水が、流れている。
朝特有の冷たい空気が頬をさし、街を流れる水道の流水音が耳にはいる。
地面は芝生がしかれていて、水が流れている隣が広い公園になっていた。向こう岸では高くそびえ立つ古びた建物群が街の風景を作り出している。
そこにあるベンチにミーティック・M・ファーストは横になっていた。
目をあけてぼんやりと空をこうして眺めていると、細かいことで悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるから不思議だ。荒んだ心を癒されていくのが分かる。
金髪碧眼の二十代前半の女だ。ブロンドはさらりとしたストレートで、ベンチに横になっていなければ腰に届くか届かないかぐらい。柔らかい雰囲気の顔立ちのためどこか幼く見える。
外見はは普通の女だが、実は人間ではない。
目をあけてふと息をつく。公園の時計に目をやると五時前をさしている。建物の向こう側に朝焼けが顔をだし、街全体に忙しい一日の始まりを告げようとしている。そんな時間だ。労働者たちからすれば憂鬱になる朝とでもいうのだろうか。
が、ティックは朝は好きだった。人間たちがせわしなく動き始める午前。その時間より前の時間帯の街をぶらつくのはここしばらくの楽しみになっていた。
仲間たちからはもっぱら年寄りくさいといわれているが。それもまあいいだろう。
朝の空気に頬を撫でられるのを感じるように目を閉じた。
と。
「ティック」
聞き慣れた声に名前を呼ばれ、ふと目をあける。視界の端に見慣れた赤があった。
「レックス......どうしたの」
体を起こさずにそちらの方に視線をやると、ティックと同年代の赤髪碧眼の男が立っている。
「どうしたのじゃねぇよ。アルフィが心配してるぞ」
自分たちの親の名前を言ってから、彼は軽く嘆息した。それからこちらの頭の方に歩いてくると、ティックの寝転んでいるベンチの端に座った。
彼の着ている服は黒い革でできた丈夫な戦闘服だ。あちこち汚れているのをみると、どうやら戻りらしい。「いつ帰ったの?」
寝転がった姿勢のまま、空をみつめながらティックは口を開いた。
「ついさっき。この街で最後の仕事することになったから。アルフィのところから通おうと思ってさ」
「じゃあしばらくこっちにいるんだね。よかった」
ティックはそういうと体を起こした。それから固まった体をほぐすように首を鳴らした。
「よかったって、なにがだよ」
「みんないなくてさ。遊ぶ相手がいなくって」
「遊びに帰ってきたわけじゃねえっての」
そういった彼の声はどこか自嘲気味に聞こえた。が、それには気づかない振りをする。
「嘘だよ。ひまなときかまってね」
「考えとく。っつーか、お前またしばらく帰ってねぇだろ」
「うん」
そう答えると、ティックはのばしていた足を地面におろした。ちょうど彼に背中を向けるような形になる。相手のほうを見ずに即答し、そのまま足下の緑色の芝生に視線を落とした。
「別にいいじゃん」
「別に嫌ってるわけじゃないんだろ」
「うん」
先ほどと同じ返事を抑揚のない声で返すと、彼はそれ以上何もいってはこなかった。
しばらく二人の間を水の流れる音だけがながれてゆく。ひっそりとした朝特有の静謐な空気が辺りを包み込み、都会の猥雑な雰囲気を消していた。
レックスの存在を意識しながらティックはベンチの背もたれに手をあずけた。レックスと間をおいて座り、体重を後ろに預けながらふと呟く。
「みんなは、気づいているのかな」
「なにが?」
「こういう、当たり前のものにさ」
「当たり前か?」
レックスが疑うように言ってくる。その問いに答えるように、ティックはつづけた。
「この街さ、午前中人いるじゃん。でも、こうして朝とか、静かなときにきてみるとすごいきれいなとこいっぱいあるんだよ。そういうのに気づいていないのかなって」
自分でいっていて、何を言っているのかよくわからなくなってくる。レックスと自分の間の微妙な空気を感じると、ティックはうつむいて途中で言葉を切った。
「まあ、そんな感じのことを思いました」
「わかるかよ」
レックスが肩を揺らしてくつくつと笑った。その屈託のない笑い方に少し安堵する。
彼は背もたれに肘をのせながら足を組み替えた。それから目の前の景色を見回すと、
「お前はさ、純粋だよな。ホント」
「よくいわれる」
こちらの返事を予想していたのか、レックスそれを鼻で笑うと、
「でもさ、生きるためにいろいろやんなきゃなんないんだよ。俺たちもそうだが、周りもな。そんな生活してる中でわざわざ水が流れるだけの景色に目をむけるやつなんていないよ。あたりまえだからな」
「あたりまえかぁ」
その当たり前を当たり前と思い込む事ができない自分は何なのだろうか。
中途半端な心境をもっていることにどこか哀れみを持つこともある。
「そんなとこだ」
「うーん。そうなのかな。みんな、忘れているだけだとおもうんだけどなあ。ふととまって見つめたらみてくるんじゃないかなって。たまに思うよ」
「それはお前が優しいやつだからさ。よっと」
そう答えるとレックスは立ち上がった。そちらをみずにぼーっとしていると、彼はこちらの腕をつかんで立ち上がらせた。
「わ」
「帰るぞ」
そういってこちらの腕をつかんで、公園の出口目指して歩いてゆく。
「え、やだよ。まだここにいたいってば」
「帰ってねえやつがいう台詞かっての。せめてドリンクぐらい持ち歩けよ馬鹿」
「自分で帰るってば」
「そんな事いって帰った事無いくせに」
話す内容はいやがっているが、ティックは口調を荒らげたりレックスの手を振りほどいたりはしなかった。手をおろして彼の手を握ると、そのまま素直に後ろに続いた。
公園の出口を出るとき、二人の手が重なっていることに気づいたらしくレックスがこちらをみてきた。
「何笑ってんだよ」
「なにも」
空いたほうの手で口元を押さえながら、ティックはすこしだけ肩を揺らした。
こういう幸せも、悪くない。
水が流れる音は、どこまでも続いていた。
朝特有の冷たい空気が頬をさし、街を流れる水道の流水音が耳にはいる。
地面は芝生がしかれていて、水が流れている隣が広い公園になっていた。向こう岸では高くそびえ立つ古びた建物群が街の風景を作り出している。
そこにあるベンチにミーティック・M・ファーストは横になっていた。
目をあけてぼんやりと空をこうして眺めていると、細かいことで悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるから不思議だ。荒んだ心を癒されていくのが分かる。
金髪碧眼の二十代前半の女だ。ブロンドはさらりとしたストレートで、ベンチに横になっていなければ腰に届くか届かないかぐらい。柔らかい雰囲気の顔立ちのためどこか幼く見える。
外見はは普通の女だが、実は人間ではない。
目をあけてふと息をつく。公園の時計に目をやると五時前をさしている。建物の向こう側に朝焼けが顔をだし、街全体に忙しい一日の始まりを告げようとしている。そんな時間だ。労働者たちからすれば憂鬱になる朝とでもいうのだろうか。
が、ティックは朝は好きだった。人間たちがせわしなく動き始める午前。その時間より前の時間帯の街をぶらつくのはここしばらくの楽しみになっていた。
仲間たちからはもっぱら年寄りくさいといわれているが。それもまあいいだろう。
朝の空気に頬を撫でられるのを感じるように目を閉じた。
と。
「ティック」
聞き慣れた声に名前を呼ばれ、ふと目をあける。視界の端に見慣れた赤があった。
「レックス......どうしたの」
体を起こさずにそちらの方に視線をやると、ティックと同年代の赤髪碧眼の男が立っている。
「どうしたのじゃねぇよ。アルフィが心配してるぞ」
自分たちの親の名前を言ってから、彼は軽く嘆息した。それからこちらの頭の方に歩いてくると、ティックの寝転んでいるベンチの端に座った。
彼の着ている服は黒い革でできた丈夫な戦闘服だ。あちこち汚れているのをみると、どうやら戻りらしい。「いつ帰ったの?」
寝転がった姿勢のまま、空をみつめながらティックは口を開いた。
「ついさっき。この街で最後の仕事することになったから。アルフィのところから通おうと思ってさ」
「じゃあしばらくこっちにいるんだね。よかった」
ティックはそういうと体を起こした。それから固まった体をほぐすように首を鳴らした。
「よかったって、なにがだよ」
「みんないなくてさ。遊ぶ相手がいなくって」
「遊びに帰ってきたわけじゃねえっての」
そういった彼の声はどこか自嘲気味に聞こえた。が、それには気づかない振りをする。
「嘘だよ。ひまなときかまってね」
「考えとく。っつーか、お前またしばらく帰ってねぇだろ」
「うん」
そう答えると、ティックはのばしていた足を地面におろした。ちょうど彼に背中を向けるような形になる。相手のほうを見ずに即答し、そのまま足下の緑色の芝生に視線を落とした。
「別にいいじゃん」
「別に嫌ってるわけじゃないんだろ」
「うん」
先ほどと同じ返事を抑揚のない声で返すと、彼はそれ以上何もいってはこなかった。
しばらく二人の間を水の流れる音だけがながれてゆく。ひっそりとした朝特有の静謐な空気が辺りを包み込み、都会の猥雑な雰囲気を消していた。
レックスの存在を意識しながらティックはベンチの背もたれに手をあずけた。レックスと間をおいて座り、体重を後ろに預けながらふと呟く。
「みんなは、気づいているのかな」
「なにが?」
「こういう、当たり前のものにさ」
「当たり前か?」
レックスが疑うように言ってくる。その問いに答えるように、ティックはつづけた。
「この街さ、午前中人いるじゃん。でも、こうして朝とか、静かなときにきてみるとすごいきれいなとこいっぱいあるんだよ。そういうのに気づいていないのかなって」
自分でいっていて、何を言っているのかよくわからなくなってくる。レックスと自分の間の微妙な空気を感じると、ティックはうつむいて途中で言葉を切った。
「まあ、そんな感じのことを思いました」
「わかるかよ」
レックスが肩を揺らしてくつくつと笑った。その屈託のない笑い方に少し安堵する。
彼は背もたれに肘をのせながら足を組み替えた。それから目の前の景色を見回すと、
「お前はさ、純粋だよな。ホント」
「よくいわれる」
こちらの返事を予想していたのか、レックスそれを鼻で笑うと、
「でもさ、生きるためにいろいろやんなきゃなんないんだよ。俺たちもそうだが、周りもな。そんな生活してる中でわざわざ水が流れるだけの景色に目をむけるやつなんていないよ。あたりまえだからな」
「あたりまえかぁ」
その当たり前を当たり前と思い込む事ができない自分は何なのだろうか。
中途半端な心境をもっていることにどこか哀れみを持つこともある。
「そんなとこだ」
「うーん。そうなのかな。みんな、忘れているだけだとおもうんだけどなあ。ふととまって見つめたらみてくるんじゃないかなって。たまに思うよ」
「それはお前が優しいやつだからさ。よっと」
そう答えるとレックスは立ち上がった。そちらをみずにぼーっとしていると、彼はこちらの腕をつかんで立ち上がらせた。
「わ」
「帰るぞ」
そういってこちらの腕をつかんで、公園の出口目指して歩いてゆく。
「え、やだよ。まだここにいたいってば」
「帰ってねえやつがいう台詞かっての。せめてドリンクぐらい持ち歩けよ馬鹿」
「自分で帰るってば」
「そんな事いって帰った事無いくせに」
話す内容はいやがっているが、ティックは口調を荒らげたりレックスの手を振りほどいたりはしなかった。手をおろして彼の手を握ると、そのまま素直に後ろに続いた。
公園の出口を出るとき、二人の手が重なっていることに気づいたらしくレックスがこちらをみてきた。
「何笑ってんだよ」
「なにも」
空いたほうの手で口元を押さえながら、ティックはすこしだけ肩を揺らした。
こういう幸せも、悪くない。
水が流れる音は、どこまでも続いていた。

