに気がついた。<br />「フランカが出てっちまったんだ」<br />　その科白に、エレナとアレシェンカは大きく嘆息した。<br />　あと少女の扱いはどうしたらよいものなのだろうか。<br /><br />　きっと誰も答えを教えてなんてくれないんだろう。<br />]]>
        
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    <title>Episode 5 : systema</title>
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    <published>2009-04-26T09:33:31Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　アレシェンカとダニーがフランカの家で食事をとっていた時刻。　FSBのビルのとあ...</summary>
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        <![CDATA[　アレシェンカとダニーがフランカの家で食事をとっていた時刻。<br />　FSBのビルのとある一室で、ニコライは目の前に座っている男を睨みつけながら机を思い切り叩いた。<br />「どういうことなんですか！」<br />「みた通りだよ」<br />　怒りを抑えずにぶつけるニコライに対してその男ーーK8の局長ムサエフはまるでサッカーゲームの結果を言うように何にともなく伝えてきた。普段通りの彼の動作に苛立ちをつのらせながらニコライは続ける。<br />「……なんであれが爆発したんですか」<br />「あれが本物のTNTだっただけだ。それを設置したから爆発したんだろう」<br />「実際に死人がでてます。それにチェチェン人ならともかく傷ついたのは一般のロシア国民で、モスクワ市民です。それを行う手伝いをうちの課員にやらせたんですよ！」<br />「誰がやろうと変わらないよ」<br />「それは違う……で、結局チェチェンの仕業だと発表するんですか？」<br />「はじめはその予定だったが事情が変わるかもしれん」<br />　こちらの問いにムサエフは特徴的な青い瞳をニコライに向けてきた。<br />「ついさっきだが、中国のエージェントが数人、市内に入り込んでるという情報が入った」<br />「はあ？」<br />「連中の仕業であると発表することになるらしい」<br />　後ろにすこし後ずさると、ニコライはそこにあったソファに腰掛けた。そして息をつく。なんでも有効な現状を憂いながら灰色の天井を見上げた。　<br />「世論の矛先がうちにこなければなんでもいいんですか。中国当局との関係が壊れますよ……あそこ敵にまわすといろいろやり辛いのに」<br />「口を慎めよニコライ。そういうことじゃない。中国を敵に回すのではない。問題をはき違えるな」<br />　彼はそういうと小さく息をついてきた。そしてデスクの引き出しを開けて書類をいくつかとりだしてくる。<br />「問題はそれに混じって中国の製薬会社が部隊を送り込んできているってことだ」<br />「製薬……スーハイハンですか」<br />「よくわかったな」<br />　ムサエフは感心したように鼻を鳴らす。手元の書類をめくりながら小さく嘆息してきた。<br />　それを横目で見ながらニコライは煙草に火をつける。<br />「うちらと関わり合いがある中国の製薬会社ってあそこだけですし」<br />　その問いに頷いてくると彼は書類を机の上に置いた。<br />「今回の件を口実に連中を国内から追い出すのが目的だ。まあ実際は利権をうちらだけで独占するとかのもあるんだろうが、そこらはとりあえず置いとけ。俺たちはスーハイハンとそれに癒着してる連中を追い出さなければならない」<br />「スーハイハンと組んで仕事してるのは確か……あれですよ。生物科学研究所の連中」<br />「そうだな」<br />「こないだ連中から依頼された仕事やったばっかりですよ」<br />「だからお前のところに連絡したんだ。関係あるかもしれん」<br />「……てことは連続殺人とも？」<br />「ああ」<br />　ムサエフはそう頷くと葉巻を手に取った。それをくわえて火をつける。彼を見ながらニコライはあからさまに顔をしかめてみせた。<br />「……てことはまた組むんですね」<br />「嫌か？」<br />「ええ嫌ですね。K8と組んで良い思いをした事がないんで」<br />「酷いな」<br />　そういって苦笑いをするとムサエフは煙を吐いた。<br />　<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />　ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />　005<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />　電話の音がなる。<br />『ストイチコフだ』<br />『着いたか？』<br />　たどたどしいロシア語。<br />『ああ。そっちは？』<br />『定位置にいる』<br />『今から証拠を配置する。手順通りで問題ないんだな？』<br />『手順通りならな。FSBの発表は六時間後、午前八時だ。それまでに終わらせろ』<br />『そっちこそ時間通りに女を連れてこい。でなきゃ俺たちお先真っ暗だぜ』<br />『了解。うまくやるよ』<br />『女はいるのか？』<br />『間違いないさ。そっちこそしくじんなよ』<br />　その会話を最後に懐に入っている機械のスイッチを切る。アレシェンカは舌打ちすると数メートル先に停車している車に目をやった。<br />　手を左目の眼球にあてる。その瞬間片方の目の視界がサーモグラフィに変化し、周囲の温度を色彩で示してくる。<br />　歩を進める。<br />　三人の男が車から出てきて、それぞれ黒いスーツケースを持っている。あの中に彼らのいう"証拠"がはいっているのだろう。<br />　さらに彼らに近づくと目を細める。サーモグラフィから暗視に視界を切り替え、彼らの顔を補足する。東洋人の顔、流れからして中国人に間違いないだろう。<br />　三人のうちひとりが瓦礫の建物に近づき、鞄を地面に置いた。合図を後ろの二人に送るタイミングでアレシェンカは静かに移動した。<br />　振り返った一人がこちらの姿を見てぎょっとするように目を見開いた。それをあおるようにアレシェンカは笑みを浮かべて、<br />「ニーハオ」<br />　中国語で挨拶した。もっとも彼らは彼らなりの発音があるのだろうが、アレシェンカが知っている中国語はこれだけなのでなんとも言えない。<br />　後ろにいた二人がこちらを振り返る。驚いた表情がすぐに殺伐としたものに変わり、殺気立った空気があたりに張りつめる。二人が後ろ越しに手をやると同時に一番違い場所にいた一人がアレシェンカに詰め寄ってきた。<br />「誰だお前」<br />　やや訛りのあるロシア語。その科白が終わるか終わらないかのうちに相手の右拳が握られ、こちらとの間合いがつめられる。闘い慣れている武道家の動きだった。<br />（カンフーかな）<br />　アレシェンカからみて左斜めからまっすぐ放たれた拳をすこし後ずさるだけの動きで躱す。続けて放たれた左手の肘での打撃を左手を伸ばして受け止めるとそのまま受け流すように左半身から男の間合いに踏み込んだ。そして空いている右手を相手の腹にあてる。<br />　空気が爆発するような音とともに相手が吹っ飛ぶ。そのまま空中で回転しながらうしろの瓦礫に突っ込んでいき、そのままうずくまってしまう。<br />　人体急所の肝臓を貫くように突いた渾身の一撃だ。しばらく動けないだろう。<br />　それをみて中国人の一人が呟くように言う。<br />「お前、スペツナズか？」<br />　その言葉に思わず目を細める。調査済みなのかそれとも相手がベテランなのか。アレシェンカは質問には答えずに右手を太ももに巻き付けてあるナイフケースにやり、一本ナイフを取り出した。<br />　彼らが地面においたスーツケースに目をやりながらアレシェンカは左手もナイフを取り出し、両手にそれぞれ一本ずつ握った。<br />　数メートル先のスーツケースには小さなFSBのマークが見えた。<br />「ひとつ……答えてほしいんだけどな」<br />　こちらの言葉に二人が目配せする。そのあとのアクションには構わずに続けた。<br />「君たち……FSB？　中国当局？」<br />「なんでもいい。失せろ」<br />　片方がカタコトのロシア語でそういうと、こちらの質問を無視して二人が同時に飛びかかってくる。<br />　小さく息をつくとアレシェンカは右からきた拳を身体を低くして躱し、左側から飛びかかってきた男が突き上げてきた拳をナイフの柄で受け止めた。<br />　そのまま上半身を下にさげ、足を後ろから振り上げて前屈みになっていた相手の顔を蹴りつける。続けて右手を握ってナイフを握ったままその下顎を打ち付ける。<br />　相手が後ずさったのを尻目にもう一人の武器を持った手を斬りつける。暗闇の中で鮮血が弾けて相手がよろめく。そこに続けてアレシェンカは鼻の下を思い切り殴りつけた。後ろに倒れるのを見送る間もなくスーツケースに走りよる。<br />　それを開く。目に入ってきたものをみて小さく呟く。<br />「中国警察」<br />　そこには予想できない中国警察のものが入っていた。ロゴの入った拳銃、制服の切れ端、曲がった弾丸といった物の隅に起爆装置。他のスーツケースも恐らく類似品が入っているのだろう。<br />　手の届くところにあったスーツケースを手に取って開くとやはり同じような物だった。中国警察にロシア国内で起きたテロの罪を着せるつもりで中国人の部隊が作業している。しかしFSBに中国人がいる事は聞いた事もない。<br />　どういうことだろうか。<br />　頭の中で回る不可思議な情報と状況に半ば混乱しながらスーツケースを閉じると、それらを手早く回収する。事がどういった収束されるのかがわからないためとりあえずニコライに尋ねてみる必要がある。<br />　アレシェンカがそれらを持って立ち上がろうとしたときだった。<br />「畜生、ふざけやがって」<br />　鼻から血を滴らせながら一人が起き上がった。さすがに騒ぎを大きくするつもりはないようでその声はこちらがようやく聞き取れる程度だ。そこに彼の瑣末なプロ意識を感じながら、アレシェンカは後ろを振り返った。<br />「……まだ意識あったんだね」<br />　そこで眼前に突きつけられたのはサイレンサーが取り付けられた拳銃。その銃口がこちらを向く。<br />　だが、響いたのはサイレンサーの緩い音ではなく鈍い打撃音だった。と同時に男が気を失って卒倒する。<br />「減点1」<br />　それを訝しがる間もなくアレシェンカの頭上から面白がるような声がかけられる。そちらをみやると瓦礫の上にダニーが座り込んでいた。<br />「……なにやってんの」<br />「女の子の一人歩きは危険かなって。気遣ってやったんだぜ」<br />　迷惑そうにするこちらとは反対に、ダニーはなんのこともないように元アパートだった瓦礫の山から飛び降りてきた。あたりを見回したあと、地面に転がっているスーツケースに目をとめる。<br />「ふむ」<br />「ダニー……あんた罪着せられるかもよ」<br />「それさっき聞いてた。んなこったろうかと思ってたんだ」<br />　彼はそういって黒い革手袋をはめると、中身を確認せずに横になっていたスーツケースを持ち上げた。大して重くもないようで三つとも抱え上げてみせる。<br />「大使館に持ってくよ。FSB経由しないとまずい？」<br />　その問いにしばらく間を置いてからアレシェンカは答えた。<br />「直接持ってったほうがいいと思う。うちのひと中身差し替えたりするから」<br />「了解。で、これからどーすんだ？」<br />　スーツケースを両手に抱えながらダニーが尋ねてくる。コートについた埃を払いながらアレシェンカは立ち上がった。<br />「フランカの仮のアドレスに行く。連中を捕まえる」<br />「俺は？」<br />「手伝ってくれると……とても助かる」<br />　短くつたえるとスーツケースを一つ手に取る。<br />「むしろ手伝ってくれないとこれあげない」<br />「証拠だぜそれ」<br />「うん」<br />「……強制ってことかよ。ひでえな」<br />　大して酷いと思っているわけでもなさそうにそういうとダニーは小さく笑ってきた。それに返事せずに軽くあごをひいてみせると、彼は呆れたように肩をすくめて歩き出した。<br />　その背中を追いながら声をかける。深夜なのでなるべく小声で。<br />「ちょっと、どこいくの」<br />「車。俺車で来てんだよ」<br />「あれ……あたし壊したヤツ？」<br />「あんなんでモスクワ走れるかよ。ありゃ廃車だ。乗ってきたのは俺の私物」<br />　やや苛立ちがこもっているような口調でそういうと、彼は早足で歩き出した。先行していくその背中を見ながらアレシェンカは小さく嘆息して頬をかいた。<br />「……やれやれ」<br /><br /><br />　二人が瓦礫の山がある事件現場からしばらく歩くと、やや離れたところにあるスーパーマーケットの駐車場に一台のスポーツカーが泊めてあった。深夜とだけあって広大な駐車場にはその一台しか車の影はない。<br />　遠くからみても分かる程特徴的なその形に、アレシェンカは思わず眉をひそめた。<br />「……なにあれ」<br />「RXなんとか」<br />「なんだか分からないけど高そう。中国の警察ってそんなもうかるの？」<br />「んなわけないだろ。友達から格安でゆずってもらったんだ」<br />「ああ、中国製……パチモノで有名な」<br />「ちがうっつーに。日本製だよ」<br />　ダニーと歩きながらそんな話をしていると車の影が見えてくる。よくみないとわからない色は濃い青だった。趣味が良いのか悪いのかはわからないが、色が目立つため秘密警察が乗るには不向きな車種ことは間違いない。<br />　歩くにつれて近づいてくる車の中を左目でみてアレシェンカは目を細めた。温度感知が有効になったままだったので車の中に別な人間の温度を察知したのだ。<br />「誰かいる」<br />「は？」<br />　隣で警戒を解いていたらしいダニーがその言葉に反応した。一瞬だけそちらをみてからアレシェンカは空いた手に拳銃を取り出した。<br />「誰か乗せてきた？」<br />「いや、俺ひとり」<br />「そう。あの相棒は？」<br />「あいつはフランカの家を守らせてるよ」<br />　まあ適切な判断だろうな、と口にださずにその答えに小さく安堵する。同時にダニーをつけてきた誰かがいたということに不安を覚える。<br />　彼の行動先を知っている人間。<br />　アレシェンカは拳銃を取り出すとその車に近づいていった。そのこちらを見てダニーが不思議そうに尋ねてくる。<br />「お前拳銃なんて使うのか？」<br />「脅す時だけだね」<br />　足音を消す。静かに車に近づいていく。<br />　隣まできて、二人は動きを止めた。<br />　そっと座席の中を覗き込む。<br />　そして後部座席に目をやった瞬間、そこにかがむように膝を抱えて座っている人物をみて二人は唖然とした。<br />　こちらに気づくとその人物満面の笑顔を浮かべ、手をあげて挨拶してきた。<br />「ヤッホー」<br />　フランカだ。<br />　<br />　返す言葉も無く。<br />　<br />　二人はたっぷりその場で数十秒、停止した。<br />]]>
        
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    <title>Episode 4 : Mag</title>
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    <published>2009-04-19T01:05:55Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　階段を急いであがると家の中に声を投げた。「ただいまー」　弱々しい声を家の中へな...</summary>
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        <name>Sho Ayase</name>
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        <![CDATA[　階段を急いであがると家の中に声を投げた。<br />「ただいまー」<br />　弱々しい声を家の中へなげる。後ろを警戒しながゆっくりと扉をしめると、フランカは再び息をついた。このアパートまでついてくる人間はとりあえず今のところいない。<br />　そもそもなぜ自分がこういった事を警戒しなければならないのかよくわからないが。<br />「おかえりー」<br />　こちらの心配とはまるで無関係な姉・ドーラの緩い声が返ってくる。夕食をつくっているらしく料理の匂いがフランカの鼻孔をついた。<br />　緊張を解きながら中に歩いていく。リビングに入った途端、フランカの動きはとまった。<br />　その場所にいる人間をみて思わず息をとめた。<br />「……げ」<br />　つぶれた蛙のような声を出して<br />「おじゃましてます」<br />　そこにはスプーンを銜えた金髪の少女がちゃっかりテーブルに着いていた。彼女の前には紅茶のはいったマグカップがおいてあり、その隣には小皿にもられたジャムが置いてある。アレシェンカはそれをスプーンですくって口にいれたところだった。<br />　それを指差してフランカは声を失った。<br />「あ、あんた……」<br />「マグカップ？　おねーさんが貸してくれたよ」<br />　彼女が話す度に口にくわえたスプーンがぴこぴこと動く。それを耳にした姉が隣から口をはさんできた。<br />「うん。フランカのじゃないよー」<br />　その科白に対してアレシェンカはにっと笑うと、<br />「だって。いいよね？」<br />「そうじゃないわよ！　なんでここにいるのよ！」<br />「え……だってあたし君のボディガードだし。ずっと傍にいるのは当たり前だよ」<br />「嫌よ！　とっとと帰りなよ！　もうあんなのに巻き込まれるの御免なの！」<br />「あたしのせいじゃないよあれ」<br />「あんたが疫病神なんでしょ！」<br />「なにそれ……ずいぶんな言い方だね」<br />「おちつきなさいってフランカ」<br />「姉さんは落ち着きすぎなの！」<br />　となりから言ってきた姉に鞄を半ば投げつけるように押し付けるとフランカは二人に踵を返して部屋に戻ろうとした。と、突然部屋に通じる廊下の扉が開いて一人の男が顔を出してきた。<br />「やー、シャワーありがとです。助かりましたー」<br />「……」<br />　フランカは突然眼前に現れたその男を半眼で見やった。身構えながら数歩後ずさる。<br />　彼はこちらに気付くとにこやかな笑顔で言ってきた。<br />「フランカ、さっきは悪かったな。おじゃましてるぜ」<br />　しばしの沈黙。その顔をまじまじと見つめる。<br />「あんた、さっきの人じゃない？」<br />「おう」<br />　先程自分にナイフを突きつけた時とはまったく正反対の、悪意の全くない笑みをうかべる相手を無視してフランカは後ろの二人を振り返った。こちらを見てくる二人にむかって苛立ちを抑えながら半ばうわずった声で言った。<br />「どういうこと？」<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />　ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />　004<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />　アレシェンカが知っている事は、ある程度刷り込まれたものである。それはアレシェンカ自身も把握していたし、それを話す事に後ろめたさが全くなかったかといえば嘘になる。<br />　だが今回は場合が場合なので、殺人事件に関する情報は操作されていないことを願いながら説明を重ねた。間違った情報で間違った手筈を踏めば自分は助かったとしても身近な人間の首が生々しい意味で吹っ飛ぶことになる。<br />　とりあえずこちらが一通り説明を終える。フランカはそれを信じてくれたようだった。<br />「嘘でしょ」<br />　唖然としながら彼女が発した第一声はそれだった。<br />「なんであたしそっくり忘れてるの？」<br />「諸々含めて政府の陰謀だろ」<br />　濡れた頭をタオルでふきながらその若い中国人ーーダニーと名乗ったーーは不自然な程に流暢なロシア語で言ってくる。そちらをじろりと睨んで彼を黙り込ませるとアレシェンカは続けた。<br />「ご家族の承認ももらってるの。どちらかというとバレエの件が重なったからこの処置を取ったって感じかな」<br />「バレエの件？」<br />「殺人鬼に襲われる可能性があるなら、うちの施設にことが収まるまでいてもらったほうが安心なわけ。でもバレエの件がはいって、まあそこはうちの都合なんだけどこれ以上被害者は出したくなくって。君を治した」<br />「バレエの件って、そんな大事？」<br />「うーん。あたしは末端だから良く知らないけど上の人が好きみたいなんだ。だからあたしとしてはバレエが大事というより、被害者を救うほうが大事、って感じかな。フランカだって踊りたかったよね？」<br />「それは」<br />「だから身体を治した後、唯一無事が確認できたお姉様に確認をとったの」<br />　そこでアレシェンカが言葉をきると、彼女は身体を寄せてきた。<br />「じゃあ、うちのアパートが爆弾で全壊したってのは……」<br />「本当だよ」<br />「あたしが劇場の帰りに襲われたってのは？」<br />「……それも本当」<br />「姉さんも、本当は大けがなんじゃ」<br />「うん。うちで治させてもらったの」<br />　視線を横にずらしながらフランカが姉を見る。彼女が何にともなくスプーンを口に運びながら頷いた。それに続いてアレシェンカが説明しようと口を開く。<br />「司法取引で、怪我と住居の保証はさせてもらったんだよ。ここもあの後君たちの記憶を元に再現した実在するアパートなんだ。もちろん仮のアドレスは別にとってあるけど、それも」<br />「ざけんじゃないわよ！」<br />　こちらの科白を遮ってそう叫ぶとフランカは大きくテーブルをたたいて立ち上がった。その衝撃でテーブルクロスの上の料理が危なげに揺れ、ぶつかった食器同士が硬質な音を立てる。<br />　それとともに真っ正面からぶつけられた怒気に思わずひるみ、口の中で小さく声をあげた。こちらの彼女は鋭い目つきでこちらを睨みつけてくる。<br />「なんであたしたちがこんな目にあわなきゃなんないのよ！　全部他所様の都合でしょうが！」<br />「それは、それはね、わかってる。だから、いま犯人を探しているんだよ」<br />「落ち着けって」<br />「だいたいあんたはなんなのよ！」<br />　横やりをいれてきたダニー目掛けてフランカの恫喝が飛ぶ。ややひるみながら彼は視線だけでアレシェンカに助けを求めてくるが、彼を助ける義理はないのでそのまま知らんぷりを決め込む。<br />　期待を裏切るこちらの意図を読み取ったのか、どこか落胆したように嘆息すると、ダニーは口を開いた。<br />「事情が複雑なんだよ。殺人事件やっちまってるヤツ、犯人か……は実は俺の友達なんだ。いろいろあっていまの状況になっちまってんだよ。あいつを助けたいからこっちにきたんだ」　<br />「それに協力しろって？　あたし友達殺されてるのよ？」<br />「それは知ってる……別に俺は君に協力しろとはいわないけれど。俺が協力してほしいのは寧ろFSBだし」<br />　目が泳いでいる。フランカに対するダニーの弱気な態度に呆れながらアレシェンカは隣でこれみよがしに大きく嘆息する。<br />　今度はフランカがこちらをみて尋ねてきた。<br />「あの契約書にそんなの書いてないでしょう？」<br />「あー、うん。そうだね……中国人のことあたしはきいてないし」<br />　となりで同じようにたじろいでいるダニーに視線を流しながらアレシェンカは語尾につれて声が小さくなっていくのを感じていた。アレシェンカは自分がこういったプレッシャーに弱いことを知っていたが、今回は今まで経験したことのない圧力が目の前にあった。<br />（若い子って怖い……！）<br />　同い年にも関わらずそんなことを思ってしまう。同い年の同僚が殆どおらず普段から年配のVIPを守る仕事しかしてなかったこともあるが。<br />　こちらのその曖昧な態度がさらにフランカの苛立ちを加速させたようだった。彼女は顔を真っ赤にしながら椅子を蹴飛ばして立ち上がり、そのまま大股で歩きながら自室に引っ込んでしまう。<br />　あとにはスプーンをもったままそちらをみやるドーラと硬直したままのアレシェンカ、ぼんやりとした表情のダニーが残された。<br />　そちらを見ながら、ぽつりと呟く。<br />「先が思いやられるなあ……」<br />　<br />　<br />　＋＋＋＋<br />　<br />　<br />　フランカとドーラが寝静まった後アレシェンカは周囲に警戒しながら外にでた。爆破事件のあった後に変更したここの住所はK13の人間しか知らない。比較的安全な場所だ。<br />「あー」<br />　空を見上げる。今日は夜空が綺麗だった。それなのにも関わらずアレシェンカはいつもの科白を口にした。<br />「死にたい」<br />　今ここが襲われる可能性は低いはずなのだ。ぼんやりと呟きながらそんなことを考える。<br />　そしてダニー。彼から聞いた話をとりあえず信じて、ここまで連れてきた。仲間の女は近くの建物に潜伏させていると言っていたがそもそも何者なのかも聞いていない。<br />　と。<br />「よお。死ぬとか簡単にいうもんじゃねえぞ」<br />　後ろから声をかけられる。振り向くとアパートの階段からダニーが降りてきたところだった。黒いジャケットを羽織り、両手をポケットに突っ込んでいる。夜中だけあって吐く息は白い。<br />「夜中に女の子が出歩くとあぶないぜ」<br />「……あたしは平気」<br />　アレシェンカはそのダニーと名乗った男を見やった。中国人だがロシア語がやけに流暢で、来ている服が黒ずくめである。うさん臭いことこの上ない。<br />　彼を見やりながらアレシェンカは口を開いた。<br />「いくつか……質問させてもらっていい？　答えられないなら答えられないでいいけれど」<br />「ああ」<br />　彼があっさりうなずいてきたので拍子抜けするが、それを顔には出さずにアレシェンカは続けた。<br />「本当は、何者なの？」<br />「怪しいか？」<br />「うん。一応……友達助けるって話だったから連れてきたけどね」<br />「嘘だったらどうするんだよ」<br />「うーん。それならそれで気兼ねなく殺せるから。別に構わない」<br />　笑みを浮かべながらアレシェンカは右目を光らせた。彼の顔が一瞬ひくつく。<br />　二人の間にしばしの沈黙がおちる。しばらくしてからダニーは困ったように眉を寄せ、左手で後ろ頭をかくと懐から小さな手帳を差し出してきた。<br />　怪し気な薬品が付着していないことを確認すると、アレシェンカはそれを受け取って中身をみた。奇妙な文字ばかりでよくわからないが、添えられた写真は確かにダニーの顔であることがとりあえず分かった。<br />　眉をしかめて彼に短く伝える。<br />「……読めない。なにこれ」<br />「中国版FSBだよ」<br />「ダニーってのは……仮名？」<br />「海外で活動するときの名前。ジャッキー・チェンとかジェット・リーと同じだよ」<br />「誰それ？」<br />「映画みないのか？」<br />　その問いには答えずにアレシェンカは小さく肩をすくめるとその手帳をダニーに返した。それを受け取ると彼は大事そうに懐にしまう。<br />　間をおいてからアレシェンカは再び質問を重ねた。<br />「目的は？」<br />「さっき話したじゃんか。こっちで暴れてる友達を助けにきたんだ。新種のヤクで頭がいっちまってて早く助けなきゃ死んじまう」<br />「そんなこといってもこっちもこっちで法律あるし……助けることができてもすぐ終わらないと思うよ？　実際に人も殺しているわけだし」<br />「そこらへんは大使館がなんとかするよ。俺が聞いたときにはもう殺しちまってるみたいだったから、俺は単にヤツにこれ以上人殺しになってほしくないだけさ」<br />　ダニーの目を見る。その言葉は真摯なものを感じ取れたが、その裏でなにか隠しているものがあるように見えた。それを話させる質問が思い浮かばないのでとりあえず今気にかかることを続ける。<br />「その、なんでフランカを襲ったの？」<br />「こっちきたときに会ったお前の課のヤツに教えてもらったんだ。あの子を傷つけるつもりはなかったよ。そいつがその件ならとりあえずアレシェンカに会えって。で、アレシェンカに会うためにはあの子に会えって」<br />　エドゥか。<br />　邪魔がはいったことにあとでぶっ飛ばすことを心に誓ってからアレシェンカは大きく息をついた。<br />「そんで……あたしとどうしたいの？」<br />「一緒にやってくれると助かるんだ。俺とあいつがこっちに派遣されたが俺たちはこっちに土地勘がない。俺たちは友達を捕まえたいし、君は殺人犯からフランカを守りたいわけだから、利害は一致すんだろ？　まあエドゥだっけ？　あいつから君を紹介されたんだけど」<br />「そうねえ……それ本当？」<br />「こんな大事な時に嘘言わねえよ。嘘だと思うならあとでエドゥ？に聞いてみるといいさ」<br />　彼の目をじっと見つめる。それから空に視線を移してアレシェンカは呟いた。<br />「……寒くない？　こっちは」<br />「北京に比べると寒いかな」<br />　時計を見てみる。夜一時。<br />「じゃあ、仲間に話してみる。それで結論出すよ。それでもいい？」<br />「たすかる」<br />　ダニーが口の端をつりあげながら言ってくる。それにたいしてなにも言わずに返すとアレシェンカは踵を返した。<br />　アパートから立ち去っていくこちらの背中にダニーの声がかかってくる。<br />「おい、守らなくていいのか？」<br />「別件」<br />　そちらを向かずにゆっくりとそれだけを発音すると、アレシェンカはと"夜の目的の"場所にむかって歩き出した。<br />　<br />]]>
        
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    <title>Episode 3 : Girl of Dreams</title>
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    <published>2009-04-12T06:21:31Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　暗闇の中で、何かと何かが接続される音が響く。続いて、小さな音。　何かのスイッチ...</summary>
    <author>
        <name>Sho Ayase</name>
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        <category term="Season 1" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[　暗闇の中で、何かと何かが接続される音が響く。続いて、小さな音。<br />　何かのスイッチが入れられたのだろう。瞼の向こう側で白い光が瞬き、アレシェンカの瞳孔を突き刺した。<br />　うっすらと目を開けると、ベッド脇に女性が一人立っていた。背中まである長い赤毛の女性だ。美人だが化粧っ気がない。<br />　こちらの頭に接続されていたヘッドセットを取り上げると、彼女はこちらを見下ろしながらいってきた。<br />「おはようアレシェンカ。気分はどう？」<br />　視界にうつる彼女の顔を見上げながら、アレシェンカは意識を覚醒させた。<br />「まあまあ」<br />「いまがいつかわかる？」<br />　しばらく間をおいてから、上をみたまま西暦と日付を答える。彼女は頷いてこちらに手を差し出してきた。<br />「立てる？」<br />「……頭ががんがんする」<br />「私の名前はわかる？」<br />「エレナ……エレナ・ロマンチェンコ」<br />「そう」<br />「今度は」<br />　相手の手を握って上半身を起こす。肩口から指先まで漆黒に染まった左腕を見つめ、それから左目を指で抑えた。<br />　小さく息をつきながらアレシェンカはつぶやいた。<br />「今度は何を忘れたの？　何をするの？」<br />「いつも通りよ。いまあなた事件の顛末だってわからないでしょう？」<br />「担当するんだったらそういうの……覚えておいたほうがいいとおもうけど」<br />「それは誰の意見？」<br />「知らない。言ってみただけ」<br />「文句があるなら局長にいいなさい」<br />　そういってエレナは机の脇にある棚から白い服を取り出してきた。それをこちらに差し出してくる。<br />　手を伸ばしてそれを受け取ると頭からかぶるように体を通し、アレシェンカは立ち上がった。そして足首ぎりぎりまでうずまるような長さのスカートをみながら、口をへのじにまげて息をつく。<br />「ワンピースは嫌い」<br />「文句いってないで働きなさい」<br />　あきれたようにエレナが椅子に体重を預けた。<br />　椅子がこすれる音が部屋にわずかに響いた。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />　ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />　003<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />　昼休みの後、午後の練習に戻ったフランカに付き添うために、アレシェンカはスタジオの方に移動した。<br />　バーを使った準備運動の最中だった。ストレッチを行った後、生徒たちが教師の声にあわせてスタジオの真ん中に移動していく。<br />　目の前で行われるレッスンを眺めながらアレシェンカは今回の"目覚め"た時のことを思い出していた。エレナに色々説教された気がする。あまり覚えていない。<br />　眼前では片足でバランスをとりながらアラベスクのあとグランジュデ。それらはアレシェンカの知らないものばかりだ。一歩間違えば骨や筋肉、アキレス腱を痛めつけそうなポーズを生徒たちは軽々とこなしていく。どこか懐かしい松ヤニの匂いが室内に立ちこめ、彼女達が動く度に汗が飛び散る。<br />　その中でもフランカの動きは目立っていた。体格は中の中ぐらいだが動きが軽々としていて、力強い。均整の整った手足が完璧な曲線を描くたびに思わずみとれてしまいそうになる。<br />　彼女に羨望の念を抱かないわけでもない。自分も彼女と年齢は変わらないのだ。もしかしたらハイスクールに普通通り通って、こうして何かをやっていたかもしれない。<br />　どこか沈んでいく気持ちに見切りを付けながら、アレシェンカは小さく息をついた。<br />「羨ましいのか？」<br />　後ろから声をかけられる。エドアルドだ。<br />　彼のほうを視線だけで振り向くと、小さく口の端をつり上げるようにして笑ってみせる。<br />「すこしね」<br />「まざってみたら？　アリーならできるよ」<br />「こんな全身能力強化したダンサーがいたら苦情くるよ」<br />「ははは、そうだね」<br />　彼が軽く笑ってみせてくる。黒い服の二人がスタジオにいると、どことなく違和感がある。隣には練習を見に来たらしい母親達が何人か立っていた。<br />　&lt;白鳥&gt;の音楽が流れ始める。ステップ。<br />　アレシェンカはフランカをじっと見た。見れば見るほど、彼女が遠い世界の人間だという事実が迫ってくるようだった。<br /><br /><br />　書類の整理があるからといってエドアルドは先に帰っていった。本当かどうか疑わしかったが彼がいたところでどうにかなるわけでもないので、一応そのままいかせてやる。しばらくしてから午後の練習が終わったフランカがこちらにやってきた。<br />「おまたせ。ごめんね」<br />　その目は笑っていない。表情は普通だが明らかに不機嫌そうだ、アレシェンカは思った。かといってこちらからどうすることもできないのだけど。<br />「お疲れさまです」<br />　タオルを彼女に手渡す。それを受け取りながらフランカは顔をしかめてきた。<br />「あんた、いくつ？」<br />「……二十歳です」<br />　こちらの答えにフランカは疑わしげに目を細めてきた。<br />「本当は？」<br />「十六……」<br />　仕方ないので正直に答える。自分の表情にでる嘘をついたときの僅かな変化。<br />「今度は嘘はついてないのね。同い年じゃん。なんで敬語なの？」<br />　荷物をまとめながらフランカが尋ねてくる。その問いかけは酷く淡々とした声音。妙な背中を撫でられるような悪寒を感じながら応えた。<br />「一応ボディーガードという関係ですし」<br />「普通にしゃべってよ。話しにくいから」<br />「ん……了解です。でも、うちの人間がいる場では敬語で話します」<br />「はいはい」<br />　つんつんした態度だ、と思った。いきなり嫌われただろうかと不安になるが、嫌われたところでこちらは彼女を守らなければならない事に変更はない。24時間くっつく以上対象のことはある程度好きにならなければならないと思う。<br />　荷物を肩に背負ったフランカが歩いていく後ろにアレシェンカはついた。黙ってとことこと歩いていく。踵がリノリウムの床を叩く音が廊下にひびいた。<br />　廊下はそれほど広いわけではないが、壁際には歴代の有名なバレエダンサーの写真が飾ってあった。エリザヴェータ・ゲルト、マイヤ・プリセツカヤ、と名前が書いてあったがアレシェンカはよく知らない。自分が浮世離れしすぎているのだろうか。<br />　と、しばらく廊下を歩いたところで不意にフランカが振り向いてきた。<br />「ねえ」<br />「ん」<br />　視線を戻して聞き返すと、半眼でこちらをみてくるフランカの顔があった。身長はアレシェンカの方が高いので見上げられる形になる。<br />　表情を浮かべずに目を細め、フランカは言ってきた。<br />「きまずい」<br />　確かに、と納得しながらどこか理不尽な言葉に黙り込んでしまう。廊下で知らない女性にすぐ後ろをだまってついてこられたら確かに気まずいかもしれない。<br />　アレシェンカは頭をかくと、フランカから目をそらして廊下の壁にある写真に目をやった。<br />「そんなこといわれても……」<br />　語尾が小さくなっていく。割り切って接することができるのならそれはそれで楽なのだが、今回は相手が悪かった。接し方に関しては特に制限されているわけでもないからアレシェンカからすれば微妙に困る。<br />　戸惑いを隠さずに顔に出すと、困っていることが相手にわかるように伝える。<br />「仕事なわけだし……後ろつくのはあたりまえ……」<br />「だったらなんか話してよ」<br />「なにかって……どんな話がいい？」<br />「そうねー。なんでもいいよ」<br />「なんでも……」<br />　逆に困ってしまう。アレシェンカは流行に詳しいわけではないのだ。服の事やブッフェのことだろうか。駄目だ。思いつかない。<br />　再び前を向いて歩き出したフランカの後ろを歩きながら、アレシェンカは頭をかいた。<br />「そういわれると困る……かなあ」<br />「どうして？」<br />「んーと……こういう会話が、すごくひさしぶりだから」<br />「なによそれ」<br />「あたりまえの、とか、そんなかんじ」<br />「そう」<br />　素っ気ない返事を返してくると、フランカは早足で歩いていった。その後ろを着いていきながらアレシェンカは鼻をすすった。何を話そうか考えたがなにも思い浮かばない。そもそも同年代の子と会話する機会等、いままで自分には与えられてこなかったのだ。<br />　彼女は更衣室の前までやってくるとドアを開けた。それからこちらを見てくると、<br />「ねえ、この中までついてくるの？」<br />　と、尋ねてくる。その表情と態度にあからさまな嫌悪が含まれていたので、アレシェンカは心の中でため息をつきながら顔で笑ってみせた。<br />「いや、廊下でまってます」<br />「……敬語やめろっていってんのに」<br />　苛立ちを隠さない声でそう呟きながら半眼でこちらを睨みつけてくると、フランカは更衣室の中に入る。続けてドアが音を立ててしめられた。<br />　その音にすら苛立ちがこもっているように感じられたので思わず身を引いてしまう。<br />「やれやれ……」<br />　廊下の壁に背中を預けると、アレシェンカは天井に向かって呟いた。<br />「だいぶ、こう……聞いていたのとちがうなあ」<br /><br /><br />　＋＋＋＋<br /><br /><br />（なにあの子）<br />　素早く着替えを終えたフランカは更衣室の窓から外に出ると、学校の庭を出口に向かって歩いていった。こうでもしなければあの少女はこちらをずっとつけてくるに違いない。<br />　黒いコート、黒い帽子。歳は十六。<br />　あまりに不思議だった。<br />　そもそも自分とそれほど歳が変わらない女の子がボディガードにつけられるなんて。馬鹿にするにも程がある。もちろん屈強な大男だったりしたら二十四時間歩くのも厳しい訳であるが。<br />　フランカはそのまま校門をくぐると通りを大股で歩いていった。珍しく晴れの陽気だけあって市街地はそれなりににぎわっている。こちらの横を通る人を傍目に眺めながら、ふとフランカは頭を抑えた。<br />　どうというわけでもない。なにかが脳裏をよぎる。<br />　頭が痛む。<br /><br />　通りをそのまままっすぐ歩いて家に向かう。<br />　いつも通りの感覚だった。快晴のしたのアルバート通りは相変わらず観光客や市民でにぎわっている。そしてそのままいつも通り地下鉄に乗ろうとして駅の入り口に向かう。<br />　階段に足をつけたそのとき、手にひんやりしたものを当てられた。<br />「え？」<br />　口元を思わずひくつかせる。ぱっと後ろを見ると黒い革手袋がフランカの手首を握っていた。<br />　力をいれて地下鉄とは反対方向に引っ張られる。かなり後ろに引きずられたような感覚がしたが、実際は1メートル弱だった。その手の主はこちらの耳元に口を寄せてくるとささやく様に伝えてきた。<br />「黙れ」<br />　静かな恫喝が耳朶を打つ。腹腔の底から冷え込むような感覚がフランカを襲う。<br />　それはどこか東方訛りのあるロシア語だった。声の質から相手は若い男のようだったが帽子を目深に被っているので人相はよくわからない。次の思考にはいる間もなくこちらの下腹に小さなナイフがあてられていた。逃げ出せない。<br />　これがぐさっとなったら痛いだろうなあ。と心のどこかで考えながら背筋を這い上がる悪寒を抑え、相手に分かるように必死に頷く。このまま殺されては敵わない。<br />　こちらの反応を確認すると、相手は空いたほうの腕でフランカの身体を抱きかかえ、そのまま地下鉄駅から離れた方へ歩を進めた。半ば強制的に相手についていくと人通りが少なくなってくる。やがて人通りが少なくなったところでこちらの腕に手錠をかけてきた。<br />　革手袋の感触が鉄のひんやりしたものへ変わる。それがますますこちらの緊張を助長した。<br />　校長と警察の人間が言っていた言葉が脳裏をよぎる。そしてどうしようもなく迫ってくる現実がフランカを襲った。悲鳴をあげたいがそれもできない。<br />　しばらく歩いた路地裏に、黒い車が一台止まっていた。隣の男は慎重にその車に近づき後部座席の窓をたたいた。<br />　窓が開いて東洋人の女が顔を出す。こちらも同様の黒い男物のスーツに身体を包んでいたが、帽子を被っておらず頭髪は長い黒髪だ。<br />　彼らはフランカの分からない言葉でなにやらやりとりする。そしてそのまま車の後部座席のドアが開く。<br />「乗りなよ」<br />　こちらの後ろにいつのまにか移動した先程の黒い服の男がこちらの背中を押してくる。ただぼんやり突っ立っていたフランカはバランスを崩して車の中に倒れ込む。とりあえず抗議だけでもしてやろうと顔をあげた瞬間、車体を轟音と振動が襲った。<br />　前の座席に座っている女がなにやら叫んでくる。みるとフロントガラスに大きくヒビが入っていた。車のボンネットに何かがぶつけられたのだ。<br />　さらに飛来するその物体は、巨大なドラム缶だった。<br />「……ちっ」<br />　懐から拳銃を取り出し、フランカの後ろにいた男がそれを飛来物に向ける。が、女がふたたびこちらに理解できない言葉でそれを静止した。中身が可燃性のものであることを危惧したのだろうか。<br />　次の瞬間乱暴に背中を蹴り上げられ、フランカの身体が車の中に押し込まれる。シートの中に倒れ込みながら外をみると、男が横からなにやら衝撃をうけて突き飛ばされていた。もんどりうって相手が倒れたところに見知った顔が現れる。<br />「大丈夫？　怪我ない？」<br />「…………」<br />　アレシェンカ。<br />「すぐ終わる。待ってて」<br />　そういうと彼女はこちらの腕を掴んで車の中からひっぱりだすと、左手で器用にこちらの腕にかかっている手錠の鎖を断ち切ってききた。車と反対側の壁に背中をつくこちらを尻目に、アレシェンカは車の運転席の窓に左手を突っ込んだ。どんな力量で押しやられたのか、簡単に割れないはずの車のガラスがあっさり砕け、次の瞬間には席に座っていた女のシャツをアレシェンカの腕ががっしりと掴む。<br />　その腕には破片は刺さっておらず、それどころか痛めている様子もない。<br />「あなた、何？」<br />「お前こそなんなんだよ！」<br />　叫んできたのは隣の男だった。のど元を抑えながらよろめいて立ち上がってくる。<br />　そちらを見ながらアレシェンカは目を細めるのがフランカに見えた。<br />「こっちの科白。連続殺人犯は君？」<br />「ちげーよ！　あとそいつロシア語しゃべれないんだ。離してやってくれよ」<br />「……」<br />「話しようぜ。別にその子に危害加えようと思ってたわけじゃないんだ」<br />　ナイフ押し付けて脅迫しておきながらなにをいうか、と思ったがあえてなにも言わないでおく。見るとその男はかなり息を切らしていた。<br />　呼吸を整えつつ彼が立ち上がる。警戒に背中を強ばらせながらフランカはアレシェンカに視線を移した。映画でしか見ないような眼前の光景に喉を鳴らす。<br />　しばらくしてから、アレシェンカが手の力を抜いた。相手の女が力なくへたりこむのを見てから彼女は小さく肩をすくめてみせてきた。<br />　どこかあきらめたようなその仕草にフランカの不安が増し、疑問符が頭の上で踊りまわった。そんなこちらに反して相手の男が安堵したように笑った。<br />「それじゃ……」<br />　そのあとの科白は聞こえなかった。<br />　フランカは三人に踵を返すと、一目散に地下鉄駅にむけて走り出した。<br />　それが何のための反応だったかはよくわかっていない。<br />　説明するなら、なんとなく。だろう。<br />「フランカ！」<br />　後ろからアレシェンカの叫ぶ声が聞こえてくるが振り返らず返事もしない。<br />　ただその場から逃げ出したくて足を前に運ぶ。人ごみをかき分けて地下鉄駅の階段を一気に下り、そのままの勢いで丁度停車していた電車にのりこみながら、息をゆっくりと吐いた。口の中で悪態をつくと同時に頭を抱えてしゃがみ込む。<br />（なんで？）<br />　理解できない事情が自分の身の回りを錯綜していて自分を混乱させる。周囲に悟られないように息を整えると電車の扉に背中を預けた。<br />　自分の隣に一緒に乗ってきたと思しき大きな犬がいたが、今は構っていられない。ただ電車の揺れに身を任せながら、フランカは泣き出したくなるのを必死にこらえた。<br />　家につくまで、妙な緊張感が身体にまとわりついてはなれなかった。<br /><br />]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>Episode 2 : Guard Friend</title>
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    <published>2009-03-29T13:48:29Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　 　 　目をあける。瞼が重い。 　思考はぐるぐると回る。ただ、その中で誰かの声...</summary>
    <author>
        <name>Sho Ayase</name>
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    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://srockstyle.com/dancingundertherain/">
        <![CDATA[<p>　<br />
　<br />
　目をあける。瞼が重い。<br />
　思考はぐるぐると回る。ただ、その中で誰かの声が響いている。<br />
　自分と同じ部屋の中で声が聞こえる。<br />
（それじゃ、本当にいいの？）<br />
（ええ。この子が元通りになるなら）<br />
（といっても定期検診は必要だよ。まあ今回のケースは治療費用は国が負担してくれることになるけどね）<br />
（そうね）<br />
（じゃあ、アリー、本当に間違いないか？　彼女は良いって言ってたのか？）<br />
（……思考を読んだのをそのまま伝えただけだもの）<br />
（そうか。それでははじめるとするか）<br />
　<br />
　そこで終わる。途切れる夢。混濁する意識。<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />
　「こまったときにやる事は三つ。現状把握。原因の反省。今後の対策」<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　　</p>

<p>　ベッドの脇に置いてある目覚まし時計が朝を知らせた。それに手を伸ばしてアラートをとめ、目をあける。<br />
　今日はハイスクールはお休み。バレエ学校直行の日。<br />
「うげ！」<br />
　毛布を掴んで跳ね起きる。目覚まし時計をみると気づけばアラートが鳴り始めてから三十分が経過していた。<br />
「遅刻だぁあああああっ！」<br />
　思わず叫ぶ。<br />
　<br />
　慌ててベッドから飛び起き、部屋を飛び出る。そこでは姉が朝食の準備をしていた。<br />
「おはよう」<br />
　のんびりした声で伝えてくる彼女をみて、フランカは焦りながら伝えた。<br />
「姉さん！　あたしの服は！　鞄は！」<br />
「鞄は玄関。服はこれ」<br />
「ありがとう！　パン！　パン頂戴！」<br />
「そこにのってるよ」<br />
　テーブルの上にある籠から黒パンを一つ掴むと口にくわえ、服を着替える。鞄をひっつかむと家の中へ叫んだ。<br />
「いってきます！」<br />
「いってらっしゃあい」<br />
　間延びした姉の声をそのまま受け取り、フランカは部屋を飛び出した。<br />
　<br />
　＋＋＋＋<br />
　<br />
　時間にわずかに遅れたものの、それを責める人間はスタジオにはいなかった。それどころかみんなは着替えが終わったフランカが現れるや、一気に集まってきた。<br />
「フランカ！　大丈夫？　足が吹き飛んだって聞いたけれど……！」<br />
「無事だったの？　まだ他の人たちは病院に……」<br />
　目をぱちくりさせると、フランカは口々に自分を心配するクラスメイトをみた。<br />
「え、無事って？」<br />
　クラスメイトの一人がフランカの手を握っていってくる。<br />
「アパートよ！　あなた、巻き込まれてそのあと行方不明ってきいて……ラーサが死んだ時貴方も一緒に巻き込まれたってきいて……そんでみんなで心配してたんだから！」<br />
　そういわれるとクラスにいる人数がいつもより少ない気がする。知った顔も何人か来ていない。<br />
「爆破事件……？」<br />
　ああ、先日確かそんなこともあった気がする。が、フランカがそれを知ったのは先ほど姉が広げていた新聞記事を脇から少しみたからだ。それなら自分のことを心配してくれているのもわかる。<br />
　しかし。<br />
「足ってなに……あたしは無事。失礼ね」<br />
「ほ、ホントだ。よかった……」<br />
「よかったよう。みんな心配してたんだから！」<br />
　なにやら悲壮感あふれる視線をうけばつの悪い思いをしながら抱えている荷物をスタジオの脇におろすと、教師が近寄ってきた。<br />
　顔をあげて彼をみる。<br />
「なにかあったんですか？」<br />
「まあな」<br />
　彼は神妙な表情を浮かべてささやくように言ってきた。<br />
「あとでいいか？」<br />
「いいですよ。ご飯おごってくれるんですか？」<br />
　もう長い付き合いでこの教師にはこうした冗談めいたことも言える。すると彼は軽く笑いながら手を振り<br />
「残念ながら、別件だね。練習後着替えてから校長室に着てくれ」<br />
　とだけ言ってきた。そのときの自分は府の落ちない顔をしていただろう。<br />
　遅刻したことに言及すらせずに彼はこちらにきびすをかえすと、フランカに心配そうな視線をむけていた他のクラスメイトに練習に戻るように促した。<br />
　トゥシューズのひもを結び直し、自分もいつもどおり練習にはいる。<br />
　とりあえず体に特に違和感はない。膝の軋みも、つま先の痛みもなかった。少し前までは炎症を起こしていたアキレス健もなにも感じない。<br />
　違和感がなさすぎて、逆に不思議なくらいに。<br />
　ジャンプしたあとアントルシャ。順調だ。いける。<br />
　<br />
　その順調さの裏にどこか強いられているような感覚が残った。<br />
　それがなにかは、わからないのだけれど。<br />
　フランカの身体のなかに時限爆弾がありそうな。そんな感じ。<br />
　<br />
　＋＋＋＋<br />
　<br />
　レッスンが終わってから着替え、歩いて校長室に行くと既に着替えた教師がいた。今日は珍しくスーツである。その隣に同じくスーツ姿の校長、そしてそこに見慣れない黒いスーツをきた男が一人立っていた。フランカたち生徒は校長室等滅多に入ることはないが、そこには学校にいつも流れる雰囲気とは違う緊張した空気が漂っていた。<br />
　その空気に気圧されるように息をのむフランカに、ぴりっとしたスーツに身を固めている校長が笑いかけてきた。昔バレエ団のプリマだった彼女は今でも<br />
「おつかれさま。フランカ」<br />
「先生、何でしょうか？」<br />
　隣に立っているスーツ姿の男二人が気になる。そちらを盗みみながら教師に向き合った。元はポリジョイ劇場で踊った偉大なダンサーがこうして二人そろうと、教えてもらっている側として身が引き締まる思いになる。<br />
　二人とも現役を退いて数十年は経過しているにもかかわらず姿勢はぴんとしていて、身のこなしはまるで若者の様だった。そんな雰囲気のせいかどこか迫力がある。<br />
　肩身が狭い思いをしているフランカを尻目に彼が切り出してきた。<br />
「来月『白鳥』の秋公演があるのは知ってるな」<br />
「ええ」<br />
　胸が高鳴る。<br />
「黒鳥の役、やれるか？」<br />
「マジですか！　よろこんでっ！」<br />
「ずいぶん驚くな」<br />
　驚きに目を見張るフランカに対して彼は笑ってみせる。しかししばらく間をおくと笑いを消して目を伏せた。それがどこか悲し気にみえたのは気のせいだろうか。<br />
　舞台というのはポリジョイ劇場で行われる秋の公演のことだ。新人のバレリーナがデビューする夏休み明けの公演で、各学校から最も優秀な生徒が役に選ばれることになっている。ここ数年はフランカが所属しているバレエ学校から主役級を選ぶことが多かった。<br />
　生徒からすればバレエ団の団員に選ばれることは名誉なことで、さらにバレエ学校で一日を過ごして練習している生徒もいる中で、普段ハイスクールと掛け持ちしながらバレエをやっている生徒が選ばれるということはよほど稀な事だった。フランカからすれば驚くなというのは無理なものだ。<br />
　教師の科白を継ぐように隣から校長が口をはさんできた。その顔に僅かに落ちる陰鬱な雰囲気をフランカは訝しんだ。<br />
「フランカ、あなたも感じているでしょうけど、今回はは少し事情が違うの」<br />
「……というと……」<br />
　科白の後を教師が続けてきた。<br />
「今世間で起こっているダンサー連続殺人事件は知ってるね？」<br />
　それだけで言いたい事は伝わってきた。息をのむ。<br />
「それは……役に選ばれたら殺されるかもしれない、ということですか？」<br />
「そこまで単純ではないだろうけれど、主役級である以上名前が公表される。もしかしたら公開後の数日間か、ひょっとしたら数年、命を狙われるかもしれないというのが不安なんだ」<br />
　教師が返してくる。実感がいまいちわかないが、どうも自分の身が危ないらしいということは理解できた。思わず足下に視線を落とす。<br />
　数秒間を置いてから校長が口を開いてきた。<br />
「フランカ、まずあなたに誤解をしないでほしいのが、学校から送り出すプリマは常にトップの人間を選出することになってるわ。今回あなたが選ばれたのは身代わりのためでもなんでもなく、今度デビューする子の中では本当にあなたが優秀だからということ。それはわかってね。次に中止にする予定もないし、うちに権利もない。誰かに出てもらうことは必ず必要なの」<br />
　つづけて教師が言ってくる。<br />
「最近、君の身体能力の向上は著しい。もともと技術力や表現力はあったし、努力の成果だというのは僕らも分かってるから安心してくれ」<br />
「はい」<br />
　うつむいたまま声を絞り出すようにして返す。相手の気に障るかもしれなかった。が、それを気にする余裕はフランカにはない。<br />
　それを慮ってか知れないが、校長はそのまま続けてきた。<br />
「こちらとしては名前が公表されるバレリーナ、つまりあなたの安全を最優先することになるのよ。撤退するわけにも辞めてちょうだいともいえないしね。そこでこれから一ヶ月、専属のガードをつけることになるわ」<br />
「ガード？」<br />
「そう、ボディガード。警察も解決にむけて協力することで、貴方の身を全力で守ってくれるの」<br />
「えっと……ひと、ですよね？」<br />
「ああ。そうだ」<br />
　苦笑しながら教師がそういう。そちらを見ながらフランカは喉を鳴らした<br />
「あたしは……やりたいです。でも、いまかなり怖いんですが……」<br />
「わかってるわ。だからプロに守ってもらうのよ」<br />
　そこで校長はとなりにいたスーツ姿の男に目をやった。彼がそれに頷くとフランカの方を見て会釈してくる。<br />
「はじめまして。スクーレンスカヤさん。私はFSBで今回の事件を担当することになったエドアルド・バーシニコフといいます。うちの担当官が一人、期間中護衛に着かせていただきます」<br />
「はあ……どうも」<br />
　どうしたらよいか分からないといった顔をしていただろう。ぼんやりと彼を見上げると、その男は愛想のよい笑みを浮かべてきた。黒髪黒目で、また黒斑眼鏡をかけている。いかにも真面目そうな風貌だ。<br />
「ここに契約書があります。学校、ご親族のサインはいただいておりますので、あとはご本人様のサインのみとなります」<br />
「あれ、でも二十四時間つくということは……」<br />
　思わず呟く。フォローするように校長が隣から口をはさんできた。<br />
「仕方なかったのよ。どのみち」<br />
　そこまで言って口をつぐむ。言って良い物かどうか迷う様に視線をそらす。<br />
　バーシニコフがそちらを見て、手を振った。するとフランカの後ろでノブが回る音がしてドアが開く。<br />
　振り向くと、黒いベレー帽に黒コートを着たブロンドの少女が立っていた。<br />
「あ」<br />
　あごが外れたように口を開く。相手はにこりと笑うとかるく会釈してきた。<br />
「こんにちは。はじめまして」<br />
　ぽかんとしているこちらを尻目に、横からバーシニコフが紹介してきた。<br />
「今回ボディガードを勤めさせていただきます。アレシェンカ・クロコウズスカヤです」<br />
「……」<br />
　言葉がうまくでてこない。なんと反応していいものか迷っている間に、バーシニコフの説明は続く。彼はてきぱきと書類をテーブルの上に準備すると、懐からペンを取り出して一緒に置いた。<br />
「彼女が護衛になります。クロコウズスカヤ巡査は若いですが、優秀です。年齢もスクーレンスカヤさんと非常に近いので男性の担当官がつくより、普段の生活に支障はでにくいのではないかと考えてます。規約はこちらになりますので、一通り目を通して、問題ければサインをお願いしてもよろしいですか？」<br />
「あ、は、はい。えっと、校長、ひとつきいて良いですか？」<br />
「なにかしら？」<br />
「これって、ボディガードを断って、舞台に立つという選択肢は……」<br />
　あたふたしながらそう伝えるフランカに向かって校長はかるく笑ってきた。<br />
「怖いのにそれを考える？　それはないわ。安全最優先」<br />
　小さく息をついた。そうだよね、そりゃそっか。<br />
　と、フランカは自分の中で頷くと後ろに立つその少女を見やった。顔も声も以前聞いたもので、その瞬間フランカの中に様々な記憶が戻ってくる。そろえた前髪に黒い左手。奇妙なマークの入ったベレー帽も全て以前見覚えがある。<br />
　周囲がわざと言及しないでいるのか、それともあえてなにも言っていないのかはわからないが、あとで問いつめることに心に決める。<br />
　息をつくと、フランカは否応無しにペンを取った。<br />
（なんとかなるわよね）<br />
　あの憧れの舞台で踊るためなのだから。その僅かな期間の間だけなのだから。</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>Episode 1 : The Hospital</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://srockstyle.com/dancingundertherain/2009/03/episode-1.html" />
    <id>tag:srockstyle.com,2009:/dancingundertherain//6.181</id>

    <published>2009-03-01T16:42:25Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary> 　その男が持っていたナイフはなにか特別なものでできているのか、それとも世の中に...</summary>
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        <name>Sho Ayase</name>
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        <category term="novel" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://srockstyle.com/dancingundertherain/">
        <![CDATA[<p><br />
　その男が持っていたナイフはなにか特別なものでできているのか、それとも世の中に存在するナイフはえてしてそうなのか、刃物といったら料理包丁ぐらいしかしらないフランカだったが、相手が手にしているそれが酷く鋭利で高性能であり、特別なものであることは感じ取れた。<br />
　そのナイフによって切り飛ばされた自分の右足が赤い糸をひきながら目の前に転がる。続けて相手が振りかざしたナイフが右肩を裂き、鳩尾を蹴り上げられた後壁に叩き付けられた。<br />
　声にならない激痛。息が詰まる鈍痛と右足と肩から来る鋭い突き刺すような痛みがフランカを悶絶させた。<br />
　腕があがらない。<br />
　自分の血が地面を流れていくその先では、倒れたラーサに馬乗りになった男がナイフを振りかざした。<br />
　そしてラーサの身体に突き刺す。<br />
　一度目。悲鳴があがった。血しぶきが向かいの壁に飛び散った。<br />
　二度目。漏れた声は後からくぐもった何かに変わる。喉が切り裂かれた。<br />
　血が横に飛び、その飛沫がフランカの顔についた。<br />
　目を見開く。背ける合間はなかった。<br />
　ただ自分が彼女の名前を呼んだ事は覚えている。<br />
　憧れだったプロのバレエダンサー。彼女が眼前でナイフで切り裂かれて死にむかっている。<br />
　もう何度目になるかナイフを突き立てたところでラーサは動かなくなった。<br />
　それが振り上げられる度に赤い液体があたりに飛び散り、惨劇と化していく。<br />
　血が河の様に流れ、手が力なく地面に落ちる。<br />
　<br />
　ラーサ。<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
ダンシング・アンダー・ザ・レイン<br />
　</p>

<p>　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　<br />
　次に目覚めたのは、病院だった。<br />
　白い天井、白い壁。白い掛け布団。<br />
　首を振る。自分はどうやら生きているようだ。<br />
　隣を見ると、そこに立っていた女医がなにやらカルテに書き込んでいた。<br />
「お目覚めですね。気分いかがですか？」<br />
　夢だったらな、とも思う。茫洋と視線を向けていると彼女はこちらの返事を待たずに続けてきた。<br />
「怪我の方は手当てが終わりました」<br />
　素っ気ない口ぶりだった。医療の人間とは思えない口ぶりに相手の顔を凝視してしまう。<br />
　こちらの視線に気づいたのか、カルテから顔をあげるとその女医はフランカの顔を見てきた。不快そうというわけでもないが表情らしい表情がなにも浮かんでないのがどこか不気味だった。<br />
「……なにか？」<br />
「……いえ、なんでもないです……」<br />
「はい。それではしばらく入院していただきます……手続きは近々ご親族の方と一緒にすすめます。それまでは安静になさってください……。説明は後程行います。松葉杖はベッドの脇に設置してありますので歩くのに不自由を感じる様であれば使用してください」<br />
　一方的に説明を行うと女医は靴底を鳴らしながら部屋を出て行った。白衣がはためくのを見送るとフランカは小さく息をついた。<br />
（なんだここ）<br />
　とりあえずベッドから抜け出そうと身体を動かす。横に身体を返し、いつも通りベッドの上に座った状態になってから下を確認せずに立ち上がった。<br />
　が、それが間違いだった。<br />
「うわぁっ！」<br />
　思わず声を出して右肩から床に倒れ込んだ。手を着く暇もない。体重を支えるそれがそこになかったのだ。<br />
　右足が。<br />
　思わず息をすする。悲鳴とも言える声をうめき声をあげながら包帯が巻かれた右足を見つめた。そこは太ももから先が何もなく、ただリノリウムの床が見えるだけ。<br />
　左足と明らかに長さが違う。右足は膝から下が切断されていた。<br />
「正夢……？」<br />
　思わず呟く。ここで思い浮かんだのは夢の中の出来事についてではなく明日の練習をどうするべきかということだったがそんなことを考えている場合ではない。這いずるようにベッドに近づくと備え付けられていた松葉杖を掴んで立ち上がる。<br />
　ベッドの端に手をつくと、松葉杖を前に押し出して身体を動かす。さらにあわせて左足を動かし、それを続けるようにしてフランカは歩いた。<br />
　ようやく部屋の入り口までたどり着くとフランカは扉を開けた。松葉杖を手放すと倒れてしまうので逆の手で取っ手を掴み、手前に引く。鍵がかかっている訳でもなくあっさりと開いた。<br />
　あの女医は自分に安静にしてろと言ったはずだが、誰かをここに見張りにつけさせるわけではないようだった。荒々しく呼吸しながらそこからのっそり身体を出す。<br />
　あの女医は説明はしたがここがどこなのかの説明はいっさいしなかった。そのためここがどこかわからない。市内の病院なのだろうが、それにしては医者の態度が素っ気ない感じもうけた。<br />
　廊下を見回すが他に人影はなかった。ただ淡々と白い壁と床でできた廊下が続いているだけで、病院にいつも見かけるような看護婦や走り回る医者もいない。ただ壁と床と天井。一定間隔をで設置される扉。<br />
　唯一の特徴といえば扉の向かい側の壁がガラス張りになっていて、眼下は巨大な庭園になっていることだろう。その草木や花々が生い茂る巨大庭園をぐるりと囲むように建物が続いている。<br />
　これではまるで、<br />
（病院……？）<br />
　思わず疑ってしまうような場所だった。市内に。フランカがいる建物の廊下はひたすら先まで続いていて、曲がり角は果てなく遠い。ガラス張りの壁と白い壁と扉、それらが一定間隔で続く通路がどこまでも果てしなく続く。奥まで二百メートルはあるだろう。ずいぶん大きな建物だ。<br />
　歩くのが辛そうだ、とフランカは思った。持久走には自信はあるが、片足で松葉杖をついた状態ではどこまで歩けるか自信がない。そもそも歩いたところで出口に辿り着ける保証もない。<br />
　どうしたものか思案していると、後ろから突然声をかけられた。<br />
「どこに行くの？」<br />
「……ッ！」<br />
　緊張に思わず息をすすりながら振り向く。先程まで無人だった廊下にいつの間に現れたのか、金髪の女性が立っていた。<br />
　驚いているこちらを尻目に、彼女は淡々と続けてくる。<br />
「ここを出るのは……ルール違反だよ」<br />
「はあ」<br />
　相手をじっと見つめる。長い金髪に白い服。足首ぎりぎりまである丈の長いワンピースを着ている。右手は肌色だが、左腕と左手はわずかに見える指先から全てが不自然に黒い。肩口からそこだけ黒いペンキで塗りつぶしたように見える。<br />
　右手の一部と額に包帯を巻き、頬に絆創膏を貼っているから、恐らくどこかで負傷してここにいるのだろう。<br />
　その相手の顔を見る。見覚えのある顔だった。<br />
「あ……アレ……シェン……カ……？」<br />
　霧がかったような記憶の渦から相手の名前を絞り出す。それを聞いて彼女の表情がやや警戒するように変化した。<br />
「あたしのこと知ってる？」<br />
「え、だってこないだ」<br />
　と、そこまで言いかけてやめる。爆発にまきこまれていたことを思い出す。<br />
　てっきり好意的な言葉が返ってくるとばかり思っていたため面食らってしまった。まちがいなく以前に会ったことがあり、話したことがある。<br />
　だが実際こちらも彼女とどのような言葉を交わしたのかが出てこない。<br />
　アパートの爆発が起きたことは覚えているのだが、その前後の記憶が酷く曖昧になっている。思わず頭をおさえる。<br />
「あれ、会ったよね……何話したっけ」<br />
　こちらを怪訝そうに眺めながら、相手はどうでも良いとばかりに息をついてきた。<br />
「……そういうの、たまにある」<br />
　そしてじっと彼女はこちらを見つめてきた。前髪の奥に左目を隠す眼帯が一瞬だけ見える。<br />
「名前まで知られてたのは初めて」<br />
「会った事あったらフツー名前がでてくるものだと思うけど」<br />
「どうかな」<br />
　こちらの科白を相手は鼻で笑うと青い瞳を向けてきた。感情が殆どこもっていない視線にたじろぐフランカをよそに彼女は続けてくる。<br />
「どこにいこうとしたの？　ここからでるには許可がいるよ。偉い人の許可」<br />
「そうなの？」<br />
　別なことを問いつめたかったが、ここで口にだすとややこしくなりそうなので黙り込む。しばらく相手の顔をまじまじと見返すとフランカは首を傾げた。<br />
「そっちは、何の用事？」<br />
　扉はたくさんあるのにピンポイントで自分に話しかけるのであれば、自分に用事があったということだろう。そもそも廊下にでただけでこちらが逃げ出す意思があることを確認できたわけではあるまい。<br />
　そもそも逃げ出せやしないしね、と無い足を意識しながら心の中で呟く。<br />
「君を」<br />
　相手はそういうと左手を少しだけくねらせた後、こちらにゆっくりと差し出してきた。不思議な動作に思わず疑問符を浮かべる。<br />
「連れてこい、といわれたので」<br />
「誰によ」<br />
　怪しい。眉を思わずしかめながら厳しい声で尋ねる。だが相手は軽く肩をすくめ、<br />
「さあ、誰だろうね……」<br />
　こちらの感情を逆撫でするようにはぐらかしてきた。この状況でその返答、フランカの中に苛立ちが沸き上がった。<br />
　ここで握るのも癪なので相手が差し出してきたその手を左手ではたいてやる。相手の顔に感情をぶつけてやりたくなった。<br />
「君と話しているとなんだかいらいらする」<br />
「うん。よく言われる」<br />
　彼女の顔が一瞬暗くなる。それがあまりに露骨だったので一瞬自分の言葉を後悔するが、言葉にはしない。そのまま二人の間に沈黙が訪れる。広い廊下に空気以外のものがつまるような感覚。フランカはうつむきながら、相手ははたかれた左手の先を眺めながらしばらく黙り込んだ。<br />
　しばらくそのままそうしたあと、ふと唐突に相手が口を開いてきた。<br />
「そう、わかった」<br />
　そしてこちらとの距離を縮めてくると、素早く左手を伸ばしてこちらの顔を掴んでくる。<br />
「え、ちょ……」<br />
「ごめんね」<br />
　そして次の瞬間頭を突き抜けるような衝撃とともにフランカは気を失っていた。<br />
　ゆっくりではなく、一瞬。</p>

<p>　それは本当にあっという間だった。</p>]]>
        
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    <title>Openning  3</title>
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    <published>2009-03-01T13:17:35Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　アパート爆破のおよそ一ヶ月前。八月下旬。　モスクワのとある裏通りにある特殊任務...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://srockstyle.com/dancingundertherain/">
        <![CDATA[　アパート爆破のおよそ一ヶ月前。八月下旬。<br /><br />　モスクワのとある裏通りにある特殊任務センター特殊作戦局十三課分署には光は滅多に入ってこない。周囲が大きなビルに囲まれているという立地条件もさることながら、全ての窓にブラインドが常におろされているからでもある。<br />　だから会議のときはテーブルの上の電気のみをつけた状態で行う事が多かった。電気代の節約にはなるだろうが、あまり目にはよくないだろうとアレシェンカはいつも思う。が、それを指摘することはない。<br />　参加しているのは自分と局長であるニコライと後方支援担当のエドゥ、医療担当のエレナだった。十三課はこの四人だけではないがその他の課員はすべて出払っている。もっとも分署に常駐しているのはこの二人くらいで、エドゥや残りの課員は普段地方に飛んでいることが多い。<br />　アレシェンカは紅茶を口を含んだ。エレナの説明は続くが自分にはあまり意味のないようなことばかりだった。もしかすると聞いておかなければならないのかもしれない。だがいずれ忘れることだと思うとそれほど真面目に聞く気にもならない。<br />　全ての説明を終えた後彼女は紙の上を指差しながら呟くように言った。<br />「ひとりだけ、いたわ」<br />「ひとり？」<br />　エドゥが聞き返す。そこにアレシェンカはぼそりと口を挟んだ。<br />「ねえ、あたし聞いてて大丈夫なんですか？」<br />「どうせ忘れるんだろ」<br />　隣に座っているニコライからそれだけをぼそりと告げられる。<br />「一人、っていうと？」<br />「フランカ・スクーレンスカヤ。他の四人は今のところ変化は無いわね」<br />「その四人は悪い影響が出てくるのかな。これから」<br />「恐らく」<br />　エドゥの指摘に彼女は頷く。赤毛がさらりと揺れた。<br />「影響って......どんな影響なんですか？」<br />　アレシェンカが再び口を挟むと、ニコライがこちらをじろりと睨んできた。<br />「おいアリィ、お前黙ってろよ」<br />「......すいません」<br />　うつむいて膝の上に視線を落とす。するととなりからエレナがフォローするように<br />「局長。別にいいじゃないの」<br />「現場にでるこいつがなにか覚えてると困るんだよ」<br />「俺はそうはおもいませんけど」<br />　エドゥが笑いながら言ってくる。ニコライが半眼をむけると彼は肩をすくめて黙り込んだ。<br />　二人の様子に嘆息しながら、エレナは紙を机の上に半ば放り投げるようにして置くと椅子をひいて腰掛けた。<br />「それじゃあ、被験体が見つかった以上この実験は完了てところね。局長、影響がでない四人はどうなるのかしら？」<br />「さあな。今のところはきまってねえかな」<br />「消すんですか？」<br />　ニコライの反応に思わず尋ねてしまう。だが彼は今度は黙ってろとは言ってこなかった。<br />「それは連中が判断するだろ。俺たちの仕事は五人の状態が変化するところまでみることだ」<br />「じゃあ、スクーレンスカヤの身体にはなにか変化があったんですか？」<br />　エドゥが口を挟んでくる。その問いにニコライは答えず、エレナが紙をめくって<br />「ええ」<br />「どんな？」<br />「うーん。まあ、なんていうのかな。学校の成績が良くなったっていうのか」<br />　すこしぼやかすような言い方をするエレナの答えにアレシェンカは思わず呟いた。　<br />「なんていい加減な」<br />「数字的な根拠が欲しいな」<br />　口元に手をあてながらニコライが言ってくる。頭をふってエレナが説明してくる。<br />「それが難しいのよねえ。身体に順応しているのよ。彼女に対してだけ。他は反応無しなの」<br />「質問に答えてないですよね。他はどうなるんですか？」<br />「上が決めるさ。俺に聞くな」<br />　やむを得ないというようにニコライはそういうと煙草を灰皿に押し付けて消した。<br />　<br />　<br />　<br /><br />]]>
        
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    <title>Openning 2</title>
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    <published>2009-03-01T13:16:55Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>「あーあ。逃げ出しちゃったか」　破られた壁を眺めながら彼女はそう呟いた。破片をか...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://srockstyle.com/dancingundertherain/">
        <![CDATA[<br />「あーあ。逃げ出しちゃったか」<br />　破られた壁を眺めながら彼女はそう呟いた。破片をかるく蹴飛ばす。<br />「すまない。予想できれば対策うったんだが......」<br />「無理でしょ」<br />「まあな」<br />　彼はそういって鼻息をならした。それに重ねる様に彼女は言葉を投げてきた。<br />　その視線はコンクリートに開けられた壁に向けられたままだ。<br />「次の検体は決まってるの？」<br />「ああ」<br />「誰？」<br />「バレエダンサーだ」<br />「かわいそうにね」<br />　科白とは正反対のまるで感情を含まない声音でそれだけを呟くと、彼女は深呼吸しながら空を仰いだ。<br />「殺されるのは何人？」<br />「七人だな。今の予定では」<br />　踵を返す。眼下に倒れているそれを見やる。<br />　血まみれの頭部からは僅かに脳が見えている。そして半分に切断された頭部。<br />　死体。それが五十体、延々と部屋に広がっている。<br />「七人死ぬはずだ」<br />「うまくいくかしら」<br />「そうでないとこまる」<br />　そういって彼は歩き始めた。<br /><br /><br />　＋＋＋＋<br /><br /><br />　聞き続けるのは嫌じゃない。<br />　ただ話すのが苦手なだけだ。<br /><br />　その女の子はずっとしゃべり続けていた。はじめにかわした自己紹介から、ずっと。<br />　アレシェンカからすれば、どうすることができるものでもない。物心ついたときから命がけの訓練の中で生きてきた自分からすれば「普通」の存在自体道を行く猫の集団を眺めるのと対して変わりがないからだ。眩しくもなかった。普通のもの。<br />　だが、並んで座ったとたんそれは強烈な眩しさをアレシェンカの目にもってきた。<br /><br />　ああ、またか。<br /><br />　ただ、彼女はやばい。<br />　彼女は。<br /><br />　こちらの葛藤を他所に、彼女はこちらの顔を覗き込むようにして笑いかけてきた。<br />「あたしフランカっていうの。あなた、お名前は？」<br />「......アレシェンカ」<br />「変わった名前ね。でも素敵な名前」<br />「うん」<br />「いくつなの？　何年生？　クラスどこになるの？」<br />「どこだろ......まだクラスまでは聞いてないの。歳は十六」<br />「同い年？　あたしも十六。嬉しいわ。同い年の子が増えてくれて......一応六年生のクラスになるけど、アレシェンカも一緒になれるかなあ」<br />　彼女はそういうと本当に嬉しそうに笑った。アレシェンカもつられて笑った。<br />　どうしていいのかわからない。なにより質問されるのが困る。<br />　それに仲良くしすぎるのもよろしくない。ニコライには見かけたら殺せと言われているのだ。<br />　小言を言ってくる上司の顔が思い浮かんだが、アレシェンカは腰の銃を掴む。それを引き抜こうとしてから元に戻す。<br />　それから黙り込むのも不自然だと感じたので質問を相手に投げた。ほんの、会話をつなぐための瑣末な質問。<br />「バレエやってるの？」<br />「三歳からやってる。ハイスクール通いながらバレエ学校いってるわ。掛け持ちみたいなもん」<br />「......それって」<br />「昼間勉強。夕方からバレエ。本当はポリジョイ・バレエ学校入ってバレエ一本でいきたかったんだけど、兄さんが勉強もちゃんとやれって。夜中の勉強もちゃんと見られてるから、練習する時間なくなっちゃうの」<br />「......兄さんも一緒なの？」<br />　ああ、またか。<br />　なぜか続けてしまう。<br />「ううん。兄さんはサッカー選手なの。仕送りもらってて。で、姉さんとあたしは学校いってて、同じ部屋にはいってるの。あ、姉さんは大学生なんだけど。今勉強中だから、こっそり抜け出してきたの。そうでもないとこの練習できないから」<br />「そうなんだ......大変だね」<br />　うなずきながらアレシェンカははてと思った。ここの住民は全員いないはずだ。<br />　だがいたところで避難させるいい手が思い浮かばない。焦燥を顔に出さない様に必死に隠すアレシェンカとなにやら考えているフランカ。並んで座る二人の間に沈黙が落ちる。<br />　しばらくしてからフランカが口をひらいてきた。<br />「ねえ、いつから学校くるの？」<br />「え、いつだろう......まだ書類がかえってきてないから」<br />「早くこれるといいね」<br />「う、うん」<br />　相手の笑顔に気圧されるようにアレシェンカはうなずいた。そして抱えた膝を見つめ、<br />「ねえ、フランカ。あたしもういかなきゃ」<br />「もう行っちゃうの？」<br />「うん。夜遅くまでいると、心配するから」<br />　誰が、とまでは言わない。だがフランカは自分の中で解釈したようだった。<br />「あー、親に怒られるんでしょ？　門限とかあるの？」<br />「あ、うん。そんなとこ......」<br />「お嬢様なんだね。アレシェンカ」<br />　その台詞を否定するようにアレシェンカは首をふる。<br />「ちがうわ。ただ単に早くかえってきなさいっていわれたの」<br />「あはは」<br />　さらっと言ってくる彼女を唖然と見つめる。こんな初対面の相手を家に呼ぶものなのだろうか。<br />　それとも、同い年の女の子はみんなこんなものなのだろうか。<br />「お話してくれてありがとね。また会いましょ」<br />　こちらは殆ど話していないにも関わらず、彼女はそういってきたのできょとんとする。が、次の瞬間にはアレシェンカは笑顔に戻っていた。自分の顔の筋肉を疑いたくなるくらいの笑顔だった。<br />「うん。ありがとう。ごめんね」<br />　どうしてだろう。<br /><br /><br /><br />　先刻少女と交わした会話の端々がおぼろげに浮かんでは消えていく。街の空気が冷え込みつつあった。<br />　集中暖房がつけられるにはまだ早い。が、寒さを日常的に感じるわけでもない。微妙な季節である。<br />　空気の変化によるものだろうが、いつものこの時期に比べればまだ暖かい方だろう。コートは必須だが別になくてもいける程度の中途半端な気温。背中からコンクリートの冷たさが伝わってくる。<br />　別に自分の格好に違和感を感じる訳ではないが、自分の中に違和感はあった。<br />　懐の中のその機械を掴むとアレシェンカは下唇を噛んだ。<br />　そういえば最後にあったあの女の子はずいぶん薄着だったことを思い出す。が、先程までその子と会話を交わしていたアパートの部屋はすでに眼前で瓦礫の中に埋もれている。こんなことになるのであれば一緒に連れ出せばよかったか。<br />　パニックは避けられなかっただろうが。<br />　息をつく。混沌とした感情は押さえきれず、覆わずいつもの口癖となって漏れた。<br />「......死にたい......」<br />　小さく口の中で呟きながら、そのアパートを見つめた。もうそれはアパートとは呼べないかもしれない。十階程あったアパートは見事に倒壊し、元の集合住宅の後影はない。以前の姿からは想像できないコンクリートの固まりの間に、住民達の遺体が見えた。<br />　ここは普段は多くの土産物屋やカフェが立ち並ぶ歩行者天国の近郊にあるため夜でもそれなりに明るい。だが、今の時間帯は時間だけに昼間の喧噪が嘘のように静まり返っている。遠くでサイレンの鳴る音を聞きながらぐったりと力を抜いた。<br />　神経が伝えてくる情報を元に自分の怪我を分析する。<br />（右腕と......左足。背骨はやられてないか......頭に裂傷）<br />　出口をでる瞬間に吹き飛ばされたのだ。その大きな通りにかぶさる夜の闇が、心なしかいつもより深く見えた。<br />　違うよ。アリー。<br />「ああ」<br />　ふと呟いてみる。それが口の中でチョコレートのように溶けていくのを感じながらため息とともに言葉で滑りでる。<br />「死にたい......」<br />　相変わらず冷たい機械の感触を体中に感じながら、茫洋とした視線をコンクリートに這わせた。<br />　そこに転がっているのは自分とそれほど歳の違わない少女の遺体だった。<br />　彼女は両足と片腕を失っていた。黒く焼けこげた火傷が醜い怪我をさらしている。傷口が一瞬で炭化したのか血は流れていない。<br />　数十メートル程吹き飛ばされたらしい。それだけ強い爆発を直接受けた住民達はひとたまりもないだろう。生存者はいるのだろうか。<br />　無事な方の左手で帽子の中からこぼれ落ちていた金髪を押し込み、その建物を見つめる。自分は国を守るために誰かを傷つけたのではなく、上の命令で目の前の人々の生活を壊したのだ。アレシェンカが傷つけたのは同じ国の人間なのだと。<br />　やるせない気持ちに歯噛みする。理不尽さに対してなにもできない自分が嫌になった。<br />　やがてサイレンの音が遠くなる。<br />　目を閉じると、そのまま暗闇に落ちていくようだった。<br /><br />]]>
        
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    <title>Openning 1</title>
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    <published>2009-03-01T13:11:22Z</published>
    <updated>2011-11-05T02:17:16Z</updated>

    <summary>　『カローメンスカヤ通りのアパートが爆破される。九月二十三日（木）』　　二十三日...</summary>
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        <![CDATA[<br /><br />　『カローメンスカヤ通りのアパートが爆破される。九月二十三日（木）』<br />　　二十三日の午後十一時頃、カローメンスカヤ通りの住宅街にある十一階建てアパートが爆破され、<br />　　中にいた住民百三十人が死亡、六十人が重軽傷を負った。<br />　　調査を進めたモスクワ警察の専門家は仕掛けられた爆弾は明らかにプロの手によるものであり、<br />　　爆発の中心部に残されていた物質からヘキソーゲンとTNTの混合物と判断された。<br />　　先日発生したリャザン街道での輸送中の爆発物が謎の集団に強奪される事件も発生しているため、<br />　　その件を示唆しながらFSBの広報部は事件後以下のように発表した。<br />　　「FSBは独自の調査ルートで先日の強奪事件にチェチェン人テロリストが関わっていた可能性、<br />　　　強奪された積荷の中にヘキソーゲンが含まれていた事を突き止めている。<br />　　　その後彼らがたどった足取りを調べれば彼らがここ数日にモスクワ入りし、テロに走った事は明らかだ」<br />　　また、ヘキソーゲンは国有の工場でのみ生産される火薬のため、内部の犯行である可能性も否定できない。<br />　　FSBは特殊部隊からこの事件専門のチームを編成し、調査を進めるとのこと。<br /><br />　ノーヴァヤ・ガゼータ紙　二十四日の朝刊にて。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />　『バレエ・ダンサー殺される。九月二十四日（金）』<br />　二十四日午後八時頃、マーラヤ・ニキーツカヤ通りで、バレエダンサーのラーサ・ストルウェンスカヤが刃物で喉や腹部等、全身数十カ所を刺され死亡しているのを発見された。同行していたと思われるバレエ学校の生徒であるフランカ・スクーレンスカヤも現場近くで重傷を負った状態で発見された。<br />　事件場は裏通りに入った場所で人通りも少なく、犯人はストルウェンスカヤが道を曲がったところで犯行に走ったと見られる。<br />　ストルウェンスカヤはポリジョイ劇場から自宅のアパートに戻る途中で、自身の公演を済ませた帰り道だった。<br />　バレエダンサーを狙った殺傷事件はこれで今月に入って三件目。警察は同一犯と見て、調査を進めている。<br /><br />　ヴェルシヤ紙　二十五日の朝刊にて。<br /><br />]]>
        
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