episode 11: closed



 アザミが運転する車に乗り、後ろに流れていく外の景色を眺めながらクーは何にともなく呟いた。
「やっぱり、こうなるんだねえ......」
「なにそれ。どういうこと?」
 隣でサングラスをかけた彼女が言ってくる。
「外出さ。警備員はなにも言わなかったね」
「基本的に警備ってのは外に出る人間には甘いものよ」
 何にとも無く彼女の科白に頷く。
「で、どういうことよ?」
「フレミングにはいいのかなって。無断で外出して。車まで借りちゃって。後で怒られないかな」
「どうせ監視ついてんでしょ。後ろに車ついてんじゃん。近場の街に監視付きの外出ぐらいだったらなにもいわれないよ」
「そう」
 変わらない答えに小さく返事をすると、クーはシートに背中を預けて目を閉じた。一瞬振り返ると黒い車が静かに後をつけてきているのがみえた。このままであればなにも言われないのだろう。
 薄い光が入る暗闇の中でふと思う。
 自分が彼女に書いたあの手紙は、そういえばどうなったのだろう。
 その答えを聞く度胸が自分の中にないことに、クーは少しだけ安堵した。
 しばらくすると意識が溶けていくのがわかった。あらがうのも面倒な程に瞼が重くなりクーはシートに体重を預けた。
 と、突然アザミがこちらの体を揺すってきた。
「起きな」
「ん......」
 自分の大腿部に彼女の手がのっている。その揺れと言葉でクーは初めて自分が眠ってしまった事に気がついた。
 右手の中指と人差し指で目をこすりながら、大きく息をする。
「どこ?」
「うち。あんたんち隣でしょ。ビートフォード三番地だよ。ここ」
「マジで!」
 その地名をきいて、クーは思い切り身体を起こした。と、それと同時に締めていたシートベルトが身体の傷口に触れて声にならない苦鳴をあげる。
「............っ!」
「怪我人のくせに」
 同情する様子も無くそういうとアザミは自分とクーのシートベルトを外し、ドアを開けて外にでた。車の窓ごしにみる空では雨はあがっており、曇り空の隙間から太陽の光がさしていた。
 アザミは大きく深呼吸すると、腰に手をあてて誰にいうわけでもなく呟くのが聞こえた。
「いい空気だわ」
 その背中を見て、それからクーは思い切り力を抜いた。身体に力をいれると傷口がしくしくと痛んだ。
「ここって、こんな近くだったんだ。しらなかった」
「あの基地とクロスフォードはここからすぐだよ。てゆーか、この町がクロスフォードの郊外になるのかな。知らなかった?」
「うん。そんな気はしてたけど」
 そういうとクーは大きく息をついた。身体の傷が裂けてないことを確認するとドアを開けて外に出る。雨上がりの割にはあの特有のむっとした空気はなく、どちらかいうと朝の空気ににた雰囲気が周囲を包んでいた。
 思わず懐かしさに立ち尽くしていると、アザミが家の庭を横切っていき玄関の呼び鈴をならした。
「誰かいないの?」
「はいはい」
 その声と同時にドアが開く。六十代後半程の白髪の女性が顔をだしてきた。アザミの姿を見つけるとその目が笑う形に緩んだ。
「やあ、アザミ。おかえり。久しぶりだねえ」
「ノルばーちゃん、久しぶり。元気だった?」
「元気も何も、この通りだよ。うるさい孫がふたり共いなくなっちゃって寂しいよ。あんたたまには電話ぐらいよこしなさい」
 ノルはそういってアザミと抱擁をかわすと、その頭をぐしゃぐしゃと撫でる。髪を触られるのを普段は嫌がるアザミが、ノルのそれに対してどこか嬉しそうな様子を見せる。昔からこうだったかな、とクーは思った。
 ふと、彼女はこちらを指差すと、
「クーも帰ってるんだよ。ほら」
 と言ってきた。突然ふられて戸惑うクーに対してノルは手を振ってきた。
「やあ、クーちゃんお久しぶりだね。元気だったかい?」
「あ、う。うん。元気だよ。まだクーちゃんって呼ぶんだね」
 なんて返事をしたらいいものか迷いながらクーはノルに向かって会釈する。彼女は笑ってうなずくと、
「ふたりともおはいりよ。ちょうどティータイムにしようとおもってたんだ」
 と、家の中に引っ込みながら二人に聞こえるように言ってきた。後ろで呆然とクーが立ち尽くしていると、振り返ったアザミが、
「だってさ。入りなよ」
「でも着替えなきゃ」
 どうしたらいいのかわからないまま後ろの門と家の玄関を交互に視線をやるクーに対して、アザミが家の中を指差しながらからかうように肩をすくめた。
「あんたの着替えだったらうちにもあるんじゃない? てかあんた何回泊まりに来たと思ってるの」
「何回だっけ」
「忘れたわ。とりあえずはいりなさい。包帯変えなきゃ」
 アザミは玄関から降りてきてクーの腕をつかんだ。戸惑いながらクーが後ずさる前に彼女はこちらをじっとみつめながら、
「怪我は貫通してんだから。ほら」
 言い聞かせるようにそう言って、家の中に半ばひきずるようにして連れて行った。
 
 ++++

 ウインドウ越しにその平野に立ち並ぶ建物群をみて、運転しながら警備員の格好をしたDは怪訝そうに眉を潜めた。
「なんだあれ。倉庫街じゃん」
 開けた窓に腕をかけながら、その予想できた反応にミラーは肩をすくめた。初めて訪れる人間にとっては不思議な場所のはずだ。
 閑散と鳶色の雑草が生える平原のなかにぽつぽつと立つ松の木。その横をクロスフォードの街まで続く道路に、それをなぞる海岸線。
 それが行き着く先、舗装された港と共にその倉庫街はあった。灰色や赤茶色の壁に包まれ、窓らしき窓も見当たらないような建物が、長い道路と共にずらっと建っている。潮風を受け、長い年月放置された色合いがその周辺を廃墟然として見せていた。
 無理も無い。ミラーもここを初めて訪問したときは聞いていた基地の評判とは釣り合わない閑散とした光景に唖然としたのだから。Dがそう言いたくなるのは当然とも言える。
「ここは非公開基地だからな」
 それだけを答えると、そのまま外に視線をやった。うねるように砂浜に押し寄せる波に視線をなげ、それからかけているサングラスを押し上げてみせる。
 隣からDが言ってくる。
「非公開ってもね。ここ、いろんな戦闘機とか兵器とか、そういう危ないのを扱ってるんでしょ?」
「そうだな」
「それなのにこんなのでいいの?」
 その問いに対してミラーは息を吐きながら答えた。どうしろというのだろう。
「上がそうしろって言ったから、そうしたんだろ。俺はこういう危ないものをしまうような場所なら別なところにつくればいいと思う。海の下とかな」
「水爆のこと?」
「俺の家族はクロスフォードに住んでるんだ」
 感情を含めない声音でそう言うと、改めてわき上がってきた感情に胸を刺されるようだった。
「なにかあったら巻き添えを食らうのは開発した連中や政治家連中じゃなくて俺の家族なんだぜ。守ってやらないと」
 声に出す事で決意を固める。棺桶に蓋をして釘を刺し、それを出てこないように固めてしまう。感情にコンクリートでも流してしまいたいところだった。
「それが理由かい?」
「ああ」
 ミラーが頷くと、Dはどこか悟ったように呟いた。
「人の事情も色々だね」
 
 二人の乗った車が倉庫街の入り口に到着し、倉庫街の中に続いていく大きな道路をたどるように入っていく。すると、その道路の脇に立っていた警備員が近づいてきた。
 そして窓を開けるように仕草で示してくると、
「身分証を」
 と言ってきた。ミラーが自分の証明書を取り出して渡すと、彼は手元の認証用の機械にそれを通した。その後ミラーがかけているサングラスを指し示してきた。
「サングラスを外していただけますか?」
 ミラーがかけていたサングラスを外すと、彼はこちらの顔にも機械をかざしてきた。機械のディスプレイが調査中の文字を浮き上がらせ、しばらくしてから表示された『認証完了』の文字に頷くと、
「ミラー大佐ですね。どうぞ」
 そう言って奥を指し示した。ミラーはカードを受け取るとDに向かって合図した。
 車が走りだし、その警備員が後方になるとDが軽く嘆息した。
「あれが俺だったらヤバかったね」
「まあな」
 そう頷くと、ミラーは少し先の倉庫を指差した。
「あの5って書いてある倉庫の前に停めてくれ。その中にはいろう」
 鍵をまわして車のエンジンをとめると、シートベルトを外しながらDが尋ねてきた。
「場所はわかるの?」
「ああ」
 窓越しに空をみやりながら、ミラーはどこか投げやりにそう答えた。



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