機体の調子をみようとミラーが格納庫に入ると、そこには意外な顔がいた。その男は椅子に座りフライトジャケットを着込み、何をする訳でもなく眼前の機体を見上げている。
「これはこれは」
ミラーはそういうと彼に近づいた。こうして会うのはずいぶん久しぶりだった。
こちらの声に相手は振り返ってくると、軽く会釈してくる。
「少佐、お久しぶりです」
「大佐になった。いや、俺はもうやめたからなんでもないかな」
その男ーーホール・ライアットは端正な顔に笑みすら浮かべずに、こちらを見返してきた。
「俺の中ではあのときのままですよ。腕は落ちてませんか?」
「多分な。お前はどうなんだ? ここしばらく聞いてなかったが。なんでここにいるのかも俺にとっては不思議なんだが」
「空軍、やめました。考え方があわなかったもので」
「エンジンか?」
「それもあります」
ふっと笑うとミラーは煙草を取り出して口にくわえた。
それに火をつけながら機体を見上げる。
「今はなにしてんだ?」
「空の傭兵です」
「経費かかるだろうに」
「このご時世大忙しですよ」
そう伝えてくる相手に向かって肩をすくめるとミラーは煙を吐き出した。
「タックネームは?」
「昔と変わりません」
「そうか」
「大佐は?」
立ち上がると彼は尋ねてきた。
「ん?」
「大佐は、なんてお呼びすればよいですか?」
「一緒に戦うのか? お前と」
「呼び名が必要です」
「昔は<プレデター>って呼ばれてたよ」
そういって、ミラーは笑った。
++++
インターセプトを有効にしてあるため、敵の無線が次々と入ってくる。
『"スクリーム"だ! こちらに発見した!』
『第四部隊で迎え討て。第二部隊と第三部隊は予定通り周辺基地を破壊。第一部隊はクロスフォードへ』
五機の部隊が二つ。十機の部隊が周辺の隠れているエアプロの施設を次々と破壊している。クーが先程送ったデータに映っていた箇所が消滅していく。
仲間割れか。
逆に都合が良くもあった。ただ、それだけであるならば。
速度をあげてきた二機がクーの後ろに着いた。六時方向。
ロールして機体を旋回させる。放たれてきた機関銃が機体すれすれを掠めていく。クーは眉をひそめると息を吸い込み、右手でスロットルを押し下げた。
さらにフラップアップ。ターン。
『回ったぞ!』
『間に合わねえ!』
相手の科白が耳に入ると同時にクーは操縦桿の赤いボタンを押した。機銃。
オレンジ色の弾丸が片方のエアプロに弾痕を刻む。翼が吹っ飛んだのを確認した後その操縦席が赤く染まっているのをクーは見た。
そのままロール。180度回転した後スプリットS。眼前に敵機が迫っているのをレーダーに捉える。
ミサイルが放たれる。相手のミサイルに照準をあわせてこちらも放つ。空中で起こった爆発を尻目に一気にロールして旋回。眼前に飛来した一機目掛けて機銃を放った。
掠める。駄目だ。
傷が浅い。
見ると五機がそのまま戦線を離れていく。クロスフォードの方角へ。
思わず舌打ちする。だがそれでどうすることができるわけではない。
操縦桿を振ってそちらに機首を向ける。スロットルを押し上げて速度を上げ、雲の中を飛び抜けた。
敵の無線が行き交う。
『スクリームが行った。追撃するか?』
『追わなくて良い。こちらで撃墜する』
やられるものか。
スロットルフル。
エンジンを吹かして速度をあげる。
追いつけるものならとばかりに後ろの機体を振り切り、一気に前方との距離をつける。
と、そこでオールドクロスフォードの方角から一機、機体が飛んでくる。
一瞬味方かと思ったが、よく見ると機種が違う。高さを維持したままその機は空軍基地を爆破するチームの中に突っ込んでいった。
無茶な飛び方をする機体だ、と思ったが次の瞬間急旋回、相手の一機が煙をあげて爆発する。手元に届くエアプロたちの声が焦りだした。
『敵機だ!』
その機体はクーの視線の先でロールすると右に旋回すると見せかけて左へターン。さらに回転する勢いが死なないうちにスポイラを展開。前方の二機の後ろにつけた。
『そんな馬鹿な......ッ』
『エバンテだ! 助けてくれッ......!』
状況を信じられないパイロットと思わず悲鳴をあげるパイロット。二人の機体が機銃の掃射で空中分解するまでそれほどの時間はいらなかった。その二機が爆発するやその謎の戦闘機ーーエバンテはリヒート。
クーの機体に迫ってきた。
気づけばクロスフォードに向かう二機が既にいない。
『クー・バーンスタイン』
無線から無機質な声が聞こえてくる。
『聞こえているだろうから伝えるが、俺はこれからお前を殺そうと思う』
エバンテ。
こちらに向かってくるその機体とすれ違い様クーはそれをみた。
機体の翼にペイントされた、肉食獣のマーク。
幻の最強肉食獣エバンテが描かれている機体。
先日任務中に消息を断った空軍歴代最高の撃墜数を誇る最強のパイロット。
ホールだ。
『だがお前に価値があると考えている人間がいてな。お前を生きたまま連れてきてほしいそうだが、どうする?』
ロールして右斜めに旋回。スライスバックして相手を躱そうととスポイラを展開。だがそれにもエバンテはしっかり着いてきた。機銃はこちらを狙っている。
馬鹿な。
『死ぬか生きるかは選ぶのはお前だ。今お前の命綱は俺が握ってやってることを忘れるな』
死刑宣告をされている。
機銃の弾丸がオレンジ色の線を引きながらこちらの動きを追ってくる。
「くそっ」
操縦桿を手前にひく。斜め四十五度にピッチアップしながらシャンデル。
高度を稼ぐとターンしながら眼下をにらむ。
だが一歩遅れてエバンテがピッチアップしてきた。相手はそのまま高度をあげながらストールターン。速度をさらに落とし、こちらの後ろに機体を割り込ませてくる。
驚きに息をすするクーの元へ、エアプロ達の通信が割り込んでくる。
『エバンテとスクリームが交戦してます!』
『Cチームは撃墜に向かえ。BチームはAチームDチームの生き残りと合流してクロスフォードの基地へ』
『選ぶ権利ぐらいくれてやる』
敵の無線にまぎれて後ろについたエバンテの声が響いてくる。クーは水平飛行に戻す頃には相手も体勢を立て直していた。
技術が違いすぎる。
ロールして離脱。弾丸が翼を掠めた。右エンジンが警告を鳴らしてくる。
続けて迫るエバンテの宣告。
『幼なじみまで死ぬのは嫌だろ?』
その科白に、クーの操縦桿を握る手に動揺が走る。
それが命取りになった。なにかに首もとを引っ張られるような感覚。それと相反するようにエバンテの機体が速度をあげてくる。
再び機銃の音。
左の翼が吹き飛ぶ。両エンジンが破壊されクーの機体が大きく揺れた。
さらに銃声。翼が煙をあげて吹き飛んだ。機体が斜めに傾く。
前方に見えるのは森の斜面。この状態からさらに追撃されないだけ恐らくまだマシなのかもしれない。
コクピットを破壊して相手を殺すところまでしとめる人間もいるからだ。
ぐるぐると回るこちらを尻目に、彼は一言だけ伝えてきた。
『残念だ。じゃあな』
その通信を最後に、エバンテからの言葉は途切れた。
落ちていく機体の中から、クーは彼を見上げる。エバンテの機体腹部分が見えた。それはまっすぐこちらから離れていくと近くのエアプロと再び戦闘に入る。そして容赦なく撃墜していく。
そこで起こる爆発。墜落。細切れになるパイロットと敵の機体。
それらを見ながらクーは目を細めた。
ぐるぐると、警告のランプが光る。
世界が回る。
黒煙をあげながら落ちていく機体。脱出しなきゃ。
飛ぶんだ。飛ばなきゃ。
そこで思い浮かんだのは彼女の顔だった。
彼女に、追いつけない。
死ぬんだろうか。
僕は、きっと。
「無理かな。やっぱ」
自嘲的に笑いながらぽつりと呟く。
誰にも届かないそれが、その偵察機に残された最後のメッセージになった。