episode 5:Dead or Alive?




 月明かりが流れていく河の水面を照らしている。
 二人が転落していった崖下を見つめながら、Dは軽く息をついた。精神的なものか疲れがどっとやってきた。まだやることはあるのだが。
 ふと上をみると、上空から轟音を響かせて、緑色と薄いベージュの縞模様にに塗られた武装ヘリコプターが降りてきた。それを無表情に見上げながら、Dはそのヘリから放たれる光を遮るように手を掲げる。
 それはDの眼前に着地すると、扉が開き中から一人の人間が出てきた。彼が大声で尋ねてきた。
「終わったのか?」
「ああ」
「遺体は?」
 崖下を指差しながら感情を含めない声音で伝える。そちらに顎をしゃくって、
「二人とも僕が撃ったらそのまま河に転落しちゃったよ」
 あまり大声で言いたい言葉ではなかったが、ヘリのファンが鳴らす轟音で聞こえないのだから仕方が無い。近くまできて、ようやく相手が誰か見分けがついた。 
 相手はジェイソン・ローザン。エアプロ幹部の一人にして、Dの幼なじみであり、仕事のお得意様であり、最も恐れている存在だ。D自身が傭兵である以上幼なじみというのはギルドの公開プロフィールには隠してあるが、実際彼とは十年以上の関係になる。
「ジェイ......」
 Dが小さく相手の名前を呟く。それが聞こえたかどうかは知らないが、ジェイは半眼を向けてくると首に手をあてて軽く関節を鳴らした。
「生死は確認できてないってこったな」
 静かな声で問うてくる彼をしばらくみつめてから、Dは下をむいてかぶりを振った。
「でも俺も撃たれたんだ。ほら。連中の銃は回収したし、それに......」
「黙って突っ立ってろボケ」
 言葉を途中で遮られたDが必手を振って言葉を飲み込んだ事を伝えると、ジェイは崖下に視線を移した。
 しばらく大河の暗い水底を見つめた後、こちらに向き直ってくると詰問してきた。
「うちの第三基地が爆破された」
「あ。ああ......」
「ああじゃねえよ。"うちの分室が"破壊されたんだぞ。俺が出発した十分後に爆破されたことを知ってんのか? もし俺があそこにいれば誰がお前に金を払う?」
「あー、うん。悪かったよ。でもね、ほら、今の俺はミラーの信頼をもらってる。俺の腕の傷はアザミの銃だ。後は二人の死体さえあればパーフェクトじゃない? それがあれば俺がミラーに話して......」
「ミラーってのは軍人か?」
 再びジェイが口を挟んだ。Dは急いで頷く。
「あ、ああ」
「連中のなんなんだ? そいつは?」
「あー、上司っていってた。だから、軍に追わせるようにしむけて、その......」
「お前のそれがくだらねえ案だったらケツにオイル塗ってぶち込んでやるぞ。いいか?」
 吐き捨てるようにそういうと、ジェイはDにも聞こえるように大きく舌打ちしてからあきれたように空を仰いだ。それからDに指を突きつけて眉の端を吊り上げると、苛立ちを隠さないきつい口調で話し始めた。
「俺たちがお前に依頼したのはダイヤと書類の回収がメインだったんだ。わかるか? ダ・イ・ヤ・モ・ン・ドだ。言葉わかるか傭兵野郎。いつから頭も筋肉になったんだ? タマはついてんのか? いいか、俺たちはお前の変な言い訳をきくつもりもなければ時間もねえんだ。あんまりくだらねえことゴダゴタぬかしてると足の間についてる未使用のそいつを切り取って豚に食わさすぞアホ」
「わかるって。わかった。わかったから。悪かったってマジで。反省してる。でも、あのときは手の出しようがなかったんだ」
「あのときってどっちのことだ?」
「りょ、両方だよ。両方。爆撃のときも。撃ったときも」
 腕が訴えてくる痛みを忘れる程の頭痛を抑えながら、Dはジェイを抑えるように手を振った。相手はこちらの調子など無関係だといわんばかりに詰め寄ってくる。
「死体はこっちでさがしてやるよ。そのかわり報酬は三割減だ。お前はヤツらの銃と証拠をもってミラーとやらのところにいけ」
 そういうとジェイはこちらの耳元に向かってささやいてきた。
「その二人をハメちまえ。わかったな」
 Dが頷くのを待とうともせず、そのままジェイは踵をかえすと乗ってきた武装ヘリの方に向かって歩いていく。昔から大きく、そして今は別な意味で大きいその背中をみつめながらDは大きくため息をついた。
 どうしようもないことになってしまった自分と、この状況を呪いながら空に再びあがっていくその光を見つめた。
 やれやれだ。

 ++++

 頬から感じる鈍い痛みに目を覚ますと、そこは河の下流だった。
 小石がたくさんころがっている岸辺に身体を預け、右足を河の流れに浸した状態でアザミはうつ伏せに倒れていた。石の固さが伝えてくる気持ち悪さが尋常でなかったので、身体が動く事を確認するとすぐに上半身を起こした。
「いたた......」
 撃たれたにも関わらず自分が無事だったのは服の下に仕込んであった防弾チョッキのおかげだった。穴だらけになった上着の下を覗くと、弾丸が各部でとまっているのが見えた。幸いか。
 だが、ボクサーに殴られた後のような痛みが残っていて、それがうずいている。どうやら撃たれた瞬間に後ろに突き飛ばされ、そのまま崖下の大河の中に転落したらしかった。あまり気づかなかったが。
 河の幅は数十メートルあったこと、山と山の合間をつっきるように走っていたことは確認できていた。深さまではみえてなかったが、水中に落ちてから身体を強打しなくて済む程度の深度があったことに感謝する。
 河の方に目をやると、その流れはひどく緩やかだった。やや霧がかった空気の下をゆっくりとながれるその水は澄んでいて、飲んでも問題なさそうだった。そのことに感謝し、水を手で素早くすくって顔を洗い、うがいをした。
 何回かそうした後ふと視線を横にやると、そこには周囲の自然の色とはまた違う、異質な色が転がっていることに気づく。それがなにか考える前にアザミはその黒スーツに駆け寄り、相手の背中を掴んだまま身体を岸辺へ引っぱりあげた。
 仰向けにすると、その人間はクー・バーンスタインだった。予想通り、とはいかないが幸運に感謝する。
 彼の首筋に手あてると脈があることがわかった。アザミの驚きはすぐに安堵に変わる。
 おもむろに上着のボタンを外してやると、そのまま脱がして身体を見る。
 やはり彼も防弾用の服を着ていたようで、弾丸が服にのめり込んでいるのをみつけたときは思わず笑ってしまった。その視線を彼の右腕に向けた時は笑みが消えたが、とりあえず命があるだけよしとする。
 下に着ていた自分の服の右腕部分を破り、クーの腕に巻いてやる。弾丸をうけた傷の出血は停まっていたが、中に弾丸が入っている可能性があるため早く取り出してやらないといけない。傷が化膿してからでは遅いのだ。
 再び上着を着せると、腕を持って担ぎ上げた。手元に銃がないため襲われた時戦うことができないが、すくなくても手元の棒をもって殴り合いをすることはできる。まともな武器にはならないが何も無いよりマシだ。
 一メートル程の長い棒を拾い上げると杖代わりにして歩き始めた。どうすることもできない自分が恨めしいが、とりあえず撃たれた箇所が防弾チョッキで守られていたことが不幸中の幸いと思うことにする。
 後は森を抜けて自分の機体が燃やされていないことを祈るだけだった。



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