episode 4-2: me and "you".




 その手紙は懐に入っていた。
 読んだ瞬間、再会するまでずっと持っていようと決めたのだった。小さく丸められて懐に入ったそれはいつしかアザミのお守り代わりになっている。
 二人の関係をいったい何人の上司が知っているだろうかと思う。
 アザミとクーは空軍学校時代の同期であると同時に幼なじみだった。彼がこういった感情を自分に抱いているのは気づいたがどうすることができるわけでもない。
 恋愛は軍規に違反する。さらに死亡率も高いこの職で、ずっと思い続けられる彼の方が珍しいのだと思う。アザミはまだ、自分の気持ちに気づいていない。

 周囲に障害物が無い事を確認するとアザミはクーの機体が放つ電波の近くに見つけた平野に機体を着陸させた。最も安全を確認したとしても近辺にエアプロの人間が潜伏していることには変わりはない。もっとも先程の爆発で大分数は減っているはずだが。
 アザミは適当な木々の中に自分の戦闘機を押し込むようにして停止させた。手元の荷物を確認すると急いでまとめ、機体のコクピットから飛び降りた。地面に足をつけると機を振り返り、後部座席に座っているDにも降りてくるように身振りで伝える。
 辺りは不気味なくらいに静かで、時折風が吹き抜ける程度だ。
 彼が降りてくるのをみてから空を見やる。彼が着ている革のジャケットの光沢が一瞬だけ月の光に反射する。その光をなぞるように視線を移動させ真上に浮かぶ月に目をやった。それほどまぶしい訳ではないが光を遮るように手をかざす。
 足下の荷物を肩にかけるとアザミは歩き出した。遅れてDが後ろをついてくる。
 歩くたびに砂利が擦れる音が響く。地面は乾いた細かい石が散らばっていて、足を滑らせないように注意を払わなければならなかった。手元の荷物の中から拳銃を取り出してしっかりと握る。
 道はゆるやかな斜面になっていて、ドッグファイト直後の身体には軽くこたえた。手元の通信機が示す場所に向かって、軽く息をきらしながら二人は歩いていった。
 辺りを不気味な程の静けさに包まれており、ここにエアプロたちがいるのか勘ぐってしまう程だった。だが幸いか道中人間どころか鼠一匹で会うことはなかった。
 手元の発信器が示す通り、右手の森の中に身体を押し込む。示される座標はこの森を少し中に入っていったところになるため、そのまま進んでいく必要があった。突き出てくる枝や刺のある植物で怪我をしないように気をつけながらアザミは進んでいく。
「ひどいな」
 後ろでぽつりとDが呟いてくる。それには返さず前を見つめる。
 暗闇と濃密な緑に包まれた森は唐突に終わり、二人を月光の元にさらした。そこは山岳地帯を縦に割る大河を見下ろせる崖になっていて、森を抜け出した途端に水場に隣接する場所特有の冷たい匂いが鼻をついてきた。あまりに唐突に森が終わったのでアザミは思わず前方に転びそうになったがなんとか耐えた。そこから崖の端まで距離は街の一区画程の広さがあり三方を森に、一方を崖に遮られた孤立した広場になっていた。
 そして――そこに胴体が傷つき、翼が折れ、無惨に壊れた偵察爆撃機の残骸があった。機体の折れ曲がった尾翼に書かれたロゴとマークから同じ軍隊の物だと判別できる。
 少し悲しい気持ちになりながら、アザミはそれに近づいた。先程まで自分が乗っていた機種とは微妙に違うが、型番の前半が同じの為同一メーカーではあるようだった。
「荷物、持とうか?」
 後ろからDが声をかけてくる。ふと顔あげてそちらを振り返る。
「お願いできる?」
「うん」
 肩からかけていたバッグをDに渡し、アザミはその機体を調べ始めた。後ろのエンジンが左右ふたつとも破壊されているため、操縦が効かなくなって墜落したのだろう。さらにみてみると両翼に機関銃で撃ち込まれた形跡が残っている。
 コクピットの方にうつると、そこにあるはずの荷物はなにもなかった。ただ、コクピットに取り付けられたままになっている鍵のキーホルダーに「BurnSTain」の文字があったため、この機体はクーが操縦していた物だということがわかった。
 ......死んだのだろうか。
 遺体が見つからないのもそれはそれで不思議ではある。アザミはそのキーホルダーを外してポケットに入れた。後でミラーに見せる証拠にもなる。
 それ以上調べてもコクピットからはなにもでなかったので、機体の底にある格納庫に移った。そこをあけるには鍵が必要だったが、どうやらロックする機構が壊れていたらしく手元の鍵で開ける事はできなかった。だが二度程強く蹴ってやると外れたように勢い良く扉が開き、問題はあっさり解決できた。その開いた格納庫からはなにやら大量に物資が流れ出てくる。
 ここからダイヤとドキュメントを探すのも億劫だったがそんなことを言っている場合でもない。
 とりあえず手前に飛び出してきたバッグから手をつけようとアザミが手を伸ばすと、その背中に対していきなり声がかけられてきた。
「何やってるの?」
 Dの声ではない。別な男の声だった。
「人の機体で何してるの?」
 振り返る。この壊れた機体を操縦していた人間、クー・バーンスタインが立っていた。彼は拳銃をこちらに構えたままこちらを見つめている。アザミのほうからは月の光で相手の顔が確認できたが、相手からすれば逆光になっていてこちらの姿は見えていない。
 相手はこちらが誰かわかっていない。だから銃を向けているのだ。
「君を探していたんだ」
 そういうとアザミは両手をあげた。視線でDのほうに手をあげるよう合図すると、彼はしぶしぶといった様子で両手をあげてきた。
「僕を?」
 クーは変わらず銃をむけたままこちらに近づいてくる。その視線と銃口はこちらを向いたまま、動こうとしない。アザミの銃は鞄にいれたまま、Dに渡してしまっている。もっとも相手がクーの場合銃撃戦をやる理由も。自分の目的はクーの任務を引き継ぐことで、彼が生きているのならそれにこした事は無い。
 自分の事と目的を話そうと、アザミが口を開きかけた次の瞬間だった。
 Dがあげていた腕をおろし、鞄の中と自分の懐に突っ込んだ。そして両手にそれぞれ一丁ずつ、拳銃を持ち出してそれをクーに向けた。
 その瞬間アザミの背筋が凍った。一瞬息を震わせると大声で叫ぶ。
「D!」
 が、こちらの制止をきかずに彼はそのままクーに銃口を向けると、連続して引き金を引いた。甲高い銃声が森の静けさを打ち破る。銃声に驚いた鳥たちが森の木から飛び立つ音がそれに重なって聞こえてきた。
 続けて二丁の銃から放たれた弾丸がクーの身体を撃ち抜いた。はじめの数発は右腕に命中し、クーが持っていた拳銃をはじいた。さらに続けて放たれた弾丸が胴体に命中し、彼を後退させたがその足がゆく先に地面はない。何も言えないまま――言い出せないままクーが崖から足を踏み外し、眼下の大河に向けて転落していくのをアザミはただ見ていることしかできなかった。
 そして次の瞬間壊れた戦闘機から身体を投げ出すと、アザミはDに飛びかかった。その手から銃を奪い取ろうとする。が、Dは素早くこちらの体当たりをかわすと、足でアザミの身体を突き放してきた。
「邪魔」
「なんで撃ったの!」
 崖際まで突き飛ばされながらもアザミは身体を起こすと、大声でDを詰問した。彼は自分の拳銃をしまうと足下に転がったクーの銃を拾い、反対側の手で握っていた銃を振ってみせてきた。その手に握られているものをみてアザミは目をむいた。
 それは先程鞄の中に入れっぱなしにしておいた銃だった。
 アザミの銃。
「『俺と君』で殺したのさ。共犯だよ」
 そういってアザミの銃を自分の腕に突きつけると引き金をひいた。銃声と同時にDが苦しげな表情をみせてきた。そこで把握する。
 彼はアザミに罪を着せるために撃ったのだ。
 銃弾がDの左腕の肉を削って足下の砂利の上で跳ねる。鮮血があたりに飛び散り、赤黒く染まる傷口を抑えようともせず、口元に笑みを浮かべながら、Dは言ってきた。
「俺も"撃たれた"事だし、ここでやりかえすのは正当防衛になるのかな」
 そういって先程拾ったクーの銃をこちらに向けてきた。アザミはふらつきながらも立ち上がると驚きを隠せないままその銃口を見つめる。
「......あんた......」
「俺の契約は早い者勝ちなの。ごめんね」
 そして引き金が連続して引かれた。
 自分の身体に数発の弾丸がのめり込むところまで見えたのまでは覚えていたが、それからアザミの意識は暗闇の中へと飛ばされた。後ろにさらに突き飛ばされ、 Dが悲しげな顔でこちらを見つめていて、そして――だんだんとそれが遠ざかっていくまでは見えていた。それから視界がだんだん灰色がかってゆくと、そのまま暗闇にかわっていく。
 そのまるで大きな水槽に放り込まれたような、そんな感覚を最後に、アザミの意識は本当の闇の中に消えていった。



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