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 心の殻は厚い。
 ある程度の年月を重ねて作られたその殻を打ち破るのは並大抵のことではできない。
 子供のうちはそれもまだ中でうごめいているなにかがあるのだろうが、大人になるとどんどんそれもさめていく。動きがなくなっていく。

 二人で買い物をして、他愛ない話をしていろんなお店を回るうちに、ジンの中にも一定の殻が存在することをティックは知った。そして、その殻が少しずつ薄くなっていっていることも。
 それを急に割ると、心の傷つきが大きくなってしまう。し、それをだんだん薄くしていくと長期戦を覚悟しなければならない。はたして自分に対して長い時間をアルフィが許してくれるのだろうか、と思う。
 駅前の専用の駐車場に車を停めると、ティックとジンは商店街をぶらついた。
 駅前広場は大きな橋があって、その脇にはひらひらをつけた格好の女の子たちがたわむれていた。ジンがその女の子をしぐさで指して、
「ティックはああいう格好はしないの?」
「私は似合わないよ。背もあるし、金髪だし。あとああいうのを着るには体重がたりないよ」
「最後の、あのひとたちからしたら嫌味にきこえるかもよ」
「多分ね。でも似合う人がああいう格好をしたらいいんだよ。私は似合わないと思う。着た事無いけど」
 そんな他愛のない会話をしながら、二人は通りを歩いていった。
 途中外国の雑貨を集めたような店でジンが自分の鞄を買った。それから彼が好きなロックバンドのポスターが売っていたのでそれも買った。
 途中のセレクトショップで帽子やらリストバンドやらを見て、そのあと通りを歩きながらいろんな雑貨をみた。あの部屋に飾るのはどんなのがいいかを二人で話しながら歩くのはすごく楽しかった。
 ジンが笑っているのにティックは気づいていたが、自分のほうが逆に楽しい気持ちになっていることに、ティックは不思議な感覚を覚えていた。

「おなかすかない?」
 午後三時を回り、街を歩き回った後でジンがティックに言ってきた。買い込んだ物を抱えながら彼のほうをみた。
「あ、そう? 何か食べようか。なにが食べたい?」
「あそこがいい」
 ジンが指差したのはこ洒落た外観のハンバーガーショップだった。ティックはそれに目をやり、それからすこし視線を外した。
「この荷物、置いてきてからにしようか。ちょっと買いすぎたかもね」
 その言葉にジンは頷き、二人は抱えている荷物を駅前に駐車させた車まで持ってきた。後部座席とトランクにそれらを丁寧に並べ煎れてから、ふとつぶやいた。
「そういえば、さっきの店って駐車場あったっけ」
 突然のこちらのつぶやきにジンが惚けたような返事を返してきた。
「え」
「いや、あればいいんだけど、さ。なかったら歩いていけばいいだけだし」
「また歩いて戻るの?」
「まさか。テイクアウトするよ」
 そういってティックは車の運転席に乗り込んだ。ジンが続いて助手席に座るのをまってから、車を発進させた。さっき通り過ぎたバーガーショップへ向かう。
 幸い通りの陰にむかってドライブスルーがあったのでそこで買い込むことにした。
 ハンバーガーとポテトと、ジュースを二つずつ買い込んだ。そのまま店員に代金を支払って通りにでた。
 と、突然ジンが口を開いた。
「川辺で食べようよ」
「いいね。それ。どこか座れそうな芝生さがそっか」
 そういってティックは街から流れる川沿いに車を走らせた。先刻のピンクや黒のひらひらをつけた女の子たちのそばを通り、二人で見回った店の前を通り街を横切っていく。
 もう少しで街の郊外にでるというところで、ティックはミラーの向きを変えた。
 そこで表情をかえる。突然ティックが黙り込んだのを気にしたのか、ジンがこちらを不安そうに見上げてきた。
「どうしたの?」
「つけられてるね」
「え」
 先ほどと同じ、だが今度はおびえるような声でジンが呻いた。シートに手をあてて後ろを振り向くと、その車の運転席に乗っている人間を見た。
「つけられてるって......尾行されてるってこと?」
「そうだね。あの黒い車、駅を出たところからずっとおってる」
「どうするの?」
 不安そうにこちらをみてくる。彼はこういったことには慣れていない。そもそも自分は彼の養育係ではなくボディガードとしてきたということをすっかり忘れてしまっていたことに心の中で軽くしたうちする。
「いちど話をしたほうがよさそうだね。君はおりないで。ここにいて。私だけで話をつける」
 先ほどとは違う厳しい口調のティックに、彼が何も言ってこなかった。
 おびえさせないように軽く笑ってみせる。
「大丈夫だって。話してくるだけ。用を聞いてから追い返すよ。川辺いって一緒にそれ食べようね」
 そういうとティックは車を道ばたに停めた。周りを視線だけで見回す。住宅街で、それほど人が隠れる事が出来る場所というわけでもあるまい。
 エンジンを停止し、鍵を引き抜く。それをしっかりとジャケットのポケットにしまったあとドアを開いて外にでる。感覚を研ぎすませ相手の数と存在を確かめる。自分に対しての敵意とその数をティックは手に取るように感じることができた。
「やっぱりあんたはあんただね。こんにちは。ファースト」
 声が響く。癖があって、他人を小馬鹿にするような物言い。あまり聞きたい声ではなかった。
 記憶の奥底でずっと眠っていた嫌な流れが波打つような感覚。
「イヴ......なんでここにいるの」
「さあ? なんでだろうね」
 こちらの驚きをよそに彼女------イヴはサングラスを外してこちらを見つめてきた。相手を値踏みするように相手をみるその表情はどうやったら作れるんだろうと思う。
「あんたがここにいると聞いたからさ。やっぱりその子と一緒か。ジン・シュルート」
 そういってイヴが車の中に視線をやる。一瞬目があったジンがすくんだことにティックはかるく舌打ちした。
「一緒だとどうなるの?」
「どうにもこうにも、手間が減ってよかったな、と思うだけ」
 そういってこきり、と首を鳴らした。さらにこちらに向かって一歩踏み出すとイヴは言ってきた。
「あたしの要望はひとつだけだよ。この街からでてってもらえるかい?」
「またそういうことを」
 ティックは額に手を当ててうめいた。
「でてかないと、どうなるの?」
「あんたをちからずくで消去しないといけなくなるね。それでもよければ」
 ティックは無言で頭を振ると目を閉じて、それから再び相手をにらんだ。普段の優しいティックを知る人間からしたら想像できない視線だった。
「誰といようと勝手だよ。君たちになにをいわれても、今の私はここからでていくつもりはないよ」
 そこまでいいきると、ティックはイヴから距離を置くように後ろに下がった。その手はジャケットの後ろにかけたホルスターにのびている。ジンを守るために身につけていたハンドガンが収まっているが、果たして相手より早く抜けるかどうか。
 いざとなれば力を発動させるまでだが、住宅街で使いたくはない。
 さて。
「物わかりの悪さは五年前と変わっちゃいないね。もうちょっと成長したもんかと思ったのに」
 相手がそこまで言うのを聞いてから、ティックは怪訝そうに眉根を寄せた。
「にえきらないやつ」
 そうイヴがつぶやくと同時に、飛来した銃弾がティックの左肩を貫いた。
 銃声がなかった。殆ど不意をつかれたそれは無抵抗のこちらの肩を焼いて貫き、背後にあった標識にあたってはねる。
 激痛に声にならない悲鳴をあげ、倒れ込んだティックを一瞥したあとイヴが振り返って叫ぶ。
「まだ撃てとはいってないだろ!」
 そういって彼女が手をあげると、その指から一筋の光が一点に集中した。
 後方の民家に隠れていた一人の男が倒れ込んだ。
「やれやれ......言う事聞かないヤツがいると困るよホント。あんたもね」
 そういうと、イヴはこちらを見下ろした。左肩から流血しながら地面に倒れ込むティックの腹を蹴りとばすと、きびすを返した。それからこちらを見下ろすまでもない、とでもいうように、
「明日まで、猶予をあげる。それまでにあんたが出て行かなかったら、わかってるね。覚悟しておきな」
「うるさいなあ......」
 そうつぶやくと左肩を抑えながらのっそりとティックは立ち上がった。イヴが乗り込んだ車が走りさるのを見送り、大きく嘆息した。
 傷は痛むが抑えれば大丈夫だろう。トランクをあけ、そこにあった救急道具と包帯を手に取り、シャツの上から巻き付ける。これで帰宅するまではおそらく大丈夫なはずだ。あとはアルフィに処置を任せれば問題はあるまい。
 人工皮膚の再生は意外と楽にできる。ということをアルフィから教えてもらっていた。
「ティック!」
 と、こちらのそばにジンが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。なんとか追い払ったから......」
 そういって笑ってみせる。彼の視線がこちらの左肩にくる前にティックはジャケットを羽織っていた。
 手元が血でかるく黒ずんでいる事に、彼が気づかないことを心の中では祈っていた。
「それじゃあ、いこうか。もうちょっといくと着くよ」
 トランクを閉めてジンに笑いかける。
 いつもの笑顔に比べると、ティックの顔は蒼白だった。
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