episode 21: Please die for him...




 結局の話。自分は運が良いのだと思う。
「よお、生きてるか?」
 彼はこちらの顔を覗き込みながらそういってきた。
「俺だよ。しかしお前もラッキーだな。何回撃墜されてんだ。あたりどころがいいのか悪いのか。適正あるんだかねえのか。にしては 危険なとこ放り込まれてるから微妙なんだけどな。もうちょっとあいつらもお前のことを理解したほうがいいかもしれないな」
 そういうと彼はナイフを取り出した。やや乱暴にこちらの身体を締め付けていたシートベルトをそれで切り裂くと、あちこちへこんだ機体からこちらの肩を掴んで引っ張り上げてきた。
 そのまま引きずるように地面を移動する。着地の衝撃で痛んだ手足は自由に動かせない。相手の腕を振りほどくだけの力もない。
「くそ、重たいな」
 なにをいまさら、と思う。
 だけどどうすることもできない。前方をじっと見つめながら、クーは息を吐いた。
 口の中を切っていた。口の端から血が流れる。
 眼前の暗闇は、どこまでも続いていくようだった。










 
 眼前のポイントは六つ。
 偵察機集団三機が送ってきたポイントがエリア37にはある。
 ポイント1・前線基地。二つ。
 ポイント2・対空エリア。二つ。
 ポイント3・中継基地。一つ
 対空エリアは扇状の土地の隅に二つ。前線基地は扇の頂点に等間隔に位置する。
 その三つのポイントを十字で結んだ形の中心が中継基地。

 最後が扇状の土地の下の部分にある最終拠点。
 ここを爆撃、破壊することで今回のミッションは完了となる。
 だが。
「ちょっとラプター、待ちなって」
 もはや返事は返ってこない。アザミは嘆息するとそのまま前線基地に向かって急降下。
「プライム、予定を変更する。前線基地をあたしが爆撃。その後ラプターに合流して敵機を迎撃する」
『今の時間での戦闘は予定に入っていない』
「敵戦闘機二機に誘導させられたわ。今あたしたちはエリア37にいる」
『ポイントを』
「090-37-00-01。エリアにはいった。やってやるか」
『迎撃と目標の爆撃を許可する。レーダの情報を』
「レッドウェアウォルフ04。ストルウェルを出して」
 機械音声に対して苛立っても仕方ない事は分かっていたのでアザミは無線を切り替え、ストルウェルを呼び出した。操縦桿を握る手に思わず力が入る。
 しばらくしてからストルウェルが出てきた。
『状況は最悪一歩手前ってところか』
「ラプターは精神薬でも飲んでるの?」
『それは問題にならないな。相手が誰かわかるか?』
「ホールって知ってる?」
『ホール......ああ、エバンテだ。昔軍にいたエースパイロットだな』
「そいつが敵側にいる。レッドウェアウォルフの新型に乗ってね。性能差でこっちが負けてなければいいんだけど」
 向こうが黙り込む。アザミは頬をゆがめながらさらに操縦桿を強く握りしめた。皮のグローブの擦れる音が聞こえる。
 苛立ちが抑えられずに言葉を絞り出す。
「なんか言ったらどうなの」
『戦争中は何事だって起こりうるってことだ』
 静かにそれだけを伝えてくると彼はため息をついたようだった。
『ディーノ、ラプターの支援を。ポイントの爆撃は後続のチームに任せ、君はエバンテと敵機との戦闘に集中すること』
「対空エリアは」
『避けて通れ。最悪爆撃を許すが無茶はするな。幸運を』
 無理を言いやがる。歯ぎしりしながらスロットルを押し上げる。
 速度をあげる。
 駄目だ。やっぱり駄目だ。
 自分は冷酷になれるのか。
 それを口の中で噛み締める。スロットルを押し上げる。
 機体が速度をあげていく。
 遥か彼方に見えるラプターとエバンテの光を捉える。
 アザミは飛んだ。
 飛びたいから飛んだのか。何かをするために飛ぶのか。
 手段のために目的を選ばないエースパイロットだった自分。
 それがもう変わっていることに気づくまで時間はかからなかった。
 レーダーの示す通りに飛ぶだけで彼らに追いつくことはできた。
 前方に光る二点目掛けて速度をあげる。
 シーナの機体がホールの機体の後方につけ、一定の距離をあけたまま二機は山岳地帯に入っていく。
 そこを超えれば最初のポイントになるが、シーナがそれを気づいていないわけはないだろう。アザミは彼女の斜め後方につくと通信をいれた。
「ラプター、落ち着きなさい。そのアホに殺されたいの?」
『誰にものをいってるんだ?』
 だがシーナより先にホールの返事が先にかえってくる。盗まれていることに呆れて声も出ない。とりあえず息をつきながら彼を無視し、シーナに向かって続けた。
「いい? ラプター。ホントはここであたしが相手を追ってあんたが止める予定だったの。なのにここであんたが焦ってどうすんの。死ぬよ。マジで」
『黙って、ディーノ』
 低い声音。シーナはやはり我を忘れている。
『あなたには関係ない』
「クーが死んだんだから関係あるっていったじゃん」
『そうじゃない。私とアビーとエバンテのことに、あなたは関係ない』
 小さくそういいきると、彼女は速度をあげた。相手に聞かれているのかわからない。
 アザミは自分の中で、暗い感情に火がついてゆくのを感じていた。
 ああ。
 アビーか。
 どうしようもない。アビーはシーナの恋人だ。
 どうしようもなさすぎる。彼女の憤りも真っ当だろう。
 その感情を察するとアザミは頬をゆがめた。
 その事実はアザミの心に影を落とした。
 任務の前々任者だ。シーナの落胆は察するにあまりある。
「わかった」
 息とともにそう呟き、スポイラを展開。
 高度を落としながら前方を見やる。レーダーに映った数字をみて、やれやれとかぶりをふるとアザミは通信機のスイッチをいれた。
「前線基地通過。爆撃は不可能。味方機が着くまであと二百四十秒......と」
 速度をあげる。スロットル、アップ。
「プライム、これより戦闘に入る。ラプター、ディーノはポイント090-37-00-02に突入します」
 レバーをあげるとウイングを広げる。
 シーナは何も言ってこない。
「ラプター、何かある?」
「何も無いわ。報告だけ、よろしく」
 その台詞を鼻で笑うと、アザミは口元をゆがめた。
「汚れ役は本職じゃないんだけど」
 いくつかレバーを押し上げた。レーダーに敵機の数が映る。
 スロットルを全開。エバンテに迫る。
「戦闘開始」
 眼前に彼がいる。
 最強のエースパイロット。
 その相手を前に、機銃を握る手がわずかに震えている。
 負ける訳にはいかないのだ。
 パイロットとしての矜持か、それとも戦闘に対する興奮か。
 戦闘狂になっていることにアザミは気づく時間もなかった。
 その矛盾は全てを壊してしまいそうで。
 だが、高揚感が今は勝った。
 小さく言い放つ。
「いくよ」
『来な』
 笑うような、哀れむような。
 エバンテのその台詞に続いてシーナの機体が速度をあげる。
 七時方向から敵機。二機。
 エバンテとはシーナが決着をつけたいだろう。とりあえずそちらは後回しにする。
「死ね」
 小さく呟く。
 だが雑魚にうろちょろされたのでは標的を狙うこともできないのでそちらをはじめに掃討する。
 フラップアップ。
 シーナとエバンテの下を通り抜けると二機が近づく。
 敵機がミサイルロック。接近してくる炎の線目掛けてこちらもミサイルを放つ。
 途中で爆発。
 そこでアザミはかく乱フレアを放った。
 機体をロールさせてからエレベータアップ。
 高度を少し稼いだところでバレルロールを描きながら前方の二機に接近。
 そこで機銃を放つ。弾痕が敵機に刻まれるが浅い。
 この暗闇ではレーダーに頼るしかない。機械の性能での戦闘になる。
 だがこちらはステルス状態にある。敵に悟られる前に近づける。
 優勢だった。
 敵機が二手に別れる。一機がシーナの方に向かうのをみて、アザミはすかさずスプリットS。
 そのまま百八十度ロールしすぐに下へターン。ターンの途中でミサイルをロック。
 シーナに向けて飛んでいく敵機に向かって放った。
 不意をつかれたのかそれは命中。敵機が爆発した。
 だがもう一機の敵には自分の位置がばれる。そこで再びかく乱フレア。
 アザミは降下しようとする敵機を見つける。
 視界の遥か上。
 今だ。
 操縦桿を大きく切って垂直上昇。ハンマーヘッド。
 ストールターンとも呼ばれる。静止し真横に失速反転。
 相手の急降下をやり過ごし、不意をついてこちらの正面を横切ろうとした彼を捕まえる。
 照準が彼を狙う。
 アザミは容赦なく機銃を放つと、翼とエンジンが吹き飛び、敵の機体が爆発した。
 残り一機。速度をあげる。
 山岳地帯を超えると、対空砲がならんでいることを伝えてきた。
 ここを経由するには敵の施設を破壊する必要がある。
 対空砲がオレンジ色の光とともにこちらを狙ってくる。
 バレルロール。
 さらに前方にみつけた通信基地目掛けてミサイルロック。
 爆破した後ピッチダウン。前方を見る。シーナとエバンテが見つからない。
「ラプター、どこ」
『ここ』
 シーナの声。かく乱フレアと同時に彼女が遥か前方にいるのがレーダーに映った。
『エバンテと雑魚相手で手間取ってる』
「助ける」
 スロットルを押し上げて速度をあげた。
 右にバレルロールしながら曲線飛行。ステルスモードをオンにしながらシーナの後ろに着く敵機二機に近づいた。
 ピッチアップ。
 機銃を放つ。不意をつかれた二機がエンジンを破壊されて落下する。
 破片を避ける為に速度をあげてさらに上昇。フラップアップ。
 シーナの機体の斜め下、後ろにつくと、その下方からあがってくる二機を見据えた。
 間髪入れず搭載していたアムラームミサイルを取り出し、彼ら目掛けて放った。ロックオンできない中距離空対空ミサイルなので使う機会は少ないが、囮としては十分だ。
 さらになにも映らない漆黒の機体から突然放たれるそれは、空中に突然爆弾が現れたような感覚に近い。
 一機は命中。翼を破壊した。だがもう一機は外れる。
 やるしかないか。
 スポイラを展開してブレーキの後、垂直上昇して上を通るエバンテの機体の腹を目掛ける。
『ディーノ』
 シーナの声が聞こえる。だがそれを無視するとアザミは操縦桿を引いた。
 空中に静止し後ろ向きにU字を描いた。機体の先端は下の二機を狙っている
『なにそれ』
 彼女の言葉に返事はしない。スロットルを少しだけあげ速度をあげた。機銃から放たれた弾丸が敵機に穴をあける。
 そこでターン。水平飛行に戻すとスポイラを展開、速度を落としながら空中静止。敵機にとどめの弾丸を打ち込む。
 相手が爆発するのをみるや破片をさけるため再び速度をあげる。
 刹那。
『ディーノ』
 エバンテ。
 ホールの機体が眼前を横切った。
『墓場へようこそ。棺桶なら準備済みだ』
 それだけを伝えてくるとエバンテが旋回。こちらにむかって真っ正面から飛んできた。
 シーナの機体が高度をあげる。アザミもそれに倣った。
 エバンテと他の敵機二機、そしてシーナとアザミの機体が交錯する。
 再び戦う。
 まだ、死ねない。
 死ぬわけにはいかない。
「死ぬのはあんただ」
 そう呟く。相手に届いているかはわからない。
 かつてのエースパイロットを敵に、自分はそれを上回ることができるのか。
 操縦桿を握る手に汗がにじんだ。
 いままで、一度もなかったのに。
(クー)
 心の中で彼を読んだ。
 生きているかわからない。彼に向かって。
(助けて。力を貸して)
 願うこと等なかったのに。と思う。



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