自分の横を過ぎる景色に目を奪われることなく、車を運転しながらレオナルドはふと考えた。このまま手ぶらでいくのもどうなのか、という思考が頭をよぎったからだ。だが困った事にどうするべきかがわからない。聞くと果物か花あたりが良いのだろうが、一人で誰かを見舞いに行くという経験がないレオナルドにはなにを持っていくのがよいのかはよくわからなかった。
このエリアは地元ではない。その上生活は基本的に基地の中の寮で行っているので友人の家に遊びにいくということもない。サリーは外部に恋人がいるようだが、レオナルドはそういった相手もいるわけでもないので外にでかけることもない。入院する程の怪我をするような仲間は大抵の場合死亡しているか中央の軍専用病院に搬送されることが殆どなので仲間を見舞うといったこともない。家族も遠方なので見舞いにいける距離ではない。大人になってからずっとこのエリアに勤務しているレオナルドにとって初めての経験である。
病院がある小さな町にはいる。そこは基地から東へ十キロ程度の場所にある、人口八千人程度の町だ。かといって施設が揃ってないかと言えばそうでもない。また基地から丁度よい場所にあるので訓練に使われたりもする。
軍用のジープに乗っているせいか町中では浮いているのを自覚したが、周囲から向けられる奇異の視線は無視することにする。シーナに買っていくのは何が良いか迷ったが、しばらくいくとフラワーショップがあったのでそこの前に車を停める。別に果物でもよいのだが花屋が先に見つかったのでそこにすることにした。
車を降りて店のガラス越しに飾ってある花を眺める。この場合どれを贈るのが正しいのかわからない。それもそれで問題なのかもしれないが。
さて、花束にするか。それとも鉢植えがいいか。花束だと色々面倒かもしれないので水をやるだけでいい鉢植えにしたほうが親切なのだろうか。
そんなことを考えていると後ろから声をかけられる。
「レオ」
振り向く。思わず目を見開いた。
「何してるの? どうしてここにいるの?」
カテリーナ、と言おうとして口をつぐんだ。彼女が別人ということを未だに認識せずにはいられない。この場で突然会うとなおさら毎日会っていた同僚のことを思い浮かべてしまう。
「見舞いにいこうとおもって。花買いにきたんだ」
「そうなの。友達?」
「そんなとこかな」
彼女は仕事中ではないらしくカットソーにジーンズの普通の格好だ。指の部分を切り落とした肘まで包む長い手袋をしていた。
「君は?」
「家に飾る花を買いにきたの。あれ、ひとり?」
「うん」
「あたしでよければ選んであげるよ。これでもお花そこそこ詳しいから」
予想外の申し出に虚をつかれる。その時自分は間抜けな表情をしていただろう。
「ホントに?」
「うん」
「仕事じゃなくて?」
思わず聞き返す。彼女は口に手をあてて笑ってきた。
「へんなの」
LEONARDO -- Dark Horse
003
店の中に入って、とりあえず見繕ってもらう。レオナルドは花の種類なんて興味なかったので、彼女に殆ど任せてしまった。
途中彼女は顔をあげるとふと尋ねてくる。
「ねえ、友達ってどんなひと?」
「え?」
「これからお見舞いいくひと」
カテリーナの顔でそう尋ねられると逆に返答に困ってしまう。分かってるだろう、と答えたくもなる。だがそれはこちらの感情の問題。
「癖っ毛のブロンドで......目が青くて」
「うん」
「普段冷静なのに、なにかあるとすぐキレるようなひと」
すごく冷たい怒り方をしていたような気がする。でも、こちらのやることはきちんとお礼は言ってくれることを思い出す。
「ふーん。情熱的なのかな。そのひと」
「さあ。どうなんだろ。なにかあると『別に』っていうから、そうでもないのかも」
彼女の顔を思い浮かべながらそんなことを答える。更に言えば病院で横になっている彼女のことも想像できないわけだが。正直初めて出会った時の態度やその後の自分に対する接し方をみるに、シーナにその言葉は似合いそうもなかった。
赤い花を彼女は一本手に取った。それはそういう意味なのだろうか。だとしたら指摘するべきかレオナルドは考えたが、すぐにやめた。
花言葉を知らないレオナルドには、その花束の持つ意味がよくわからなかった。
買い物を済ませたのち二人で店を出る。
「ありがとう。助かったよ」
「いいえ。どういたしまして」
お礼を言う。彼女自身も自分の買い物を終わらせていて袋に入れていた。
車のドアを開いて助手席に買ったものと荷物を入れていると、後ろから声をかけられる。
「レオ、もうまっすぐ病院行く?」
そちらを背中越しに振り返る。彼女の荷物は袋に入った花束だけだ。
「そのつもりだけど、なんで?」
「丁度お昼じゃない。もしよかったらご飯どうかなって。仕事中でも、ご飯ぐらい食べれるよね」
「仕事なら勘弁してよ」
そう返してやる。すると彼女は小さく笑ってみせてきた。
「あのね、あたしだってそんなしょっちゅう意識して男の人と接してるわけじゃないのよ」
「そうなの?」
「うん。当たり前じゃん」
とりあえず財布とモバイル、それから貴重品を適当にポケットにしまう。彼女のほうに向き直り、両手をあげて自分の着ているものを指し示す。
「俺、この格好できちゃったから。あまりその、高いところはむりだよ」
「高いところ?」
「ほら、ネクタイとかしなきゃいけないようなところ」
「あんなところは売れっ子のひとがいくところだよ」
こちらの言葉に彼女は笑って言ってきた。なんの売れっ子だろう、と考える。そもそも彼女の世界で言う売れっ子がどれだけの客を取る人のことをいうのかレオナルドはわからない。
「車で行く?」
「そうね。乗せてもらってもよい?」
後ろのジープを振り返る。とてもでは無いが女性を乗せる車ではない。シーナやサリーは乗っていても全然違和感が無かったが、こうして一般の、普通の格好をした女性を乗せるとなるとかなり場違いな気さえする。
「うん。いいよ。ナビよろしく」
彼女を乗せてしばらく走ったところにその店はあった。見る限り普通の円形の建物だが、地下にもぐる階段があってその前に木製の扉が着いていた。そこに掲げられたプレートに『Open』と書かれている。
彼女がこちらの先にたって歩いていったのでレオナルドもそれに続いた。扉の横にメニューが書かれた小さなボードが立っていたのでそれをみる。ランチタイムらしく手頃な値段の料理が書かれていた。
これもまた木製の螺旋状の階段を降りていくとそこには細長いカフェになっていた。手前が厨房と向かい合う形のカウンタと、通路を挟んでテーブルが並んでいる。まだお昼時になって間もないせいか客は殆どいなかった。
「マスター」
彼女が叫ぶと厨房の奥から一人の女性が出てくる。彼女がどうやらマスタのようだった。こちらを見てくると
「いらっしゃい。今日は男の子連れ?」
「お友達。二人なんだけど」
そういって彼女はマスタに向かって人差し指と中指を立てた。二人で席に座りたいという意味だろう。
それにマスタは頷くと奥のテーブルを指し示した。
「好きな所にすわりな。奥のテーブルも空いてるし」
すこし男性ぽいしゃべり方をするひとだな、とレオナルドは思った。もちろん今の一言でそう思っただけで、特に根拠があるわけではない。
二人で席について注文を聞きにきたマスタに適当に料理を頼んだ。レオナルドは海老とバジルのパスタ、彼女は魚のフライのセットを頼んだ。その魚がなんなのかはよくわからなかったが恐らく北海でとれるものだろうと想像をつける。
この状況をただみれば女性と食事にくるいつもどおりの光景だが、思わず先日サリーから言われた言葉が頭をよぎった。もちろん考えても仕方ないことはある。が、聞かないとどうしようもないことだってあるものなのだ。
「あのさ」
レオナルドが口を開くと彼女はこちらを見てきた。なにを尋ねるべきか悩んだが、その右手に煙草の箱が握られていたのでそれを見やる。
「煙草、肌、荒れるよ」
「気にしないもの」
くすりと笑いながら彼女は一本口にくわえて火をつけた。斜め上に向かって煙を薄く吐き出してくる。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「いや、別に。女の人の煙草はよくないって話を聞いたから」
「そうなの?」
「妊娠できなくなるとかさ」
「それはそれは」
こちらのその言葉に彼女はわずかに笑ったようだった。テーブルに肘をついてこちらに顔を近づけてくると目を細めて言ってくる。
「あたし達には酷な言葉ね」
「そうなの?」
思わず聞き返してしまう。だが聞き返してからレオナルドはその言葉の意味を理解した。それを感じ取ったかどうかは分からないが、彼女は無言で軽く肩をすくめると灰皿で煙草の灰を落とした。
レオナルドは身を乗り出して出来るだけ小声で口を開いた。
「今更な質問してもいい?」
「どうぞ」
あっさり促してくる。それがどんなものなのか、彼女が理解しているのだろうか。
「名前、なんていうの」
「名前?」
対して驚いたふうでもなく彼女はそう聞き返してくると逆に質問で返してくる。
「どうして?」
「いや、その」
その問いに今度はレオナルドが返答に窮する番だった。しばらく間を置いた後正直に答える。
「うちの同僚がね、『お前は名前もしらない女とヤるのか』だって」
「ああ、成る程ね......。誰がいったの?」
「言ってわかる?」
「空軍の基地の人でしょ。たまにくるよ。お店に来ているの、みたこともあるし」
確かに場所的に基地の人間の何人かが通っていたとしても不思議ではないが、それもそれで奇妙な気分になる。知っているかどうかは微妙だがとりあえず名前を出す事にした。
「サリー。サリー・アンダーソンって知ってる?」
「うん」
「あいつ」
「確かに言いそうかも。ショートカットのあの子でしょ。かわいいよね。性格変だけど」
サリーは彼女の店にいくことは無いにも関わらず、話したことがあるのかのように言ってくる彼女にレオナルドは言葉に詰まる。だがそれは確かに言い当て妙だった。
「まあ......ね」
「今度結婚するんでしょ。おめでとうって言っといてよ」
突然でたその言葉にレオナルドは心臓をわしづかみにされたような気分になった。
「なんだよそれ。誰から聞いたの?」
「サリーの彼氏かな。時々あたしのところにくるよ」
「くるって......仕事中?」
「うん」
唖然とする。
「驚いた? 結構いるよ。そういうひと。恋人とうまくいかないから、とか奥さんとうまくいかないから、とか言っているけれど。結局みんな別な吐き出し先を見つけたいだけなんだよね。そういうの内緒で話した後、最後はいつも元の相手のところに戻ってくの」
「経験談か?」
「まあ、そうかもしれないね」
そこでレオナルドは見事に話題をずらされているということに気がついた。
「名前は? 教えてくれないの?」
こちらのその問いかけに彼女は笑顔をみせてきた。
「あたしと三回遊んでくれたら教えてあげる。あとサリーの彼氏の話は内緒ね。ばれたらあたしのお客減っちゃうから」
真面目な顔でそういう彼女に半眼を向ける。
「仕事で?」
「ううん。プライベートで」
話しているとレオナルドはなんかおかしな方向に誘導されている感覚がした。そうこうしているうちに料理が運ばれてきたので身体をひいた。緑色のソースがかかっていて不思議な感じがした。
「お先にどうぞ」
笑いながら彼女が言ってくる。それに向かって小さく頷くとフォークを手に取ってパスタをフォークでまいて口に入れた。うまい。
こういった人と会う仕事をしている人間と、プライベートで食事をするというのがとても不思議に思えた。それが友達だからというのならともかく彼女にとっては仕事上の関係でしかないだろうに。
その顔をみる。化粧っ気がなければカテリーナそのものだった。
会計を済ませて外に出ると彼女は持っていたハンドバックをぶらぶらさせておおきく伸びをした。
「ああ、いい天気。こんなときこそお散歩したいよね」
「すればいいのに」
入り口の木製の扉を押しながら彼女の背中に声をかける。彼女はこちらを振り向いてくると軽く笑ってみせてきた。
「あたしにとっては、今のご飯は晩ご飯みたいなものだもの」
成る程ね、と納得する。要するにこれから帰って眠らなければならないということなのだ。それが辛いかどうかはレオナルドはわからない。そういった生活を享受しているのもなにか理由があるのだろうが。
「それじゃ、またねー」
「ああ、うん」
彼女は手を振って歩いていってしまう。あっさりした別れ方だったので拍子抜けてしまった。
「あ、名前......」
自分は彼女の連絡先もしらないのだ。こうなると再び話すにはまた店にいってやるしかない。それを狙っていたのかどうかは分からない。いまここで追いかけていってもいいがそうする気力もない。
「ま、いっか」
小さく自分を納得させるように呟いてから顔をあげると目の前はすでに病院だった。この町に入院施設がある巨大な病院はここしかないはずだから、恐らく見舞いにいくという言葉を聞いた時点で彼女は故意にここのカフェを選んだのだろう。
頭が良い女性だ、と思う。あれくらい気が回ればどこに行っても人間関係で苦労することなどないだろうにと思う。
車に戻って買った花を持ち出すと、レオナルドはシーナがいるであろう病室の番号を控える。
「よし」
久しぶりの再会だ。
半ば心を踊らせながら病院に向かって歩を進めた。