Episode 9 : Doctor stop



 どうして戦闘機に乗るのか。
 それを尋ねられたときがある。サーシャは尋ねなかった。確か尋ねたのは自分を教えた教官だったように思う。彼は飛ぶ理由を見つけておけ、と言っていたはず。その時レオナルドは答えが見つからなくて、かっこいいからともいえず、ただ国を守るためとかありきたりなことをいってしまったように思う。
 もともと飛ぶのにパイロットたちが理由をつけるものなんだろうか、と思う。そもそも軍隊にはいったのもやりたいことがなかったからだし、それはカテリーナやサリーも同じ理由だったろう。自分だけに限った話ではないはずだった。
 
 飛ぶ理由。
 
 それを見つけられない限り、それで悩む日が必ずくる。 
 

 
 
 

 LEONARDO -- Dark Horse
 009
 
 
 



 意識が戻ってから三日が経った。
 もちろん足が簡単に動くわけもなく、レオナルドはずっと部屋のベッドに座っているか寝ているかしかできていない。食事は三回、エミリーが持ってきてくれるので放置されて死ぬことはないようだった。
 手当ては彼女は慣れた様子でこちらの足のギブスを変えてくる。その間ずっと無表情でなにもしゃべらないので、レオナルドは彼女が辛い過去でもあるのではないかと思った程だ。
 ある日、耐えられなくなったレオナルドは夕食を持ってきた彼女に尋ねてみた。
「なあ、ここの主は誰なんだ?」
「ぬし?」
 意味がわからない、というよりはこちらの言っていることを半ば馬鹿にするような感じで聞き返してくる。はじめて彼女の表情らしい表情を見た気がした。
「ドクだけど」
「ドクね。そのひと......どこにいるんだ?」
「工房にいるよ」
「話って、できないのか?」
「それは、あたしじゃ駄目なこと?」
 そこで言葉が途切れる。確かに彼女でなければ駄目ということではない。単純にレオナルドは着替えさせられているので自分の持ち物や機体の現状を確認したかった。その問いを彼女にぶつけるのもどうかと思うから尋ねているのだが。
「その......」
 レオナルドは一旦言葉を切った。彼女はじっとこちらを見つめている。その視線を見返すのはなぜか幾許かの度胸と気合を必要とした。
 軽く肩をすくめて見せて大したことない風を伝えながら続ける。
「難しい話だからさ」
「へえ」
 再び彼女の眉がひそめられる。その所為で無表情だった顔に再び表情らしいものが浮かんでくる。
 軽蔑。
「ようするにこんながきんちょに俺のいうことがわかるのかと、そういいたいのね?」
「いや、あの」
「いいわ。ドクに伝えてあげる。で、何が聞きたいの?」
 呆然とする。
 空気を読んでなかった。
 エミリーに対して申し訳ない気持ちになりながらレオナルドは思っていたことを切り出した。
「俺の荷物と、着ていた服、どこにあるんだ? あと機体。いろいろ大切なものがしまってあるんだけど」
「工房にあるよ。荷物はよくわからないから、あなたのボスの名前を調べさせてもらって、それから機体のコクピットに放り込んである」
「出歩いちゃ駄目なのか?」
「いいと思うけど。多分ドク嫌がるよ。研究室とか入られたくないだろうし。外は治安悪いし。誰かに襲われたって叩けないでしょ。君、全然強そうにみえないし」
「......」
「なぁんだ、どんな難しいこと聞かれるのかと思ったら、あたしでも答えられるじゃん」
 最後の言葉に半ば傷つきながらレオナルドは足を見やった。とりあえず強いか強くないかよりあるけるかどうかのほうが重要かもしれない。
「これ、六週間もかかるのか?」
「さあ。目測だから。病は気からともいうから、もっと早いかも。ただ歩けるようになっても飛べるようになるのはもっとかかるかもしれないよ」
「ドク!」
「もー。わかった。伝えとくけどあのひと出不精だから。でてこないかもよ」
「わかったからせめて松葉杖かしてくれ。トイレぐらい君の手を借りなくても行きたい。あとシャワーあびたい」
 切実なレオナルドの言葉にエミリーがあからさまに嫌そうに顔をしかめて見せる。
「足折れてるのに? 面倒なことになってもしらないよ」
「いいから。そういえばここに有る本って読んでいいの?」
「むずかしいけど」
 きょとんとした顔でエミリーはこちらを見てきた。
「わかるならいいよ」

 ベッドの横には大きな本棚があった。おそらく全部で百冊はつんであるだろう。とはいえベッドに寝たきりのレオナルドが手を届くのは下から三段程度だ。
 エミリーが戻ってからそのなかの一つを手に取ってみる。タイトルからすると航空関係の書籍のようだ。
 整備について、戦闘機について、飛び方について。
 レオナルドはそれらに目を通し始めた。


 それからさらに三日、墜落から一週間が過ぎた日。
 レオナルドは床に足を下ろすと、壁に手をつきながら歩ける程度になっていることに気づいた。もっともエミリーが言うほど重傷ではないのだと思う。だいたい降りたときに足が折れているという感覚自体なかったのだから。
 大きく息を吸う。足を進めると痛みが強いのは左足で、右足も同じギブスに包まれているものそれほど痛みはない。重傷なのは左なのだろう。。
 窓際までいくと大きくカーテンを開けて窓を押し開いた。そこにあるのは浜辺。そしてベッドからは見えなかったが建物に隣接してある倉庫から続く長い道だった。それは眼前の通りに直結していて、脇に木製の塀がずっと並んでいる。
 広さも十分ある。滑走路として使えそうだな、などと思う。
 そのまま視線を下ろすと庭がひろがっていて、二つある倉庫とこのレオナルドがいる建物のまわりをぐるりと囲んでいた。それはかなりの広さの敷地で、それがおそらくドクの所有地なのだろうと予想をつける。
 上をみると青い空が広がっていた。大きく浮かぶ入道雲。あそこに飛び込んだらどうなるだろう。以前誤って入ったときは大きくバランスを崩してあやうく空中分解するところだった。
 雲があれば入ってはいけない。それは機体の設計技術が進歩した今であっても変わらない。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、後ろから声をかけられる。
「歩くと悪化するぜ」
 振り返る。つなぎをきたブロンドの男が立っている。若そうだが無精髭をはやしているせいか年齢不詳に見えた。
「ドク?」
「ああ、それでいいよ。レオナルド君。サーシャから話は聞いてる」
 彼はそういうとこちらに向かって松葉杖をふたつ投げてきた。それは床に跳ねてこちらに転がってくる。
「せめて歩くときはそれつかえ。そうすれば治りはちっとは早くなる」
 しゃがんでそれをうけとる。
「大佐と知り合い?」
「あいつとはパイロット時代から知ってるよ。電話で話した感じだと今もかわってないな。基地じゃうまくやってるのか?」
「ぼちぼち」
「ぼちぼちか。そんなもんか」
 そういうと彼は椅子をもってレオナルドの前にやってくると、こちらの腕をとってそこに座らせてくる。
 半ば強引にそこに座らされる。そしてこちらの右足をつかんでくると、彼はぐい、と関節どおりにまげてきた。
「痛いか?」
「いや」
「こっちはある程度平気か」
 そういうとその手が横にそれてこちらの左足に伸びてくる。その指先が触れた瞬間、レオナルドは足から背中を一気に駆け上がってきた激痛に顔を歪めた。眼前でその表情をみていたドクが小さく声をだす。
「ああ、こっちは駄目か」
 しばらく声にならずに息をつまらせていたが、しばらくしてからレオナルドは力を戻すと彼にむかって言った。
「痛い!」
「ああ。痛いところさわったからな」
 当然だとでもいうように彼は言ってくる。息をはくと松葉杖をよこしてきた。
「右はギブスいらないかもな。左は重傷かな」
「どのくらいで治りそう?」
「んー。一ヶ月半くらいか」
 思わず黙り込む。
「あんた何者なんだ?」
「ドクだよ」
 その答えにレオナルドは目を細めた。半眼で彼を睨みつける。
「最近の医者は戦闘機の面倒もみるものなのか?」
「俺は医師免許も整備士の免許ももってんだよ」
「なんで整備士に?」
「そこまで答える義務は俺にはねえ。俺もう軍人じゃねーし」
「もう?」
「ああ、いちいちうるさいやつだなあ」
 そういうとドクはレオナルドの右足のギブスを外してきた。そんな手で外れるものだったのかというのも驚きだが、それを外していいのかも疑問である。それはナイフをいれるとか、そういう動きではなく本当に手をあててどこかをいじればすぐ外れるといった、その程度のものだった。ある意味レオナルドにとっては驚きだった。
 上目でこちらを睨みつけながら彼は言ってくる。
「面倒みてやるっつってんだから黙ってみられてりゃいいんだよ。それともパーなのかテメーは」
 その台詞自体は半ばキレ気味だが、口調が静かなので聞いている方は余計に威圧的に感じた。とにかく怒らせてしまうと厄介そうな相手なので黙り込むことに決める。
「それじゃ、そういうことだから一ヶ月半ここで療養すること」
「それ、大佐が言ったの?」
 思わず尋ねてしまう。
「了解はもらってる」
 威圧的になにかいわれるかと思いきや軽くにやっと笑ってみせてくる。
「出歩いてもいいが、敷地から外に出るなよ。そのギブス、出たら音がなるようになってるから。一応」
 音が鳴ってどうなるのだろうか、と思ったが聞かないでおく。小さな機械でも埋め込んであるのだろうと手をのばすが触ると激痛なのでやめておいた。
 ドクの背中が扉の奥に消えていったのをみてから、レオナルドは息をついた。
 これからどうなるかが全く想像できない。
 



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