episode 3: probability




 山頂付近に雪がつもっているのがわずかに見える。
「電波の発信源までもう少しよ」
「予定と違うって言ってるのに」
「このくらい想定の範囲内でしょ。それより探さなきゃ」
 高度を下げながら電波が示す位置に向けて移動する。このまま進めばオールドクロスフォードまで一直線上になる。
「ちょうどいいね。まっすぐ行けば良い。途中で拾ってそのまま帰ろう」
 その科白を聞いてDが周りを見回すような仕草をした。アザミのところからもそれが見える。雲と雲の間をぬってアザミの機体が速度をあげていく。スピードをあげる。
「乗るところないよ?」
「荷物入ってない方のトランク、空っぽだからそこに一緒にはいってもらおうかしら」
 アザミはそう言うと速度を緩めた。あたりを周回しながら地面を見つめる。
 着地できるだけの広い場所を探しつつ、下を睨みつけるように見ながら速度と高度を下げていく。フラップダウン。エンジンの火力を落として速度をさげる。
「ミラーはなんていったの?」
「なにが?」
「君が引き継ぐ任務」
 ぼんやりとその意味を考えた後、
「あんたそんなことも聞いてないの?」
「俺は道と君を守れとしかいわれてないんでね」
 それで予定外と言っていたのか。口の中で息を吸うと伝えた。
「ドキュメントとダイヤの確保っていわれた」
「燃えてるんじゃない?」
「燃えてたら写真を撮って基地までだからあまり関係ないのかもね」
 そう答えてからふと、操縦桿を握りしめて呟く。
「そういえばダイヤって燃えるのかしら」
「まさか」
 Dが答える。
 と、突然、二人が乗っている機体の上を夜の闇とは違う黒い影が覆った。見上げると二機の戦闘機が追随している。その上に月光が射してこちらに影を落としていた。
 今の今までクーの機体からの電波のみ受け付けるステルスモードにしていたため、レーダーに相手が映らなかった。
「変なの」
「この辺を縄張りにしているエアプロかな」
 どこか不安そうに上を見上げながらDが言ってくる。が、アザミは彼の科白に対し軽く笑みを浮かべ、レーダーを抑えるとその二機は目視確認できる位置まで上ってきている。
「かもね」
 そう平然と返した。軽く鼻歌など歌いながら、
「高度をさげたから居所がばれたかしら」
「違法なことしてるわけじゃないのに?」
「敵はエアプロだけとも限らないから」
 不安そうに訊ねてくるDに対してアザミは軽い口調で返した。これが彼の不安をあおっているのは間違いないのだろうが。
 だが変わらず緩い視線で上をみやる。こちらの考えていることを無視するようにDが言ってくる。
「どうするのさ? 生き残れる確率って低くない?」
 その科白に対し、アザミはわずかな苛立ちを声音に含めて返した。
「確率の話をあたしにしないで」
 それだけを伝えるとフラップを収納し高度は変わらず下げていった。
 そして山岳地帯の間を走るように中に入り込んで後ろの二機の様子を伺う。相手が的確に背後をつけてくると見るや、アザミは一機にスロットルを押し上げて速度をあげた。
「うわあ!」
 後ろに乗るDの焦燥とは対照的にアザミは落ち着いた客室乗務員の口調で、
「お客様へ、戦闘中当機は大変揺れますのでシートベルトのご案内です」
「やってるよ!」
 苛立った声で彼が言い切る前にアザミはコクピット内のスイッチをいくつか上にあげると操縦桿を握りしめ、機体の動きを操作した。
 後ろから迫ってきた二機の内一機がこちらの飛行経路をそのまま尾け、山岳地帯に同時に入ってきた。アザミは相手が戦闘する意思があるとみるやレーダーを一斉に解放、周囲の情報を把握させた。数百メートル先に基地、後方に敵機。周囲の状況と位置が伝えられてくる。電子音声が伝えてきた。
『敵機発見。六時の方向』
 操縦桿を握りしめ、山と山の隙間を縫うように移動する。時速数百キロを越えるスピードの中、アザミは自分の神経を極限まで尖らせると、相手の機体と自分の機体の位置と速度を把握しながら高速でかけ抜けていく。突き出た岩石が翼をかするような間を飛んでいくアザミの操縦は見事の一言に尽きた。
 高度を下げてからちょうど九つ目の谷間を抜けたところで前方の対空砲から弾丸が放たれてきた。近くにあるエアプロが占拠するエリアの一つに突入したようだった。相手の目的がここに誘導することだとしたら恐らくエアプロの一団ということになる。
 ぽん、ぽん、ぽんという間抜けな音と共に対空砲の弾丸が機体すれすれをかすめていく。後ろでDが表情を強ばらせるのが窓ガラスに映っているが、今のところは気にしないでおく。
 アザミは何にとも無く笑みをうかべると、ミサイル発射ボタンの隣にある赤いスイッチを入れた。機体の後部の火炎放射器が開き、アザミの機体の後方を追跡してくる敵機をかく乱するフレアが大量に吐き出される。暗闇の中に放たれた大量の火炎玉に驚いたのか、相手の機体が後方で揺れるのがわかった。
 それと同時にアザミはS字を描くように機体を飛行させ、右舷から放たれる対空砲の弾雨から逃れるようにそのまま隣の山岳地帯に入っていく。後方で追ってきていた相手の機がアザミの機体を見失い通り過ぎてゆくのがレーダーに映り、さらにフレアでかく乱された相手がコントロールをミスったらしく翼が傷ついたのが一瞬だけ確認できた。
 と、一瞬タイミングを空けて後方から対空ミサイルが二発、アザミの機体を追尾してくる。もう片方か、どこかにあった迎撃機が発射したものだろう。アザミはそれを確認すると操縦桿を引き一時的に高度をあげ、左にロールしながら再び機体を押し込むように先端を下げて山のすれすれを飛び去った。追尾する間に障害物ができたミサイルがそのまま後方で爆発するのがわかる。
「逃げるだけ?」
「ちょっとまってね」
  Dの指摘に対してアザミはやや苛立った口調でそう言うと操縦桿のボタンを押しながら左に回し、機体をロールさせて山岳地帯から一気に飛び出す。こちらの機体の先端が向いているのは先程ミサイルを撃ってきたエアプロのアジトだ。戦闘機や飛行船、対空砲が置いてあるのが暗闇の中でも確認できた。
「......ッ!」
「『銃を向けるなら命をかけろ』ってね」
 そういうと空対地ミサイルのレバーをあげた。狙いを定めて発射されたそれはまっすぐそのエアプロの基地に飛んでいき、オレンジ色の爆炎とともに一気に広範囲を包み込んだ。破片をさけるようにアザミの機体は右にターンしながら基地の右側を飛んでゆく。夜の闇の中に爆音と炎が広がり、山岳地帯の暗い山林を赤く照らしていく。
 ロールしながら急上昇。さらにそこからスプリットS。唐突に前方に出てきた敵機の後ろに尾ける。
 相手のパイロットが驚く顔が見えるようなその流れに満足し、アザミは小さく笑みを浮かべた。
 Dが後ろから小さな声で呟いてきた。
「どうして」
 その声はアザミの機体から発せられた機関銃の銃声に掻き消された。尾翼と両翼のエンジンを的確に撃ち抜き、機体の後部から赤い炎をあげながら二機がばらばらにが墜落していく。
 それをみつめながらアザミがぽつりと呟いた。
「『殊勝な振る舞いで己の悪魔を覆い隠すは人の常』」
「......」
 Dが嘆息してきたが無視する。そもそも答える必要もないものだと、アザミは思った。他にも懸念していることで頭が回らなかったのかもしれない。
 無言で操縦桿を握ると、再び"彼"の機体が放つ電波に向けて機首を向けた。 
 無事で全てが済むことを祈っていたが、その一方で世の中はそう甘くないということも予感していた。
「行くよ。クーが待ってる」
 そういうと速度をあげた。



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