episode 14: Rock 'N' Roll Star



 
 車に飛び乗ったミラーとDが速度をあげ、そのまま基地を飛び抜ける。警備員が口を開いてなにかを叫んでいたが、耳元を薙いでいく風切り音にかき消されていく。
 出口のゲートを防いでいた黄色のバーを弾いたとき、Dが少し表情をゆがめた。
「いいのこれ!」
「いんだよ!」
 ミラーは無表情でそういうとさらにアクセルを踏み込んだ。武装ヘリに襲われないうちに距離を保っておかなければならない。そして軍の偵察機に見つかれば始末するとき厄介だ。
 どういった経路でまこうか考えあぐねてると、前方に一台の飛行機が路上で止まっているのが見えた。
「ちきしょう。邪魔だ!」
 ハンドルを切りながら右に移動する。そのまま浜辺を走って飛び抜けようとする。
 が、Dがミラーの肩に手をおいてきた。
「まって!」
 そちらを一瞬みやり眉をひそめる。
「誰だ?」
 車のハンドルを握りしめたままのミラーとその機体を見比べながらDが答えてきた。
「彼はジェイだよ。アークの仲間」
 見ると、その機体の羽に座り込んでいる男が手を振っている。
「降りよう。彼にかくまってもらおう」
「......信用できるか?」
「彼は仲間だよ。大丈夫」
 そう言って頷くとへらっと笑ってみせてきた。
 ミラーからすればもうここまで来ると仲間とかそういうものは信用しなくなってくるものだったが、そうも言っていられない。
 道ばたに車を寄せると、エンジンを切った。そして鞄をもってDとともにその機体の中に走り込む。それまでほぼ順調だった。
 だがその機体に押し込められるやミラーに向けられたのは黒い銃口だった。
 前の席に乗っていたジェイと呼ばれた男がミラーの前までやって来ると拳銃を引き抜き、その先をこちらに向けてきたのだった。
 それを見つめながら小さく呟く。
「......何の真似?」
「脅迫だよ」
 機体が離陸する音が聞こえる。今なら飛び降りることも可能だがおそらく
 凶悪な笑みを貼付けた顔で、ジェイはさらに詰め寄ってきた。
「あのな、説明してる暇はねえんだよ。ルールはひとつだ。あんたがかかえてるそいつをよこすか、死ぬか」
「ああ?」
「好きなほうを選べ」
 困惑するこちらを尻目に、Dは分かりきったようなすました表情でこちらとジェイを交互に視線を行き来させている。そちらに視線をやると軽く舌打ちし、ミラーはようやく状況を理解した。
「お前らグルか」
「気づいた時には手遅れってよく言ったもんだな。大佐。そいつは俺たちがもらう。有効活用してやんぜ。少なくても連中よりはね」
 ジェイはそう言うと銃口をさらに押し付けてきた。こちらの恐怖心をあおるためだろう。よく言ったものだ。
「お前らのボスはこれを破棄するってきいていたがね」
 その言葉にDとジェイが視線を交差させると、Dがそれに答えてきた。
「嘘は方便だよ」
「クソ野郎」
「うるさい。どうすんだ。死にたいのか?」
 窮地に立たされると人間は間抜けな表情をするもんなのだろう。
 ミラーは自分の表情に感情が含まれてない事を祈りながら、小さく唸った。
 下を見ると街を抜け、大きな森林の上空に入っていた。
 機体がかなりの高度を維持し始めた。眼下に緑が一瞬だけ見えた。

 ++++

 クーが到着した時その車はすでにもぬけの殻だった。
 後部座席と運転席、車内を全て調べた後クーはモバイルを取り出して基地に電話をかけた。
『おう』
「ストルウェル大佐?」
『バーンスタインか。なにやってるんだ。早くもどってこい。お前は重傷だぞ』
 そう言われてからクーは自分も銃創を負っていることを思い出した。が、今でも動けているなら問題はないだろう。包帯が巻いてある胸のあたりを抑えながら続ける。
「怪我なら平気です。それより、フレミング次長は大丈夫ですか?」
『なんとかな。代わろうか?』
「お願いします」
 しばらくの沈黙のあと、フレミングが電話にでてきた。
『クー?』
「次長、連中の車見つけましたがなにもありませんでした。乗り継いだかなんとかして道を外れた可能性があります」
 そう言うと、しばらく沈黙を挟んでフレミングが不思議そうに訊ねてきた。 
『なんだって?』
「や、えっとその......連中を途中で見失った可能性が高いと......」
『クー、ミラーとDを追っていったの?』
「え、ええ......そういう指示をうけたものかと自分は......」
『僕はアザミを追って欲しかったんだけどね』
 その声が聞こえたとたん、クーの動きがとまった。しばらくその場で立ち尽くした後、目を点にしながら聞き返す。
「え?」
『ごめん。言い方悪かったね。そういう意味だったんだよ。それじゃああいつは......』
「今頃空飛んでるんじゃないでしょうか」
 こちらの科白に対するフレミングの罵り声が今にも聞こえてきそうだった。すぐにでも謝罪したい衝動にかられる。
 ため息をつくわけでもなく、彼は淡々と伝えてきた。
『とりあえずもどってきな。それから話そう。問題は?』
「了解です」
 電話を切ると、額を抑えて大きく息をついた。そして目を閉じて頭を振る。今からどうしようもないことは、分かっているのだが。
 空を見ると一機の戦闘機が轟音をたてながら視界を横切っていった。その後ろに一本の白い飛行機雲ができてゆくのが見える。
 それにアザミが乗っていない事を祈りながら、クーは自分の車に戻った。

 ++++

 と、突然銃声とともにオレンジ色の光が三人の視界を横切った。機体が大きく揺れ、銃を持っていたジェイは思わずバランスを崩す。
「何だ!」
「撃たれました! 八時方向!」
 ジェイが窓から右エンジンに目をやると、弾丸が掠めた後が翼についていた。直撃ではないのが幸いだろうが後ろに相手がついている以上撃墜されるのも時間の問題だ。
 と、突然の出来事に反応できずにいるこちらの脇を、黒い十字架のような戦闘機が轟音をたてて飛び去っていった。Dが窓辺に近寄るとそのパイロットと一瞬だけ、視線があう。
 出会ったときとは全く違う格好をしているが、ヘルメットに黒いマスクは変わらない。
「アザミ」
 Dのその呟きが聞こえたかどうかはわからないが、彼女は無表情な視線を向けてくるだけだった。それも轟音と風のなかに掻き消え、そのまま戦闘機は飛び去っていってしまう。前方でぐるりと半回転すると急上昇、雲の中に隠れて見えなくなった。
 それを目で追いながらジェイが呟くように言った。
「あっちは俺たちの基地の方だ」
「なんだって?」
 聞き返すと、ジェイが珍しく焦った声音で叫んできた。
「アークがやられちまう」
「元々お前らアークを裏切るつもりだったんだろうが。ふざけやがって」
 隣から不機嫌そうな低い声でミラーがそういってくると、バランスを崩していた機体の扉を蹴り開けた。壊れた扉がそのまま眼下の景色に吸い込まれていくと同時に、その穴から外の風がヘリの中に入ってくる。
 それから二人の方を振り向き、にやりと笑ってみせてくるとミラーはその壁の穴から空中に消えていった。慌てたジェイとDが壁穴から下を見下ろすと、森の木々の中に吸い込まれていく彼の姿と大きく開いたパラシュートが見えた。
 風の音にまぎれても聞こえるほど大きな舌打ちをすると、彼は壁を思い切り拳で殴りつけた。
「くそ!」
「やられたね」
「やられたじゃねえ! くそったれが。電話を貸せ!」
 肩をすくめると、Dは上着のポケットから取り出した携帯電話をジェイに渡す。乱暴にそれを受け取るとジェイはとある場所に電話をかけた。
 相手がでるやいなや、溜まっていた不機嫌な言葉をありったけぶつける。
「おい、アーク。冗談じゃねえぞ。あのクソ軍人にげやがった!」
 だが、帰ってきたのは予想した相手ではなく、女の声だった。
『お友達とお話するならもっと大声だしなさいな』
 続けて聞こえたのは巨大な爆音。
 顔をあげると、遥か前方、ジェイの視界を一つの赤い光が下に向けて下っていった。高高度からの爆撃、ミサイルによる空対地攻撃だ。それが地面に触れるや二人の眼下で爆発が起こり、建物を赤い炎と黒煙が包んだ。発生した衝撃波が周囲を囲む木々をなぎ倒し、こちらの頬を撫でていく。
「そんな......」
 Dが隣で小さく呟く。ジェイは額に血管を浮かばせながら電話にむけて低く怒鳴りつけた。
「クエンフィールド。どういうことだ」
『おや、誰かわかったんだね。見たままだよ。タイムオーバー。ってこと』
 見ると、爆破されたのは他でもないアークが待つエアプロの要塞基地。
 炎に包まれた建物と飛び散る破片はジェイとDの位置からも確認できた。炎に包まれた機体はばらばらに破壊され、数人の人間達が倒れている。
 それらを嘲笑うように声の主、アザミは軽く言ってきた。
『あたしらに盗聴されるようじゃあんたたちの技術もまだまだね』
「テメェ後で目ん玉抉ってつっこんでやる」
『いつでもどうぞ。あんたのそいつが健在ならね』
 その科白の後の笑い声を最後に、通信は一方的に切れた。他にあたるところもなくジェイはその電話を壁に投げつけた。
「ふざけやがって!」
「それ......俺の電話だよ」
 Dがあきれたようにため息をつく。端に転がったそれを拾いあげると懐にしまった。
「で、どうするの?」
「ヤツはぶっ殺す。おいお前、操縦代われ。俺がやる」
 そういうとジェイは操縦席に座っていたパイロットの襟首を掴んでひっぱりだし、自分がそこに座った。
「ったく、女のエースにゃロクなもんがいやしねえ」
「それには同感だね。で、どこいくのさ?」
「ヤツをぶっ殺す。聞いてなかったか?」
「ぶっ殺す?」
「ああ。撃ち落としてやる」
 その台詞に対して嘆息で返事すると、Dは前方の基地を指差した。
「ねえジェイ、ああなりたくないだろ。ここはいったん退くべきだと俺は思うな。この飛行機はどうみたって輸送用だ。さっきのアザミの機体みただろ。真っ黒くて、俺は飛行機のことよく知らないけど、あれは一度みたことある。最新型の戦闘機だ。そんな化け物にたいして輸送機で挑むのは......」
「......」
 そこでジェイははたと手を止める。その視線は前方の白い雲に向けられている。
「君だってそんな馬鹿じゃないんだから。帰ろうよ」
「てめぇ傭兵の分際で何俺に意見してんだ?」
 するどい眼光がこちらに向けられる。一瞬だがその口から発せられた二言目でDは安堵した。
「だがお前は正しいな。悔しいが退くか。畜生」
 だがそれもつかの間、次の瞬間二人が乗った機体は上空から雨の様に降り注いだ機関砲の掃射に見舞われた。轟音とともに飛来した弾丸が連続して機体の翼を穿っていく。
「この女は......」
 ジェイが歯ぎしりするのが聞こえた。何もできないことがさらに彼を憤らせるのだろう。Dが窓から上を見ると、丁度こちらの隣をアザミが乗った機体が縦に降りていくところだった。発生した衝撃でこちらの機体が大きく揺れる。
「駄目だ! 早く退こう!」
「やってるっつの! しつけえんだよ!」
 そう叫び返してくるとジェイは一気に操縦桿を切った。ピッチアップ。
 だがその動きも予想されていたかのようにアザミの機体は悠々と二人の眼前を横切ると後ろにつけてきた。と同時に手元のレーダーがロックされたことを伝えてくる。
 ジェイはさらにスピードをあげながら今度は高度を下げていった。手元のスピードメーターは限界の値を指している。それでもアザミの機体はまだ速度に余裕がありそうだった。それを見て悔しさに歯を鳴らした。
 機体の壁がスピードと衝撃に歪む音をたてている。先程ミラーが飛び降りたときに作った穴から吹き荒れる風が、機を内と外からダメージを広げているのだ。速度に定評のある機種とはいえやはりさすがの輸送機の類では戦うことを目的として作られた戦闘機には敵わない。
 ロックオンされて数秒が経過する。アザミはあとは右手で機銃のロックを外して発射するだけなのに撃とうとしない。ミサイルすら。
 馬鹿にされていることにジェイの苛立ちはつのるばかりだった。それは隣にいるDにも伝わってくる。なにもできないでいると、彼は最後とばかりに叫んできた。
「D! 後ろの機関銃を使え! ヤツが射程距離内に入ってきたら撃ちまくれ!」
「あれつかっていいの?」
「善し悪し言ってる場合じゃねえだろ! うしろの穴から機関銃の先だけ出して、ヤツめがけて撃つんだ!」
 なにを指しているのかは理解できなかったが、とりあえずDは急いで機体の後方に向けて走った。途中例の穴から落ちそうになったが、なんとか貨物を置く部屋にたどり着く。
 機内は三つの部屋に分かれていて、それぞれ操縦室、真ん中の出入り口、最後部の貨物室の順で広くなっていた。真ん中の出入り口は開けっ放しの入り口から吹き荒れる風のせいで中が空になっていたが、最後部の荷物はなんとか無事だった。
 Dは荷物の中から最も大きな機関砲を取り出し、"うしろの穴"を探した。荷物をかき分けた先にある四角い突っ張りを見つけ出し、それを引き出す。すると丸い穴とモニターが飛び出してきた。
 モニターには後ろにつけるアザミの機体が表示された。そして丸い穴に銃をつけて狙いを定めろということらしい。
 高性能だ。
 そんなことをつぶやきながら手元の銃をそこに差し込み、連続して弾丸を撃ちだした。アザミはそれを予想していなかったらしく避けきることができないまま機体右の翼に弾丸が炸裂していく。
「やった!」
 右のエンジンから煙をあげて揺れるアザミの機体を置いて一気に飛び去る。が、Dが歓喜の声をあげる間もなく彼女の機体からミサイルが二発、続けて発射された。
 それはまっすぐ、Dのいる機体最後部目掛けてやってきて、そして空中で爆発する。
 一発目はDが撃った機関銃の掃射で撃墜したが、その後ろに隠れていたもう一発が煙の中から顔を出してきた。
「げ!」
 銃を放り投げて一気に身を翻すとDはジェイの元に走った。そして操縦席のジェイを席から引きはがすと、出入り口に飛び出した。
「おい! なんだ!」
「ジェイ、にげるんだ!」
 そこまでだった。
 二人が出入り口に出て、もう一人のパイロットも飛び出そうとしたが後方からの爆発に巻き込まれて操縦席に押し戻された。Dとジェイは出入り口にセットされていたパラシュートを掴んで空いた扉から身を躍らせた。
 高度がやや下がったとはいえ地面までの距離はかなりある。馴れないスカイダイビングに身を躍らせながら、Dは後方から連鎖する爆発に巻き込まれていく機体を最後に見た。
 そして、片方の翼から煙をあげながら自分たちが来た方向に戻っていくアザミの機体を。
 最後は、このままパラシュートがうまく開くことと、地面に叩き付けられて死なないことを祈るばかりだった。



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