渡された書類に目を通しながら彼女は目を細めてこちらを見てきた。
「レオナルドを連れ戻せ?」
アザミの態度は相変わらずだったがそれはどうしようもない。サーシャも半ば諦めていた。顔なじみでなければ殴ってやるところだろうが恐らくそれでも物怖じしないだろう。
「自分で帰還させれば?」
「そうもいかないの。わかってるでしょう?」
半ばあきれ気味にサーシャはデスクに書類を放り投げた。
「でなければあなたが呼ばれると思う?」
そういってアザミの目を見返す。彼女はこちらをみてくると、頭を振って笑ってみせてきた。
「どうすれば?」
「行って、彼を連れ戻しなさい」
「同じような任務ばっかり」
彼女はそういうと書類を手元のファイルにおさめた。そして外を眺めた。
「まあ、誰もできない同じような任務だからあたしに回ってくるんだろうけれど」
「わかっているなら素直に拝命しなさい。いい?」
サーシャの言葉にアザミは立ち上がって敬礼してきた。
「拝命します」
これがミラー相手ならいくらか違うのだろうに。
そして彼がいればよかったのに、とサーシャは思った。
LEONARDO -- Dark Horse
013
ループして相手をやり過ごす。機銃を放つが傷が浅い。
敵機が
速度はこちらが早い。ハイ・ヨーヨー。
だが相手はそこで急旋回。ストールターン。
レオナルドの機体をあっさりやり過ごすと後ろに回った。
振り向く。
遅い。
「訓練」のあと、レオナルドは必ずアビーの墓に立ち寄っていた。
アビーも同じことをやったのだろうか。
レオナルドと同じように。
それともなにもできないまま死んでしまったのだろうか。
彼のこと、サリーのこと。
二人のことを考えると、レオナルドはプログラム内での戦いとはいえ、エバンテと直接対決することができずにいた。
それは自分の弱さなのか。
よくわからない。だがそこにあるのは絶対的ななにか。
自分を終わらせるなにか。
それにあらがう自分だった。
アビー、君は。
彼の名前を墓碑の前で口にする。
彼がどう思いどう戦いどう沈んだのか、レオナルドは知る由もない。
そして、そこに本当に遺体が埋まっているかどうかも知らない。
そして......
「どうしてそこにいるの?」
背中に声がかかる。特徴的な高い声。振り向かずとも相手が誰かすぐにわかった。
エミリーだ。
「......別に」
小さく答える。理由がみつからない。相手からきつい問いをされるまえにレオナルドは続けて口を開いた。
「アビーの持ち物は残ってる?」
「どうして?」
「......渡さなきゃならない人がいるから」
シーナの顔を思い浮かべる。彼女にはせめて伝えなくてはならないだろう。
二人の間に沈黙が訪れる。その間に空をみながらレオナルドは息を吸った。後ろに立っているエミリーの表情はうかがえない。もしかしたらそれは彼女が判断することでもないのかもしれない。沈黙が逡巡なのか軽蔑なのかは分からなかった。
こちらの心が痛みを訴え始めたころ、彼女は口を開いてきた。
「ついてきて」
案内されたのは隣に立っている小さな教会だった。壁は白塗りで、高さは三階建ての家程度。それでも形はしっかりと教会の形をしていて、まわりには花々が植えられている。
エミリーに続いて歩いていくと、奥には正方形の引出しが大量に設置された壁があった。彼女はそのなかからひとつを選び出すと、それを引出してこちらとの間に置いた。
「ドクには内緒ね」
頷くと彼女は続けてきた。
「ドクは仕事なの。これ」
「なにが?」
「ここらへんにおちたパイロットを生かして帰す」
ああ、と頷く。
ほとんど無法地帯となっているこの一体から帰るためには誰かの力がいる。ましてや機体を失ったパイロットが一人で帰還するのは不可能だ。
となれば誰かの力がいる。機体を直すメカニックであったり、怪我を直すドクターであったり。
だからドクなのだ。
空軍に所属しているかどうかはわからない。フリーかもしれない。それでも彼はパイロットたちをひきとり、機体をなおし、鍛えなおして再び送り出すわけだ。
唖然としながらレオナルドはエミリーに尋ねた。
「それは、何人......?」
「いままで十一人。あたしの知ってる限りは」
突然エミリーが口を開く。
「知ってる? ここのエリアは入るより出るほうが難しいの。パイロットにとって。たくさんの対空砲と、エバンテ、エアプロのパイロット。やつらがどうしてそうしているのかどうかはわからないけど」
「出るほうが」
エミリーは頷くと再び引出しを見上げた。
「十人は死んだわ。十一人目は、君」
こちらに視線をもどしてくる。
「アビーの遺物持っていくなら、生きて帰って」
無表情だった彼女の目に始めて表情らしい表情が浮かんだ。
「そしてあたしも、生きて帰したい。せめて任期中に一人だけでもね。ここにいるのが空軍の任期なのかドクの気まぐれなのかはわからない。あたしが大人になれるまでにいられるのかもわからないもの」
そういうと彼女は取り出したアビーの引出しの中に手を入れて、ドックタグを取り出してきた。黒く縁取られたそれには『LAF』の文字と共に彼の名前と、タックネームが書かれている。
「これでいい? アビーの」
レオナルドはうなずくとそれを慎重に受け取った。軽く血と土がこびりついたそれは彼の魂が宿っているようで、今にも何かが浮かび上がってきそうだった。それをポケットにしまうとレオナルドは自分の目元を押さえた。
「必ず生きて帰るよ」
それに彼女はうなずいてくるとアビーの引き出しを再び元の位置に戻した。そしてそっと立ち上がるとこちらの横を通り過ぎ、協会から出て行った。
エミリーがいなくなった後も、レオナルドはしばらくそこに立ちすくんでいた。
ポケットの中でアビーのそれを握りしめながら。
++++
一機の戦闘機が山を超える。
山間すれすれを時速九百キロを超えるスピードで対空砲の追撃をかわし、無法地帯となっているエリアへ突っ込んでいく。
それを狙うミサイルは撃墜され、対空砲はかわされ、攻撃箇所はピンポイントに爆破し、その戦闘機はたった一機でその境界線を突破した。
レーダーをみながらドクは口笛を吹いた。さすがとしか言いようがない。ポットからコーヒーをいれながら息をつくとちょうどそのパイロットから通信が入ってきた。
『あと一分で到着するけど』
カップに口をつけながらドクはかわらない彼女の態度とその腕前に感嘆した。
「いい兆候だ。出るときもうまくいけばいいんだがね」
『バカにしてる?』
「まさか。滑走路開くからそこに着地してくれ。サーカス飛行は控えてくれよ」
『どうかしら』
その戦闘機は到着すると鋭い風があたりを巻き込むように吹いた。
「さすが最新鋭だねえ。いじりがいがありそうなんだけど」
「だけど?」
「いや、パイロットがお前じゃ機体も損傷なんかありゃしないかってさ」
ドクはそういうとおりてきたパイロットをみた。
「久しぶりだな。アザミ。三年ぶりか? 変わってないな? 髪が伸びたくらい?」
「ショートカット好きじゃないの。残念」
アザミはそういうとヘルメットを小脇に抱えて歩いてきた。そしてあたりを見回しながら煙草を銜え火をつけると、
「レオナルドのバカガキはどこ?」
といってきた。
こちらも変わらないその態度に失笑する。
「先客もいるぜ」
「誰?」
その問いに一間置くと、ドクは渋面を作った。
「多分......お前が一番いけ好かない奴だ」
とだけ言った。