episode 15: 2 hours later.





 ぎりぎりでパラシュートを開いたものの正直勢いを殺せた感じがしなかったため、叩き付けられないか不安ではあった。だが結局木々がクッションになりなんとか一番恐れていた事態は避けることができた。
 動けない程の重傷ではないことに安堵しながら、ミラーはパラシュートのベルトを外した後枝を伝って地面に降り立った。
 空を見上げると、Dたちが乗った飛行機の後を一機の黒い戦闘機が追いかけていくのが目に入った。恐らく空軍の誰かだろうが、自分としては撃墜されるか二機とも行方不明になってもらったほうが都合がよい。最もDのあの機体は輸送機だから、戦闘に特化した機体に空中戦で敵う筈がないだろうけれども
 しばらくしてからジェットエンジンの音とともに銃声が聞こえた。懐かしいが、歓迎すべきものでもない。
 空を睨みつけた後ミラーは手元のブリーフケースを地面に置き、それを開いて中を覗いた。小さな蓋を開けてダイヤが先程と同じ位置にあることを確認し、再びそれを閉じる。
 家族を救うための悪事ならいくらでもやってやる。
 もう、後戻りはできないのだから。やれることなら、いくらでも。
 そう心に誓いながら、ミラーは目的の場所にむけて歩き出した。



















 レーダーに映ったそれをみてストルウェルは頭を抱えた。山の一角が綺麗に消え去り、代わりに荒れ果てた地が現れる。さらにデータが送り出してきた情報で彼女が空中戦を交えたことが続けて報告されてきた。
 映し出すそれを指で弾いたあと小さく嘆息し、
「あんの馬鹿」
 と呟いた。そして手元の無線機のボタンを押してフレミングにつなげた。
「次長。お疲れ様です」
『お疲れ様』
「クエンフィールドのアホがまた勝手に......」
『あー、いつものことでしょ』
「また自然保護団体から苦情が来ますよ。あそこは一応国の自然公園に指定されてますからね......そこに基地つくるテロリストもどうかと思いますが」
『つまりはどっかの基地を爆破したんじゃないの。』
「確認します」
 キーボードを叩いて衛星から送られてきた写真を表示させる。モニターを指でなぞりながら爆発があった場所を確認すると、
「ミラクル・レインボウの衛星写真だと基地の様ですね。これで確証とれなかったら」
『君はとりあえず彼女を連れ戻しな。出撃を許可してないからね。まあ禁止しなかったから出撃したんだって言うだろうけど』
「そうですね」
 どうしたものか。
「クエンフィールドはまたいかせるんですか?」
『あの対空エリアを突破できるパイロットは彼女ぐらいだしね。優秀なのは軒並みダウンしてるから......』
 フレミングの仕方ないだろと言わないばかりのその科白にストルウェルは歯噛みした。
「それは今後の問題です」
『そうだね。今はそのことを考えよう。奪われたものは取り返すしかないからね』

 ++++

「ニコルー」
「お帰りアザミ」
 駆け寄ってきた整備士の女性に鍵を投げると、アザミはパイロットの席から飛び降りた。着地してヘルメットを外すとそれもニコルに渡す。
 両腕にそれを受け取りながら彼女はあきれ顔で言ってきた。
「また派手に壊したね。あんたこれ直すのどんだけかかると......」
「ギャラガー先生ならこの程度、なんの問題ないでしょ」
 ぱちん、とレザーグローブのボタンを外すと、それを両手とも脱いでニコルに渡した。そして自分の格好をみて肩をすくめてみせる。
「まあ、今時こんなカッコで戦闘機のらないよね」
「......わかってるなら着替えていけばよかったのに。あたしに請求きたらソッコーあんたに請求書まわすからね」
「はいはい」
 彼女のぼやきを聞き流しながらアザミは手元のシガレットケースから煙草を取り出した。火をつけるとすかさずニコルの手がのびてきてそれを取り上げた。
「習わなかった? 飛行機が走るところは禁煙」
「......」
 半眼をむけるがそれを無視し、ニコルは近くの棚を開けてそこにアザミから受け取ったヘルメットやグローブなど用具一式を放り込んだ。そして代わりに取り出したカードキーをアザミに差し出す。
「それはいいんだけど、さっきストルウェルが呼んでたわよ」
「まーた説教?」
 カードキーを受け取りながら鼻で軽く笑う。いつものことだ。
「怒られるようなことすんのがそもそも悪いのよ。そもそもアザミは」
 ニコルは頷くと引き出しをとじ、こちらを振り返ってくると腰に手をあてて話しはじめた。だがそれも途中で切れる。
 彼女がこちらの後ろに視線をやった瞬間言葉を詰まらせた。アザミは彼女の顔をしばらく見つめた後後ろを振り返る。
 肩を揺らしながら息を切らしたクーが立っていた。
 彼をしばらく眺めると、ニコルは肩をすくめ、
「......続きは彼に言ってもらった方がよさそうね」
「......はいはい」
 どちらにしろ説教は避けられそうにないみたいだ。アザミは苦笑した。
 
 ++++

 ストルウェルの部屋に呼ばれたパイロットはアザミとクーの二人だけのようだった。二人の他に誰もいない静かな部屋の真ん中には、青リンゴが大量に乗った皿が大きな机の上に置いてある。
 それをじっとみつめながら、アザミはぽつりと呟いた。
「これって一つ、もらってもいいのかしら」
 その科白に間髪いれず腹の鳴ると音が聞こえてきた。クーはそちらを見て尋ねる。
「お腹空いてるの?」
「一つだけならいいかな」
「多分ね」
 こっそりとアザミが手を伸ばす。が、その手が届くか届かないかのところで部屋の扉が開き、フレミングとストルウェルが入ってきた。彼らに続いてフライトジャケットを着た二人のパイロットが入ってくる。一人は若い男でもう一人は女だ。
 ドアが開くと同時にアザミは腕を引っ込める。そのやや残念そうな横顔をみてクーは小さく笑った。
 入ってきた四人は机の周りにやってくると、ストルウェルは皿の上から青リンゴを一つとりあげてアザミに投げた。
「腹減ってんのか?」
「何も食べてないんで」
「じゃあそれ食え。で、だ。今回のフライングについては説教はまた今度だ。緊急の任務が入ったから君たちに動いてもらいたい」
「緊急任務?」
 受け取ったそれをかじりながらアザミが半眼で聞き返す。ストルウェルはフレミングに一瞬視線をやると、
「次長から直々の命令だからね」
 それだけをいうと机にあった椅子を引いて座る。それを横目にアザミはあっという間に芯だけになったリンゴをゴミ箱に捨て、今度は懐からシガレットケースを取り出した。
「で、なんですか?」
「......態度大きいよ」
 小さな声で隣から注意するが、それはあっさり無視された。
 続けてなにか言う前に横から手が伸びてきてアザミの煙草をひったくった。
「態度ともかく、基地内は全室禁煙」
 先程入ってきた女性のパイロットだった。注意を払っていなかったため彼女が隣に来たことにも気づかなかった。
「ひさしぶり。クー。空軍学校出たとき以来? 君の幼なじみも相変わらずね」
「ああ、そうだね......シーナも」
「......」
 無言でむくれるアザミを横目でみながらその女性パイロット・シーナは軽くウインクしてきた。目の造作がやや猫目がちで髪の毛がウェーブしている。大人の女性然とした風貌の彼女がフライトジャケットを着ていると不釣り合いな感じにも思える。
 そしてシーナは取り上げた煙草をアザミのシガレットケースに戻すとテーブルの上に置いた。なにをするわけでもなくこちらにむかってへらっと笑ってみせてきた。クーに向かってなにか言いかけたが、そのタイミングでフレミングが口を開く。
「再会の挨拶は時間が空いたときにね。とりあえずみんな座って。本題いこうか」
 その言葉を聞いて立っていた全員が席に着く。
 手をふってストルウェルがシーナとそのもう一人のパイロットを示した。
「アザミ、クー、君たち二人と同じクラスだったシーナとジャックを招集した。同じ時期に同じ訓練を受けていたから、顔くらい見覚えてるんじゃないかな」
「知りません」
「俺は覚えてるよ」
 つんとした表情でそっぽを向いているアザミをかばうように、クーは二人に向かって笑いかけた。
「ジャック、いつも長距離走で優勝してたジャックだろ。あんときはいくら走っても追いつけなかったからさ。君の背中しかみてなかったよ」
「またまた」
 再びフレミングが口を挟んでくる。
「それじゃ作戦の説明だよ。今回はミラーとDがうちから盗んでった非活性水素爆弾レイニング・ダイアモンドの奪還。そして彼らが組んでいるエアプロ施設の殲滅。この二点」
「なんですかそれ」
 前半の言葉にクーが脱力しながら肩を落とす。それをみて安心させるようにストルウェルが手を降り、後ろにおいてあったホワイトボードを引き寄せると水性マジックで軽い図を書いてきた。
「この水爆は他とは違ってちょっと特殊でね、特殊なレーザーを当ててやらないと活性化してくれない。その上活性化するためのレーザーを作り出すにはこれまた特別なな機械が必要なんだ。それをつかってまず外側の水晶を気化させないと中の起爆用の中性子に着火してくれない。これに衝撃を与えても何の影響もない」
「本題は?」
 そういって説明を遮るとアザミは机の上の書類を一枚手に取った。
「ミラーの行き先についてはなにもわかってないの?」
 それに答えたのはフレミングだった。彼は衛星写真を一枚机の上から取り上げるとホワイトボードに貼付けた。そしてその一部を示しながら説明を始める。
「君が追跡した機体から一人、人間飛び降りるのが確認されてる。衛星の報告だと彼はそのまま北西に移動しているようだね」
「北西?」
「アザミが破壊した基地とは逆方向ね」
 シーナが口を挟んでくる。そちらをみてアザミは口を一の字に結んで黙り込んだ。その科白に対して頷くとストルウェルは今度は赤いボールペンを取り出し、ホワイトボード上に這ってある衛星写真の一部を赤丸で囲っていった。
「そしてその人間が......ミラーだとしたら、ダイアモンドも一緒だ。そして彼が追跡できなくなった範囲はここからここまで......この範囲だ。そのどこかにいる。ここは対空砲や機関銃があちこちに設置されている進入禁止エリア。戦闘区域だね」
 そういってストルウェルはフレミングの方を見た。一瞬だけ視線をかわすと、アザミの方を向き直り、
「と、いうわけで今調査のための特殊部隊を編成中だ。アザミはシーナ、ジャックと一緒に編隊を組んで、指示が出たら空からこの基地を破壊してくれ。クーは......」
 ストルウェルはクーの胸元の包帯を見つめた。指で自分の顎を撫でると、
「ここで休んでてもらおうか。一応怪我人だし」
 その科白をきいて呆然とする。胸元をなぞりながらクーは唇を噛んだ。
「不満そうだ」
 クーの心境を呼んでかとなりから唐突に口を開いてきたのはフレミングだ。彼は軽く手を振るとストルウェルに向かって口を開いた。
「大佐、クーはこちらでもらってもいいかな。彼には別な任務を話すことにする」
「いいですけど......大丈夫でしょうか?」
 うなずいてみせるとフレミングは隣から大きな包みを取り出し、クーに放り投げた。
「宿題だよ。二時間で頭にいれてね」
 十センチ程の厚みがある包みだった。意外と重みがあって戸惑った。
「これ。なんですか?」
「みればわかるよ」
 そう言って立ち上がると、フレミングは手元の書類をまとめて透明なケースに入れた。その後ストルウェルに向かって訊ねる。
「他に説明することは?」
「大丈夫です。アザミ、なにか疑問は?」
「......ミラー」
 唐突にアザミの口からでてきたその名前に、部屋にいた全員が一斉にそちらをみた。
 頭をかきながらフレミングの方を見ると息を吐き出しながら訊ねた。
「あの人、なんで裏切ったのかな?」
 そういうと立ち上がる。それに追うようにクーも席を立った。シーナとジャックはまだ話すことがあるのか席についたままそれぞれ物思いにふけっている。
 振り返ることなく入り口に向かって歩いていく二人の背中にフレミングの声がかかった。どこか、優しげに撫でるような声。
「答えなくていいの?」
「ちょっと気になっただけで、別に聞きたくないから」
 フレミングが笑うのが聞こえた。すごく小さな笑い声。それから彼は
「二人とも二時間後に作戦開始だ。それまでに身支度整えておいてね」
「はい」
「了解です」
 二人はそれぞれ返事をすると部屋をでた。後ろでに扉をしめ、額を押さえながらため息をつくクーを尻目に、アザミは無言で踵を返すと廊下を歩いていった。
 どうするわけもなく。なにをするわけもなく。
 外を見ると、空が再び曇り始めているのが見えた。
 今宵の空の戦いは悪い予感がする。


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