Episode 8 : Too Late



 屋上から空を見る。寮の屋上で煙草を口に咥えるとスコットはすっかり日の暮れた夜空を見上げた。昼間の雲はあっさり消え去り、今は夜の晴れ間が覗いている。
 レオナルドとサリーが予定時刻になっても帰還しないことはすでに伝えられていた。あの場所は無線が通じない特殊な磁場が発生しているらしく、あそこに飛んで戻ってこなかったパイロットは数知れない。ロウン隊、アビー・アンダーソンがいい例だ。今回さらに仲間の二人が加わった。
 思わずため息をつく。どうすることができるのだろうか。
「よお、リーダー」
 声をかけられたので上をみる。屋上倉庫の屋根に同僚のパイロットが座っていた。煙草を咥えているところを見ると彼も一服しにきたらしい。短い金髪のパイロットで、一応スコットの同期だ。
 話し相手がいたことに安堵する。そちらを振り向いて彼の名前を呼ぶ。
「テッド」
「あいつら、明日八時まで待って帰ってこなかったら、死亡扱いだってさ」
 そういうと彼は上を見た。
「あーあ。これで四人目かー。最近死人多いな」
「そうだな」
「シーナとホールいれると六人だろ」
「ああ」
 足をぶらつかせながらテッドは空に視線をやった。
「俺さ、この基地の雰囲気好きなんだけどな。なくなっちまうのは嫌だな」
「それはないだろ」
「だって、また誰かきたら仕事っぽくなっちまうじゃん」
「仕事だろ」
「そういう意味じゃなくってさ。こう、家族みたいな空気が好きってことだよ」
「ああ、まあな......」
 スコットは上を見た。しかたないのかもしれない。
「大切なものって、なんだろうなって話じゃないか?」
「なにが?」
 テッドが聞き返してくる。彼にわかるように説明するにはひどく難しい。
「ああ、だから......俺たちはなんのために戦うのかとか、そういう話」
「さっきスコットいってたじゃん。仕事だからだろ?」
「だろ? じゃあ仕方ないだろ」
 そんなことを言って見せる。もちろん自分でもよくわかっていない。
 死ぬのを目の当たりにしているうちに、それに対する悲しみが年々少なくなっていく気がする。誰かが死んでも、割り切った考え方ができるようになった分だけ前に進める、というような。
 煙草を大きく吸うと、スコットは煙を吐き出した。
 考えるのはあまり得意ではないのだ。
 正直な話。
 
 
 

  
 
 
 

 LEONARDO -- Dark Horse
 008
 
 
 



 目を開けると天井が見えた。
 浜辺ではない。
 白いシーツ。白い天井。白い壁。一瞬病院かと思ったが眼前には黒木で出来たアンティークの棚があったのできっと病院ではない。どちらかというと民家のレイアウトだ。その横に開きっぱなしになっている窓があり、わずかにはいる浜風がこちらの顔をなでていく。
 はあ、と息をつく。ということは誰かが自分を連れてきてくれたのだろうか。機体はどうなったのだろう。いろいろ頭を思い浮かぶ。
 上半身だけ起き上がると、自分の頭に手をあてた。とりあえず問題はない。それから着ているものが微妙に変わっている気がする。隣をみると自分のフライトジャケットが椅子にかけられて置いてあった。
 唐突に扉が開く。白い壁の先にあるのはこれも黒い木材で出来た扉だった。擦れる音とともにそれが右に開くと人影が入ってくる。
「やあ、お目覚め? お腹空いてる?」
 その手には盆を持っている。その上にはソーサーに乗ったコーヒーカップと小さな皿にサンドイッチが並べてあった。
 そこに立っているのは見た目十代前半の、前髪をきっちりそろえた長い黒髪の少女だった。恐らくレオナルドより十歳以上は歳が離れているだろう。だがその顔はこちらを見てくるとわずかに目が緩んだだけで、年相応の無邪気さの欠片も無い無表情を保っていた。
 ぽかんとそちらを見ながらレオナルドは口を開いた。
「......誰君?」
「ああ、紹介おくれた。あたしエミリー。ここの助手で、居候。ドクの友達。君はレオナルドでいい?」
 聞き取り辛いしゃべり方をする娘だ、とレオナルドは思った。カテリーナとはまた違うタイプと言っていいだろう。最後の問い以外にとりあえずなにを話すこともないのでこくんと頷く。名前を知っているということは持ち物を回収してくれたのかもしれない。
 すると彼女はこちらの前にやってくるとサイドテーブルを引っ張り、持ってきた盆をそこに置いた。乱暴というわけではないがどこか機会じみた所為にみえる。そして自身は隣にあった椅子を引っ張ってきてそこに座った。
「......?」
 なにも言ってこないので彼女の顔を見ていると、彼女もこちらを見返してきた。そして数十秒こちらを観察するようにみてくるとやがて口を開いてきた。
「お食べになったら?」
 どうやら自分のために持ってきてくれたものらしい。
「いいの?」
「君のために作ったから」
 そういうと彼女はちょうど横にある引き出しからガムを取り出して一粒口に放り込んだ。一瞬だけそちらに視線をやると、そのパッケージには『ニコチンガム』と書かれていたような気がする。
 とりあえずそれはみなかったことにしてレオナルドはありがたくサンドイッチをもらうことにした。一つをつまんで食べる。彼女をみながら食べるのも気まずいのでベッド正面の窓の外を見ることにした。
 しばらくものを噛む音だけが部屋に流れる。レオナルドが一つ目を食べ終わる頃彼女が口を開いてきた。
「何か聞きたいことはないの?」
 唐突すぎる質問。
「あるけど」
「じゃあ、お聞きになったら?」
 機械のような目でこちらをみてくる。感情がこもっているのかいないのか正直わからない。どんな育ち方をしてきたのだろうと疑問に思う。
 とりあえず一番気になっていることをぶつけてみる。
「ここは?」
「ドクの工房。君が墜落してたのが、そこの浜辺」
 そういって指で窓の外をさす。どのあたりをさしているのかわからないが、きっと歩いていけばわかるだろうと思う。
「俺の機体は?」
「ドクの工房。でも壊れてるし、しばらく動かないと思う」
「どのへんが?」
「一番ひどいのは翼。あとエンジンが銃弾うけてて冷却ケーブルがちぎれてる」
「それだけ?」
「あとはドクに聞いて。あたしはちょっとみただけだから」
 平坦な声音とイントネーションのせいでいまいち聞き取りづらかったがとりあえず自分を助けてくれたこと、機体がダメージを受けていることは理解できた。
 カップを手に取って口を付ける。紅茶だった。コーヒーが苦手なレオナルドにとってはありがたい。
 それをそのまま飲み干すと息を吸ってスーツを横に寄せる。
「よし、いかなきゃ」
「どこに?」
「基地に。いろいろ報告しなきゃいけないことが......ってうわ!」
 床に足をつけた瞬間レオナルドはつんのめって倒れた。と、続けて体を伝わってあがってくる激痛に顔をしかめる。みると両足に太いギブスが巻かれていて、がちがちに固定されていた。
 なんともなしにそれを眺めながらエミリーが変わらず無表情で言ってきた。
「無茶な着地したでしょ? ブレーキ踏んだときか降りたときかどっちかわからないけど、足の骨に皹が入っている。早くて全治六週間、かな」
「はあ?」
「ごゆっくりどうぞ」
「困るよ!」
 彼女が示してきた数値に絶望的なものを感じながらレオナルドは叫んだ。
「そんなこといわれてもね。実際君の足は折れてて、機体は壊れてる」
「バスとかでてないの? ここは」
「外にでればわかるけど、ここは治安悪いからあまり外でないほうがいいよ。国もほとんどみてないし」
 つまりバスもタクシーもでていないということだ。彼女を見上げながらレオナルドは小さく言った。
「俺はかえりたいんだけどさ」
「まあ、ゆっくりしていってね」
 無表情でそんなことをいってくるとエミリーはこちらをおいてそのまま扉に向かって歩いていってしまった。その所為ほとんどレオナルドには興味がないようだった。
 なす術無く彼女の背中を睨みつけるが、かといってどうしようもない。扉が無機質な音とともに閉められると同時に、レオナルドは舌打ちとともに大きく嘆息した。
 とりあえず寝返りをうつ。動けないのではなにをするわけにもいかない。
 どうしようもない。
 胸の中に残ったままの気持ちが、切なくてたまらなかった。
 

 ++++

 どうしようもないことを恨むのをやめたのはいつのことだろう。数年前? 十年前? もっと前かもしれない。サーシャは手元の書類とコンピュータのディスプレイを交互に眺めながら机を指で弾いた。
 今のところ人員は間に合っている。が、レオナルドとサリーをやったあの場所はなんとしてでも攻略しなければならない。エリア65の連中に任せるよう進言してもよいがそうすれば自分の説明責任を問われるだろう。
 上を向いてぼんやりと考え込む。と、しばらく間をおいてから電話が鳴った。
 普通ならすぐとるところだ。だがサーシャにそれを一つ戸惑わせたのは、それが悪い知らせだというのを直感で感じ取ったからかもしれない。
「65です。オペレーター?」
『やあ、サーシャ。俺だ。誰かわかるか?』
 その奥から聞こえてきた声に、思わずサーシャは眉を潜めた。椅子の背もたれをできる限り後ろに角度をあげながら、天井に視線をやる。
「あんた」
『よぉ。七年ぶりか? パイロットは引退したのか?』
「......」
『俺は元気でやってるぜ。そっちは人が不足してて大変そうだな。やんちゃだったお前が指揮官なんて、空軍もよっぽど人手が足りないんだな』
 目にかかってきた前髪をはらうと大きく深呼吸した。相手にわかるように音に出して息を吐いてみせると短く声を出した。
「何の用?」
『どうせ盗聴されてるんだろうから単刀直入に言う。お前の部下の一人を預かってるんだ。機体も、荷物も一緒だ。とりあえず軽傷みたいだが足を傷ついてて立てないみたいだ。機体と部下がなおるまで面倒みる代わりに金が欲しいんだが』
「あんたが折ったんじゃないの?」
 そういうと相手は受話器の向こう側で大きく笑ってきた。
『そんなことはしないさ。だってあんたの大切な部下だもんな? 娘は元気かい?』
 その質問にサーシャは口元の笑みを消した。
 しばらく間をおいてから答える。
「ええ」
『そうか。そいつはなにより。で、どうする?』
「払ってもいいわよ。ちょっと上に確認だけしたいのだけど」
『ああ、もちろんだ』
「名前は?」
『カー少尉』
「ひとりだけ?」
『ああ』
 ふたたび間。唾を飲み込みながらサーシャは天井に視線をやった。サリーは死んだか、行方不明か。それこそエアプロの人質だろうか。
 どちらにしても、よい結果にはならない。
「確認するから少し待って」
『ああ』
 手元の電話を保留にすると、サーシャはコンピュータのキーボードに番号を打ち込んだ。自分のパスワードを入れた後空軍本部の番号を呼び出して上につなげる。
 数回のコール音の後、
『本部です。オペレーター?』
「65のノースランドです。次長につないでくれる?」
 しばらく間を置いてから相手が出てきた。
『やあ、サーシャ』
「おひさしぶりです。次長」
 彼の声になるべくビジネスライクに振る舞おうとしながら、サーシャは大きくいきをすうと無表情で自分の向かい側にある扉を見つめた。
「実は...」
 事情を説明しながらふと思う。当たり前のことなのに。
 色々割り切りながら生きていくのも難しいものだと、そんなことを考えた。



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