3コール目に入った電話を手にとると通話を開始した。
画面にでた通話先の名前を見て、嫌な予感に襲われる。
「ミラーだ」
『ミラー? アークだ』
「どうした?」
『うちの連中が失敗した。ブツは輸送されてしまったよ』
その第一声に軽く舌打ちするとミラーはこめかみを人差し指でかいた。わき上がってきた苛立ちに口元を歪ませる。
部屋の入り口の隣にあるソファで座っている男に目を向け、それから電話に向かって聞こえるようにため息をついてみせる。
「そりゃまずいな。連中は?」
『二人いてね、一人は倒したけれど、一人が生きていた。あの機は思ったよりやるね。うちのでは追跡できなかったよ』
「そう。行き先はわかるのか?」
わざと尋ねてみる。自分の指示通りに物事が運べば最高なのだが世の中はそういうわけにはいかないようだ。
『追跡したうちのメンバーの報告だと、オールド・クロスフォードの方角みたいだ。そこから先は今のところ不明って感じかな』
「ああ」
『わかっていると思うが、ブツがなければ破棄の手伝いはできない。心あたりはあるか? あればこちらで探しだす』
そこで黙りこむ。アザミはクーとダイヤを回収し、指示通りにオールド・クロスフォードの非公開基地に逃げ込んだのだ。二人はどうやら自分の指示をきちんと守ったらしい。
エアプロにその場所は教えたくなかった。彼らが知ればその場所を破壊しようとするのは間違いない。
だが一人で乗り込んでいくにはあまりにも危険すぎる場所でもあった。
複雑な事情が絡む中で、ミラーは一つの決断をした。大きく息を吸う。
『ミラー?』
「いい。こちらで持っていく。また連絡する」
それだけを伝えて、携帯を切った。
勝負をかけなければならない時期がきたようだ。
棚から紙コップを取り出すと自分で紅茶を入れ、フレミングは椅子に座る。
アザミは並ぶようにクーと隣同士に座っていた。視線のやりどころに困りながら仕方なく窓の外に目をやる。彼は二人を交互に眺めながら優しげな笑みを浮かべると、
「話してくれ」
と言ってきた。特に気まずいことがあるわけでもないが、アザミはうつむいたまま口を開いた。
「Dが、仕組んだの」
「D?」
紙コップに口をつけながら彼が聞き返してくる。
「ミラーが雇った傭兵かな?」
それに対してクーが答えてくる。
「銃で僕を撃って、それで」
そこでアザミは口を挟んだ。
「あの銃はあたしので。そしてこいつの銃であたしを撃ったの。そのあとまたあたしの銃で自分の腕を撃ってたわ」
アザミはそういうと、懐から一枚のDVDを取り出した。
「これが証拠になるわ。クーの機体にあったカメラが映像と音声を映してた」
「え」
それに驚いたのはフレミングではなくクーだった。
「それ、どこで手にいれたの?」
「あんたの機体の鍵を引っこ抜いたときにまわしたの。そのときにあたしの機の暗証を入力しておいて、録画したのを転送させたわ」
こちらの説明にクーが呆れたように首を振った。フレミングが苦笑するとアザミの言葉に付け足すように言ってきた。
「あれ、まだ開発中の機能だったんだけどね。役に立ったならよかったよ」
そういってそのディスクを受け取ると、フレミングはそれを指で弾きながら満足げに笑った。
「君たちを追わないように警官に伝えておくよ。それとDの件をミラーに伝えた上で、彼とその仲間を追跡しよう」
「助かります」
フレミングの言葉にほっとしたようにクーが緊張を解いた。ふう、と息をついて椅子の背もたれに体重を預ける。
すっかり気を抜いた様子の彼を横目でみながら、アザミは大きく欠伸をした。頭の後ろで両手を組み、足を組んで上半身をのけぞらせる。
「あたしらはいつまでこうしていなきゃいけないわけ?」
DVDを手にフレミングは立ち上がると、扉に向かって歩いていった。
「犯人が捕まるまでかな。どっちにしても外は危険だし、警察はとにかく、エアプロや連中が雇った傭兵もいるだろうしね。中にいてもらったほうが助かるな」
怪訝そうに彼のほうを見る二人を交互に見返しながら、彼はすこしおどけたような表情を作り、肩をすくめた。
「ほとぼりがさめるまでの辛抱さ。じゃね」
ばたん、と音が立てられて扉が締められた。
それをしばらく呆然と見つめた後、二人は顔を見合わせた。
部屋を出、廊下を歩き出したフレミングにストルウェルが声をかける。
「聞きますか?」
「聞いてもらわなきゃこまるよ」
そちらを一瞬見た後歩を再び進める。基地の一角にある長官専用の事務室に向けて歩いていく。
「手配はすんでいるのかな?」
「ええ、地元警察には打診しておきました。ただ、エアプロの攻撃が心配ですね」
「エアプロか」
フレミングは鼻の下を人差し指で掻きながらつぶやいた。
「ここは公開されてないからよいとして、クロスフォードの街までくるものかな」
「輸送は成功しましたが、二人を殺されてしまうと上への説明がつきません。逆に連中からすれば死んでもらっていた方がつじつまがあいますから」
「そりゃ確かにね。でも私が知ってるから問題ないんじゃないかな」
「総長に説明の必要があります」
「ああ。そうだけどね」
こちらが黙りこむのをみてから、ストルウェルは続けてきた。
「調査部隊の話では内通者がいると」
「可能性はあると思うよ。その線も引き続き調査しよう。結果は常に報告してくれ」
「はい」
ストルウェルは頷くと抱えていたファイルを一瞬視線を向ける。そこに何が書かれているかはフレミングもわかっていた。
「あの二人は、おとなしくしますかね?」
「ま、しないだろうね」
見透かした目で窓の外に視線をやる。
「あの二人に監視をつけておいて。外に出る分には通過でかまわないけれど、街のどこにいっても24時間態勢で監視すること。いいね?」
「了解です」
雨音は定期的に窓を叩いていた。ガラスを縦に割るように。
水滴が流れて落ちていく。
その場に立ち尽くしながら窓に視線をむけ、しばらくそれを見つめた後フレミングはストルウェルと別れ、基地の中にある事務室に引き上げた。
++++
ノックされると同時にミラーは隣に立っていたクリスに目配せをしてみせる。彼は頷くとドアの場所まで歩いていき、扉を開けた。
ドアの前にいた若い兵士はクリスに向かって軽く会釈すると、持っていた小銃を隣の棚に置いてからミラーの前まで歩いてきた。
「大佐、お呼びでしょうか?」
「ジャン、悪いな。ちょっと頼みたいことがあるんだ」
後ろでは大きなゴミ収集のカートを押した清掃員が部屋に入ってきて、屑入れの袋をまとめはじめている。そちらに一瞬視線をやってから、ジャンは首をかしげてきた。
「実は、」
手元のカップを持ち上げて口を開きかける。と、その瞬間後ろでゴミ箱をまとめていた清掃員が突然ジャンに飛びかかった。
抵抗する間もなく、彼は首筋に受けた電撃で彼は意識を失っていた。
「スマートじゃないね」
被っていた清掃員の帽子とマスクを取り、変装していたDが呆れたように言ってくる。そして自分の足下の気を失っているその若い兵士を見て、
「電撃なんてさ」
彼の手元のスタンガンを悲しげに見つめながら、ミラーは肩をすくめた。
「俺は人殺しはしたくないが、あそこは一人で行くには危険すぎる。仕方ないだろ」
その科白に対して息をつくと、Dは倒れた兵士の服を脱がしてひとつにまとめる。それとあわせて彼の持ち物をまとめ始めた。
「で、どうすんの?」
「外の輸送機で近場にある飛行場までいって、そこから車で基地までいく。お前はその服に変装しろ。急げ」
「こいつは?」
「あとで山の中にでもおいていく」
冷たくミラーは言い放つと立ち上がって上着を手に取った。さらに本棚から何冊か本をとると、手元の鞄に放り投げる。机の上にあった手帳と財布、携帯等をすばやく鞄の中にまとめると棚の上に置いた。
そして隣で立ち尽くしていたクリスに向き直る。
「大佐。自分は......」
クリスが何かを言いかけたが、ミラーは口に人差し指を当てると彼に向かって顔をふってみせた。そして彼の肩に手をおくと、言い聞かせるように一言ずつ伝えた。
「いいか、クリス。ここの基地はお前に任せる。お前が最後の教え子だ。俺が教えてきたことを忘れるんじゃないぜ。俺はかたぎじゃなくなっちまうが、お前の心配はずっとしてるから」
「力になれず、すいません」
先程とはうってかわった弱々しい声で頷いてくる。クリスがつばを飲み込んだのが喉の動きでわかった。
「今までありがとうございました。ご達者で」
「お前もな」
涙をこらえているような顔をしている最後の教え子----少尉の頭をぐしゃぐしゃとなでてやると、ミラーは彼の肩を軽く叩いた。そして後ろでジャンの身体をカートに押し込んだDに向き直る。
その瞬間ミラーの表情は真剣なそれに変わっていた。
「行くぞ。D」
彼が頷いて立ち上がる。カートを押しながら清掃員の格好をした彼が後ろをついてくるのはどこか珍しい光景だったが、違和感がある程でもない。
部屋を出る時、クリスが俯きながら顔を抑えるのが見えたが、今の自分は振り返っている場合ではない。彼には教えることは全て教えたのだ。いかなければならない。
今度は自分のために、家族のためにやらなければならないことがある。
法に背いてでも、仲間を裏切ってでもやらなければならないことが待っている。
さあ、出発の時間だ。
ドアから廊下に出る。一歩踏み出すごとの重みを感じながら、ミラーは自分がやらなければいけないこと、やるべきことについて思考を巡らせていた。