episode 7:a sin



 自室の窓から車が空港の駐車場に停車するのを見て、ミラーは頭を抱えた。
 ある程度予想はしていたがそこまでだとは考えていなかった。
 空軍側だけで四人ものパイロットが死亡または行方不明の状況で、この任務周辺は既にキナ臭い匂いが漂い始めていた。これが人造の物でなければ呪いのダイヤと呼ばれるに違いない。
 実際、部下達の中ではその様に捉えられはじめているのも事実だ。
 右手を額にあてて空を仰ぐ。ネガティブな情報はネガティブな空気を呼び寄せる。早いところどうにかしたほうが良い。自分が空軍の人間としてここにいる間はやれることをやるべきだった。
 窓に踵を返すと部屋を横切り、部屋にいた少尉に向かっていった。
「クリス、資料を持ってきてくれ。あと、Dを呼んできてもらえるか?」
 噛み締めるようにそう伝える。
「了解です。あ、Dは、怪我の処置中だと思いますが」
「とりあえず簡単にやって連れてこい。急げ」
 彼が頷いて出て行くのを見送るとミラーは頭をかいた。
 すべて含めたとしても、ミラーは自分は間違っていないと言い聞かせるしかない。

 部屋に警備の人間たちを引き連れて彼がはいってくるとミラーは敬礼して迎えた。
「総長」
「大佐」
 軽く握手をかわすと、ミラーは用意しておいた椅子に座るように彼――ケリー空軍参謀総長を促した。彼が座るのをみてから書類を取り出し机の上に置いた。
 彼の後ろに空軍参謀次長のフレミングとボディガードが数人、並ぶようにして立っていた。来客用の椅子は部屋に一つしかないからだ。
「このような事態になってしまい申し訳ありません」
 相手は頷くとこちらが差し出した書類を手にとった。一通り書類に目を通すとそれをこちらに戻し、ケリーは説明を促してきた。
 それらを受け取りながらミラーは続けた。
「現在関係した兵士この基地の人間以外のほぼ全員が消息不明、または死亡している状況です。このプロジェクトについては優先度をあげて調査します」
「そうか。こちらの犠牲者は昨日の事件で五人目だ。私は人選を担当しているわけではないが、皆担当になることを恐れていたよ」
 その言葉にミラーは頷き、机上にあった手帳を横にずらすと持っていた書類を置いた。
「これで全ての犠牲者は八人か。あくまで我々の把握している限りはだがね」
 その数字を飲み込むようにしばらく黙り込んだ。こちらの考えている事を計るように相手はじっとみてくると、
「では、現状と解決のために行っている施策をおしえてくれ。大佐」
 と促してきた。その科白が終わるとほぼ同時に扉が開き、先程別な資料を取りに出かけたクリスが中に入ってくる。彼はミラーの隣まで来ると資料の入った封筒を差し出して、その後扉の外を軽く指し示した。
 そしてミラーにだけ聞こえるように耳元に顔をよせてくると小さな声音で、
「Dは廊下に待たせてます」
 と言ってきた。両腕を伸ばして彼らから書類のはいったファイルを受け取ると、ミラーは頷いてみせた。そしてクリスに傍に控えているように身振りで示す。
 その後資料が入った封筒を開き、その中から赤い矢印が書かれた本州とその周辺諸島が描かれた地図を取り出し、説明を始めた。
「十日前、エリア5にある基地で作成に成功した非活性水素爆弾レイニング・ダイアモンド。我々の任務は南部に輸送しクロスフォードにある非公開基地で保管するチームに引き渡すことでした」
 地図上の矢印を指で示しながら続ける。空いている左手で六枚の写真を取り出し、その中の一枚を上にして机上に置く。
「まず我々は偵察部隊のパイロット、アビー・アンダーソン少尉を派遣し輸送を開始しましたが、彼は出発直後に消息を断ちました。彼がエリア5基地を出発した直後基地は空爆を受け、さらに開発に携わった国防省の担当者が連続して死亡事故、または暗殺されるという事件が発生しました。すぐに緊急部隊を結成、現物の回収作業を行いましたが、アンダーソン少尉の機体と遺体及び現物の回収報告を最後に通信が途絶えています」
 写真を三つ、偵察爆撃機三機が飛び立つ写真とパイロット達の写真をめくる。そして四枚目の写真を取り出して一番上に出すと、
「そこで我々は偵察部隊では最も優秀なパイロットをこの任務に派遣しました。パイロットでありながら武道と武術の訓練も受けている単独任務を任せるには最適の人材、」
 そこで一度言葉を切り、手元の封筒のなかから書類を一枚取り出す。
「クード・バーンスタイン大尉です。ですが、彼も最後に派遣した部隊の遺体と現物を回収完了の報告を最後に消息を断ちました」
 今度はその下から二枚の写真を取り出して上に重ねる。
「そこで今回派遣したパイロットがアザミ・クエンフィールド少尉です。彼女は女性ながら戦闘機の操縦能力はトップクラスであり非常に優秀です。さらに我々は彼女を派遣するにあたりAクラスの傭兵を雇い、彼女のガードを依頼。二人に当初の予定通り物を回収後クロスフォードへ行くよう指示を下しました」
「それが昨日かな?」
「ええ」
「そして今日か。二人とも行方不明なのか」
 ケリーが口を挟んでくる。ミラーは頷き、隣にいたクリスに一瞬目配せをした。彼が部屋のドアに歩いていくのを見送ると再び手元の書類を広げた。
 ドアを開いたクリスに続いて、一人の人間が部屋に入ってくる。左腕の二の腕を包帯で巻かれ、身体のあちこちも絆創膏やらなにやらを貼付けている。
「同行していた傭兵は無事でした。今回雇った傭兵、D・クロスです」
 部屋にはいってきたDの紹介をケリーに向かってすると、ミラーは彼の怪我をみて、一瞬眉を潜めた。
「大丈夫か? D?」
「ああ」
 無事を装うようにDは頷くと同時に左腕を抑えてみせてきた。彼が机の隣に来るのをみてからミラーは二人に紹介する。
「D、こちらは空軍参謀総長のケリー氏だ。今回のプロジェクト周りに関して政府側の総責任者の方。その隣が参謀次長のフレミング氏」
 ケリーが立ち上がりながら手を差し出すのへ、Dは笑いながら彼の手を握り返して口を開いた。
「このような国家レベルの問題に一介の傭兵である私を呼んでいただき光栄です」
 その挨拶の後フレミングが手を差し出した。
「ギルドから聞くとかなり優秀な方だと」
「私が優秀であれば輸送に成功していた筈です。申し訳ありませんでした」
 Dは持っていたスーツケースを持ち上げると机の上に置いた。それを見計らってミラーは手を振って促す。
「D、当時の状況を説明してくれ」
「了解です」
 そのスーツケースを開けると、中から銃を二丁とひしゃげた弾丸のはいった透明の証拠品袋がでてくる。さらに鍵と手帳がいくつか入っていた。それらを取り出して机の上にならべながらDが説明を初めてくる。
「昨日の午後五時に私とクエンフィールド少尉は国家レベルの重要物品の輸送を開始しました。クエンフィールド少尉は当初の予定を外れクー・バーンスタイン大尉の身柄を確保するためにカンテナ山地へ。そこで襲撃してきた二機のエアプロの戦闘機と交戦・撃墜後、同時に迎撃を行ってきたエアプロの基地をミサイルで破壊しました」
 淡々と述べるDの話をケリーとフレミングは黙って聞いている。二人の反応を一瞬見た後、Dはスーツケースの中の証拠物品の中にあるアザミの銃を手に取った。
「その後、私とクエンフィールド少尉はバーンスタイン大尉の身柄確保及び輸送予定の物品を回収に向かいました。しかし大尉の身柄の確保に成功はしたものの、現地につくや彼女は突然私とバーンスタイン大尉にむかって発砲し、彼を崖下に突き落とし殺害しました」
 そして左腕を抑えてみせてきた。その時に負った怪我がこれだ、とでもいうように。
「私も抗戦しましたが、彼女は逃亡、銃と弾丸および使用している軍用バッグまでは回収済みです」
「成る程」
 一通り聞いた後ケリーはそういうとフレミングの方を見た。フレミングは軽く頷き、アザミの銃を取り上げる。それを厳しい視線で眺めながら、
「弾丸からはミスター・クロスの血液も?」
「現在鑑識の結果待ちです」
 ミラーが口を挟む。隣でDが頷き、数歩後ろに下がる。全て説明できることは説明したとばかりに。
 手元のそれを一通り確認した後フレミングはこちらに向き直った。
「大佐、証拠品は後程こちらでも調査します」
「ええ、問題ありません。よろしくお願いします」
 スーツケースの中にもう一度証拠品を戻すと、Dはそれをミラーに差し出してきた。ミラーはそれに空軍管理のシールを張り、それをケリーの隣にいたボディガードに渡す。
 それを脇目でみながらフレミングが続けた。
「クエンフィールドが今回の任務では鍵を握りそうだね?」
「今のところはそう考えています。状況がどうであれ彼女から一度話を聞く必要があると考えてます」
 やや安堵しながらミラーはそういうと、書類と資料をまとめて封筒にいれた。それらを一瞥しながらフレミングが続けてくる。
「しかし。信じられません。彼女がそうなるとはね」
 Dの方に一瞬目をやると、フレミングはスーツケースを手で撫でる。ミラーはそれを見つめながら、ため息をつきたいのを必死でこらえた。
 と。
 フレミングの胸ポケットの中のモバイルが音を立てる。こちらに手をふって断ると彼はそのモバイルの画面を一瞥した。ケリーがそちらをみてフレミングと視線をかわす。
「我々はこれで失礼するよ。調査と輸送で色々大変だと思うが、今後も解決にむけてよろしく頼む。また進展があれば教えてくれ」
「了解です。クリス、頼む」
 指示を受けたクリスが先立って扉をあけて案内する。ケリーが立ち上がりフレミングとボディガードがその後ろに続いて部屋を出て行った。その背中を見送りながらミラーは大きく息をついた。安堵と疲労が入り交じったため息だった。
 扉が閉まると、隣に立っているDがにやっと笑いながら言ってきた。
「『崇高な目的の為なら悪魔とでも握手する』ってこと?」
 どこかで聞き覚えのあるその科白に軽く胃痛と頭痛を覚えながら、うつむきながらミラーは苦笑した。
「胃が痛いな」
 呟くようにそう返すと自分の椅子に深々と座り直し、こみあげてくる吐き気を押さえ込んだ。眼前に広がる書類達をぼんやりとみつめていると、精神状態はすこぶるよろしくないのが分かる。吐き気のかわりにこみあげてくるのは不安と罪悪感。
 その隣では正しいことをしているんだと言い聞かせる自分もいた。負の感情と自分の信念に板挟みになりながら思わずミラーは呟いた。
「俺は間違っているのか」
 それに向かってというわけではないが、姿勢を崩す。それがたまたま聞こえたのか、隣に立っていたDが答えてきた。
「俺は金さえもらえればなんでもするから、貴方が間違っているとはいえないね。でも、彼女たちを裏切るだけの価値があった目的ならいいんじゃないかな」
 そう言ってミラーの机の前の椅子に座り込んできた。それに注意する気力もなくうつむくミラーをみながら、彼は慰めるように続けてきた。
「ま、悪魔と契約しても、自己犠牲なら天国にいけるんだから。別にいいじゃんって気がするな。個人的にはだけど」
「そうかね」
 悟ったようなDの科白にぼんやりとそう返す。
 疲れ果てたミラーはそれしかできなかった。



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