「で、どうだ?」
こちらの問いに対して彼は覗いていた顕微鏡から顔を上げると、頷いてきた。
「ああ。難しくないよ。すぐにできるさ」
「どのくらいでできる?」
「あっという間だよ。座っててくれ。機械を持ってくる」
ミラーが途中で合流したアーク・コールドは無愛想だが話は分かる人間だった。ミラーが息を切らして走っている途中地面の下から突然現れたときは驚かされたが、それ以外は特に言うこともない。
案内された場所は地下迷宮のような基地だったが、廊下が多いこと以外は特に変わったことがある場所でもない。コンクリートの壁と木製の扉。それがひたすら続いていた。アークの部屋にはいり、その隣に置いてある小銃の型がやや古い事が気になったが、ここでミラーが口出しすることでもない。
ソファに座りながら出された紅茶に口を付ける。アーク・コールドという人間がどういう人間かといえば感情が希薄で吐き出す言葉の端に毒が色々含まれているような人間といえばいいだろうか。聞いた話によればエアプロで爆弾解除をやっているのは彼だけで、これはエアプロとしての仕事というより爆弾解除士としての仕事らしい。
無駄にエアプロに借りを作らないで済むのがありがたかった。
「悪いねアーク」
「かまわんよ。それより紅茶に砂糖はいれないのか?」
手を振ってそれを断るとミラーは紅茶に口を付けた。アークはというと隣の部屋から一つの大きな機械を持ってきている。透明な筒が中央に置いてあり、それを囲むように鉄の塊がくっついている。さらに囲むように鉄の腕が周囲に巻かれている。
そんな異様な機械をじっとみつめながら、その作業を見守った。
筒の中央にダイアモンドを置くと、アークは手元のスイッチの一つを押した。モーターが回るような音と共にダイヤが筒の中に沈んでいく。
「まず外壁を割って中の核部分の円筒部を取り出す。そのあと化学反応させて中の原爆を無力化させる」
「へえ」
何を言っているのか理解できなかったがとりあえず頷いておく。被爆しないように手袋をすると、アークはサングラスを取り出してきた。
「見ない方が言いよ。目がやられる」
「やられるって?」
「緑色はレーザーの中では一番強いんだ。これで失明したやつもいる」
「そのサングラス、俺にも貸してもらえると助かるな」
そういって相手の手元のサングラスを指差す。アークは一度目を瞬いた後、手に持っていたそれを差し出してきた。ミラーがサングラスを受け取ると同じものを懐から取り出し、それを自分の目にかけた。
「よし、やるよ」
そう言うとアークは手元のレバーを握り、片方の手でスイッチを押した。ミラーにはそれらがどんな意味を持つものなのか理解できなかったが、強さを調節するものと見える。
数秒後緑色のレーザーがダイアモンド目掛けて放たれる。それは一つの線をダイヤの真ん中に描いていくと二つに割った。卵を機械が割るとしたらこんな感じだろうな、とミラーは思った。
アークはレバーを操作してダイヤの中心目掛けて機械のピンセットを伸ばしていくと、中にある円筒を挟んだ。そして別なところから出てきたもう一つのピンセットが中心部に入り込み、丸い原子をつかみあげた。
それを見るやアークが眉をあげる。
「これは......」
「?」
「"綺麗な水爆"だね」
「綺麗な?」
「ああ」
「水爆に綺麗も汚いもないだろ」
「いや、あるのさ。これは原爆で核融合を起こさせないように真ん中の爆弾に原爆を使ってないんだ」
「なにつかってんだよ。ニトログリセリン? とは違うのか」
「分からないならいいよ。もう終わったから」
こちらの疑問を流しつつそう言うと、アークはレーザーをのスイッチをさげた。外壁のダイヤが再び結合され、再び一つの宝石になったその石を二人の手元まであげてきた。
「どうなんだ?」
「爆弾は無力化終わったよ」
「へえ」
「このダイヤだけど、リチウムと重水素を特殊な方法で圧縮してるヤツだから、乾電池と同じ様に廃棄できるよ。一番良いのはハンマーで粉々にして袋にいれて、それをセロテープでぐるぐる巻きにして資源ゴミの日に捨てること」
「ああ。わかった」
軽いジョークに笑みをこぼさないようにしながら頷く。機械からダイヤを取り上げるとそれを光を通すようにしてかざしてみる。世界が歪んで見えるだけで、なんの感慨もおきやしなかった。
こんなものか。
隣の機械を見るとダイヤの中から取りだされた原子とが機械の中で破壊されていく野が見えた。少し可笑しかったが失ったものと犠牲を鑑みれば笑うことはできない。
「で、いくら払えばいいんだ?」
右目に石をかざし、ダイヤ越しにアークを見ながらそう訊ねる。よほどの数字を示されるのかと思っていたが、相手の口から出てきたのは予想に反した答えだった。
「金はいらないよ」
「へえ」
石をポケットにしまい、相手の目を正面から見据える。
「じゃあ、なにをすればいいんだ?」
「そうだな......うちの裏切り者を二人、殺してほしい」
意外な答えだった。
こちらが空の戦いはともかく暗殺をする人間ではないことは相手も分かっているはずだった。そもそも殺しに関してはアークの方が上手だ。
「単純に殺しだったらあんたがやればいいんじゃないか?」
「んー。それならいいんだけど。最近うちのとある一派が寝返ってね。俺の派閥が弱体化してる。近々このエリアで戦闘があるんだけど勝ち目がなくてね」
アークは肩をすくめた。
「空の戦いは不慣れなもんでね。"腕のたつエース"があとひとりいるとすごく助かるんだ」
そういうと彼はこちらに向かってウインクしてきた。
「良い情報も知ってる」
「......エアプロの連中の他に、空軍の相手をってことか?」
淡々と現状告げるアークと向かい合いながらミラーはポケットに突っ込んだままの手を握りしめた。
要するにアークの元同僚を殺すだけではなく、ミラーの教え子達を追い払えということなのだ。この場合は殺せということに他ならない。
小さく鼻で息をすする。それをアークは勘づいたかどうかは知らないが、内緒話をするように顔を近づけてくると、小声で続けてきた。
「そういうこと......無理ならいいけど」
「まさか......やってやるよ」
「悪いね」
「ただ、一つだけいいか?」
逃げるつもりはなかった。
悪魔との契約は既に済んでいるのだから。
「機体の脇に、昔の絵を描いてもいいかな?」
「......別にいいけど......デフォルメとかは、やだよ」
アークが冗談まじりに返してくる。ミラーはそれに向けて自嘲気味に笑った。
久しぶりの復活か。
++++
「場所はわかるのか?」
椅子をくるりと回転させると腰を上げ、ジェイは顔を近づけて訊ねてきた。部屋の壁にかかっている絵画を眺めていたDは、不意の質問に思わず眉を潜めた。
「なんの?」
こちらの素っ頓狂な返答にジェイは分かってるだろと言わんばかりにこちらに近づいてきた。
「空軍の連中の非公開基地の場所だ。お前いってきたんだろ」
「ああ、まあ」
「どこだ?」
「......教えなきゃいけない?」
「ああ。教えろ。言わなきゃ殺す」
「脅迫でしょそれ」
声をださずに笑いながらDはその場に座り込んだ。壁に背中を預けると上着のポケットから手帳を取り出す。その中から場所の書かれた一ページを探し出すとそれを破って相手に差し出した。
「はい」
手渡されたそれを無言で受け取り、中身を見るやいなやジェイは不機嫌そうに顔をしかめた。そしてこちらに視線をうつしてくると
「嘘じゃねえだろうな」
と言って来る。Dは頭を横に揺らすと壁際の絵画に視線をやりながら答えた。
「君に脅迫されて嘘つくかい。信じてよ」
こちらの答えに対して鼻で小さく笑うとジェイは不穏な笑みを浮かべた。そして懐から札束を取り出すとDに向かって差し出し、何にともなく言ってくる。
「依頼料だ」
訳がわからず頭に疑問符を浮かべながらDは聞き返した。以前二人で話した事柄を思い出しながら、
「五人の時もそうだけど、それ、振込っていわなかった?」
「そうじゃない。別件で頼みたいことがある」
ジェイはそういうとそれを殆ど強制的にDに押しつけ、くるりと踵を返した。Dから受け取ったメモを手にしたまま上着を羽織り、机の上にあった鍵とモバイルをポケットに入れる。
その一連の動作を眺めながら彼が何を企んでいるのか考えようとしたが、Dにはその奥底までを見通すことはできなかった。
十数年一緒に居て、未だに考えを読めないなじみでもある。それが怖い。こちらの世界に入ってからはなおさらそれが強くなった気さえする。
そして彼のいつもの笑みが今日はなおさら強く恐ろしく見えた。
ふと彼は振り返ってくると、コチラに対してカードを押し付けるように渡してきた。いくつかの人名が載っている。
「そいつらを殺してくれ」
この男はどこまでやるんだろうか。
断るわけにもいかず、軽く方をすくめるとDは無言で頷いた。