上から急降下。
アザミが放った機銃は対空砲の弾雨をくぐり抜け、その砲台の根元に命中した。
弾丸を供給している先にあたったのか大きな爆発が起きる。
顔を出している対空砲は掃討した。残りは三基か。
それらはもはや適当に弾を乱射しているといっていい状態で、その敵の飛行艇に秩序が存在しているようには見えなかった。とすると......
(脱出?)
静かにそう思う。そもそも脱出した人間などこのスピードの中ではアザミの機体からは補足できない。
高度はどんどん下がっていき、このまま進むと平地に着陸する。
海岸線の道路を閉鎖する事になる可能性が高い。
「プライム、聞こえる?」
『ストルウェルだ。ディーノ、無事か?』
「ええ。ただ、敵機がこのままいくとラインの先にある道路に不時着するけど」
『名前を教えてくれ』
レーダーに映し出された番号と国道の名前を読み上げる。ストルウェルの呼吸の音が一瞬だけ聞こえたがそれにはあえて触れないようにする。
『すぐに閉鎖する。近辺は平地だな』
「そう」
『そこに着地しろ。ストロークの足なら大丈夫だろう』
「了解」
手元を見る。操縦桿を握る手が震えている。
見なかったことにして先をとぶ飛行艇に目をやった。
揺れながら高度を下げていくそれを見ながら、アザミは眼下の陸地を見た。
息をつきながら、ピッチダウン。
アザミはレバーをあげて、スポイラを展開した。
まだ先に行く。
その飛行艇の対空砲はすべて破壊した。
なにも、なにもできないその機体はゆっくりと、だが確実に地面に近づいていた。
もはや自分をコントロールする力も残っていないようだった。
アザミもスロットルをゆっくりと下げる。
速度を緩めながら山岳地帯を抜けた先を見る。
肌色と緑色が入り交じった平原を横切るようにアスファルトの道路が走り、その向こう側は海岸が広がっている。その先は海だ。今は、黒い空と黄色い月だけがぽっかり浮かぶ海。
敵機が落ちる。
山に機体の腹部を削るように。
その飛行艇はゆっくりと、山の斜面を下るように地面を落ちていった。
土煙がたち、そして木々を押し倒しながら。
国道を完全にふさいで、それは動きを止めた。
アザミはその周りを軽く一周まわると、その近くにめがけて機体を降下させた。
国道は近辺の基地によって既に閉鎖されたらしく、車は一台も走ってこない。ストルウェルの指示はすぐに伝わったようだった。
速度を落としながら地面にふれる。
地面に触れる衝撃が伝わってくる。
しばらくそのまま機体を走らせた後、平地の上に停止させた。
完全に動きが止まった事を確認した後キャノピィを引いて開き、アザミはヘルメットを外した。続けて身体をシートに縛り付けていたベルトを外して酸素マスクを横に投げ捨てる様に置いた。。
大きく息をつきながら身体の緊張を解いてゆく。飛ぶ事は慣れたが今回は心情的に辛いものが多いフライトだった。しばらく目を閉じて深呼吸した後、空を見上げる。あたりはまだ暗い。
もうずいぶん経ったような感覚がする。
ふらつきながら機体から降り、アスファルトに降り立つ。が、その瞬間膝が曲がってアザミは倒れてしまった。手をついて立ち上がろうとするが、力が入らない。
前方には煙をあげた敵機が見える。百メートルほど先か。
確認に行かなきゃ。
「......ん」
だが、身体は言う事をきかなかった。
仕方ない。
色々考えても仕方ないものは仕方ないのだ。
たくさんのものを失った一夜だった。
人生最悪のフライトだっただろう。
考えはじめればきりがなかった。
「......もうやめよ」
なにをすることもなくそうつぶやくと、全身の力を抜いた。
どうしようもないことは、あるものだ。
「ああ、終わり終わり。はーあ」
撃墜されたわけでも負傷した訳でもないのに、体に満ちる疲労感からやってくる睡魔に身を任せるのは、どこか心地よかった。
いつしか、アザミはその場で眠りに落ちていた。
++++
「体調はどうだ?」
「......」
目を開ける。ぼんやりした視界の中に見知った顔が映っていた。茫洋とする意識をたぐり寄せるように取り戻すと目の前の人間の顔を見た。
苛立つわけでもなく彼は続けて聞いてきた。
「体調はどうだと聞いてるんだ。大丈夫か?」
「......つかれた」
顔を覗き込んでくるストルウェルを押しのけてアザミは身体を起こした。どうすることもできないなにかを振り払うように頭を抑えると、周囲を見回す。
車に乗せられていたようだった。それが軍のものだと気づいて安堵する。
小さく息を吐きながら横にいた彼に尋ねた。
「で、どうだったの?」
「なにが?」
「あの、機体」
「ああ......誰も乗ってなかったよ」
そう答えるとストルウェルは窓越しに飛行艇を見やった。銃を持った特殊部隊の隊員たちがその周りを歩き回り、確認作業を行っている。
視線はそのまま彼が続けてきた。
「操縦室にばらばらの遺体がひとつ......でも焼けただれてたから誰かはわからないね」
「誰?」
「持って帰ってDNA鑑定でもすればわかるけど、ここじゃ無理だね」
予想通りのその科白に小さくため息をつくと、アザミは首をならした。少し疲れているが動けないほどではない。
しばらく黙り込んだ後ストルウェルにむかって尋ねた。
「車借りても良い? 家に帰りたい」
「かまわないよ。機体はこっちで回収しとくから。ゆっくり休みな。ただ、明日時間通りに基地にくる事」
そういうと彼は運転席を降りた。アザミがそちらにうつるとストルウェルは懐から取り出した鍵をよこしてくる。
「居眠り運転しないように」
「わかった。大佐」
そして手を額にあてて軽く敬礼する。ストルウェルはアザミにため口を聞かれるのはもう慣れたとばかりに肩をすくめてきた。
エンジンをかけると、アザミは車を発進させた。
++++
しばらく進むと、道の真ん中に人が一人、親指を上にむけて立っていた
近づくにつれて、その人間の顔が見えてくる。
車を止めるとアザミは相手を睨みつけた。
「あんた、なんのつもり?」
「別に。クロスフォードまでいきたいなと思って」
悪びれもなくそう答えると、Dは相変わらずの人懐っこい笑みを浮かべてきた。
「安心してよ。もう君や空軍は俺のターゲットじゃないから」
しばらくその顔を睨みつけると、アザミは肩をすくめた。
それを許可のサインと取ったのか、Dはドアを開けて助手席に乗り込んでくる。
「ありがとう。助かったよ」
再び発進。夜の道をひたすらまっすぐ走っていく。
アザミは前方をみつめ、助手席の方は振り向かなかった。もし彼が今ここで銃を引き抜き、自分の頭を撃とうとしたらなにもできないだろう。
だが、そんなことを考えながらも思考回路は冷静だった。
その理由も明確ではない。
もしかしたらもう死んでも良いと考えているのかもしれないと思いながら一瞬だけ彼に視線をやる。Dはおとなしく窓の外を眺めていた。
「ねえ」
「ん」
「あんたの雇い主は、死んだ?」
「ジェイ?」
「名前は知らないけど」
「ああ、死んだよ。エバンテに殺されたってきいた」
その言葉にアザミは眉をひそめる。
「あいつはあんたたちの仲間じゃないの?」
「さあ、違うんじゃない? フリーとは聞いてたから俺みたいに雇われたのかもしれないし。そのへんは俺もよくわからない」
「なんでわからないの?」
「なんでだろうね」
彼がわかっているようなわかっていないような口調で続けてきたので、アザミは口を閉ざした。車の中が気まずい空気になったのを察したようで、Dが続けてきた。
「つまりさ、俺たち傭兵ってのは、派遣社員みたいなもんなんだ。雇い主がもらった仕事をこなして報酬を得る。だけど仕事をくれた雇い主が死んじまったら金は手に入らない」
「そうね」
「よく知らないけど、連中の別な派閥でエバンテは雇われたんだと思う。推測だけど」
「そういうもんかしら」
軽く息をつく。ステアリングを握っている右手を見ながら、アザミは息をついた。
操縦桿を握っていた手だということを意識する間もなく。
「そういうこと。てなわけでこの件はもう終わりかな。金はもらったし、しばらくは何もしたくないな」
大きくのびをして彼は車の屋根を見つめた。ふと気になったので尋ねてみる。
「てことは、政治家何人か殺してたのも、あんた?」
そこでしばらく沈黙。答えを模索しているような間を置いて、Dは口を開いてきた。
それまでとは違う慎重な口調で、
「それはジェイが依頼した別の暗殺者じゃないかな」
「あんたじゃないの?」
「さあね。誰のことかよくわからないから答えようがないかな」
否定とも肯定ともとれる言い方で彼が濁してくる。
「あたしたちの前任者を撃ち落としていたのはエバンテ?」
「んー。よくわからないけど雇われてたならそういうことになるんじゃないかな。エアプロは前からあの水爆ほしがってたからね。あ、これ録音してる?」
「してない」
「よかった。してたら君を殺さなきゃいけないとこだった」
「本気?」
「んー、半分ね」
「結局ダイヤはどうなったのよ」
「ミラーが持ってったから、破棄されたんじゃない?」
全く読めない口調ですらすらとしゃべる彼を見ながら、アザミは彼を乗せた事を後悔していた。が、ここまでくれば手遅れだろう。
話の流れから推測するに、やはりアビーを撃ち落としたのはエバンテだったのだ。だからシーナは激昂して彼に向かっていった。
そして、敗北。
あまりにも残酷な話だった。
リベンジしようとして敗北するのは信念をへし折られるのと同義だ。
「あんた今回依頼ダブルしてたでしょ」
「まね」
なんでもあり?
口の中だけでそうつぶやくと、アザミは車を走らせた。
「馬鹿みたい」
「なにが?」
「色々。あんたも」
「今回はマジしんどかったけど馬鹿だったとは思ってないよ」
「あんただけじゃないからね」
「なにが?」
「おばかさんが」
「どういう意味さ?」
「"馬鹿につける薬はない"」
前を向いたままアザミはゆっくり、しっかりとした発音でDに聞こえるように言ってみせた。それをきいてどこか困ったように彼はそっぽをむいて頭をかいた。
「はあ。そうですか」
「そういうこと。飛ばすよ」
「ご勝手に」
その返事を受けるやアザミはアクセルを踏み込む。
二人を乗せた車は静かにオールドクロスフォードへと向かっていく。
その後ろを、黒い車が静かについていった。